コモドの帰還13
新たな役目を胸にコモド達はグミ村を出た。
先をペケが行く。乗っているのはアネーリオとルナセーラ。つまり、ロッシの方はコモドとクレハということだ。
少年は楽しそうにルナセーラと話している。
「馬蹄が頭に響く……」
コモドの前でクレハが言った。
「調子に乗って飲むからだよ」
コモドは淡々と答えた。
「ねぇ、コモドにぃ。あの人、正義の味方じゃないでしょ?」
「ん?」
「コモドにぃの未来の奥さんにはお見通しだよ」
クレハは振り返らずに言った。
「まぁ、そうだね。だけど、改心したのは本当だよ。今じゃ正義の味方さ。少年も期待しているし」
「コモドにぃが良いならアタシは何も言わないけど」
馬は軽い足取りで縦列になって進んでいた。
アネーリオとルナセーラの笑い声が聴こえてくる。そういえば、少年は孤児院出身だったな。エクソアのゾンビ騒ぎでアネーリオは一人ぼっちになり、辛くもゾンビの手から逃げ回って、コモドらに助けられたのだ。
馬を操るルナセーラの後ろにアネーリオは腕を回して組み付いていた。
「母親が恋しいのかもねぇ」
コモドはそう呟いた。
二
王都までは三日のつもりだ。ペケとロッシがいれば、それも容易いことだが、街道には人の往来もあり、二頭の駿馬は自慢の馬脚をお披露目できなかった。
速度を落とした行軍は一行に野宿の機会を与えてくれた。
街道脇でみんなで薪を拾い、火を焚く。保存食で腹を満たすと、アネーリオがとりつかれたように見張りの順番をコモドに迫った。
「俺とコモド兄ちゃんが見張るから、おばちゃんとクレハは寝てて良いからね」
アネーリオが宣言する。コモドもそのつもりだった。美容と健康のために女性二人には眠ってもらおうと考えていた。
クレハは未だに頭痛がするらしく、「異議なーし」と、呟いた。ルナセーラはそれで大丈夫なのか訝しげな視線をリーダーと見たらしくコモドに向けていた。
「大丈夫だよ、俺っちと少年は見張りの鉄人だから」
「うん!」
アネーリオ少年が勢い良く同意する。
「悪いね」
ルナセーラはそう言った。
未明までアネーリオが見張り、そこからコモドに引き継ぐということで話は決まった。雲がところどころにあるが、夜空は奇麗なものだった。輝く三日月、時々尾を引いて流れ行く星々。
クレハが寝息を立てるのを聴くと、コモドも寝た。
3
未明、正確には二時に起こされ、コモドは番を変わった。
「異常無しだったよ」
「そうかい、ご苦労さん」
コモドが言った時、ルナセーラが半身を起こした。
「土が固いね。坊や、こっちへおいで」
ルナセーラは自分の脚に少年を導いた。
「ここで眠るんだよ」
「でも、おばちゃんはどうするの?」
「おばちゃんは器用だからね、このまま眠るのさ」
ルナセーラが笑み讃えて答えると、少年はその腿に頭を乗せた。
「どうだい?」
「柔らかい。それに良いにおいがする」
アネーリオは答えた。
「おやすみ、坊や。好い夢を」
ルナセーラは顔を落として少年の額に口づけした。
「おやすみ、おばちゃん」
アネーリオはそう言うと、すぐに眠りに落ちた。
「この子、両親は?」
慈しむように少年の身体に外套を掛けるとルナセーラが尋ねて来た。
「いないよ。孤児院出身なんだ」
コモドは応じた。
「そうかい」
ルナセーラの表情が曇った。その意味を人の感情に機敏なコモドは察した。
「ルナさんが攫って売り払った人達にも当然家族はいたよ。だけど、今は罪悪感で苦しんでる場合じゃない」
「……そうだね。アタイはケリをつけるよ。罪は一生背負ってゆくつもりだ」
強い眼差しを向けてルナセーラが言った。
「ルナさんは独りじゃないからね。俺っちらがいる。それから、良かったら、俺っちらの村に来ないかい?」
「坊やにも誘われたよ。強い老人がいるから戦ってみないって? アタイを歓迎してくれるなら行くよ。だけど、まずはやることをしっかりけじめをつけなきゃね」
「敵はどのぐらいいるの?」
「表の顔は富豪。大きな屋敷に住んでる。そこでならず者達を雇って、地下に品を、攫った人々を一時的に監禁している。手下は五十人はいるね。腕利きも中にはいる。中でもアタイでも勝てないのが一人」
「どんな人?」
コモドが問うとルナセーラは夜空を見上げた。
「大剣の使い手。名をシグマ。アタイの兄貴分さ。剣の師でもある。とにかく冷酷な男だ。出会ったら、アンタでも苦労すると思う。青い髪を後ろで一つに縛っている。背はアタイより少し大きいぐらい」
「百七十八ぐらいだね」
「ああ」
シグマ。大剣。青い髪、後ろで縛っている。百七十八センチ。
「この子達は連れていけないよ。関わるのはアタイとアンタだけだ」
ルナセーラが言った。
コモドは寝息を立てるクレハとアネーリオを見て頷いた。二人とも怒るだろうが、そんな恐ろしい敵の前で足手纏いは要らない。この件は自分とルナセーラで片付ける。
「おばちゃん」
アネーリオが寝言を漏らした。
「可愛い坊や、お眠りよ」
ルナセーラはそう言い微笑んだ。その笑顔に慈母のような印象が垣間見えた。
コモドは薪を火にくべ、いつの間にか座ったまま眠り始めたルナセーラに外套を掛けたのだった。
星が一つ流れて行った。




