コモドの帰還11
居酒屋にいるのは何も宿泊客だけではない。村の者達も集まり、大賑わいだった。例えばある者はテーブルの上で踊りに明け暮れ、歓声を浴び、ある者は飲み比べで盛り上げていた。
「少しうるさいね」
アネーリオが言った。
「そだね。だけど、良いことじゃん。俺っち達が行った無人の家屋が並ぶ街よりは」
「それは……そうだね。賑やかなのは良いことなのかもしれない」
アネーリオは思い出を噛み締めるようにして応じた。
クレハが戻って来た。
「わっはっは、大人になったからクレハちゃんはお酒も飲めるのだ」
クレハは盆にエール酒を大ジョッキで三本持ってきた。
「少年は飲めないぞ?」
コモドが言うとクレハは胸を張った。
「全部アタシが飲むんだよ! 大人になったところを見せればコモドにぃだって結婚してくれるかもしれないじゃん?」
「しないよ。それより明日に差し支えるから一つにしておきなさいな」
コモドは呆れて注意するが、クレハは譲らない。
「コモドにぃと結婚するぞー!」
クレハは一気にジョッキを呷った。
「お嬢ちゃん良い飲みっぷりだな」
そこに調子づけるように野次馬が現れる。
「お嬢ちゃんじゃないよ、成人したんだから」
クレハは機嫌よく応じる。
そのまま野次馬達にはやし立てられ、クレハは調子づいて二杯目を呷った。
コモドはふと、昼間出会った不審な人物が席に着いているところを見た。少し遠いが、四人いる。女が一人いる。この村に娼館はあったか。と、思ったが、身なりが旅人をにおわせる丈夫な布の鎧であることに気付いた。
一味だな。
やがて、四人は上へと上がって行った。
コモドの耳にはクレハの酔っ払った笑い声と、更に酒を勧める野次馬の声が遠くに聴こえていた。
2
夜中、どこかの扉の開く音が聞こえた。隣のベッドでクレハの寝息を聴きながらコモドはずっとこの時を待っていた。厚く編まれた布の服に茶色の外套を羽織る。腰の左右にはベッドに寝転がっているときから短剣は差したままだった。
コモドが扉を開けると、アネーリオが座っていた。
「どうしたのコモド兄ちゃん?」
「ちょっと野暮用がね」
「さっき、四人組が降りて行ったけど、それと関係あるの?」
コモドはその問いに逡巡したが答えた。
「ある」
「じゃあ、俺も行く」
そう言うだろうと思った。だが、夜の戦いだし、相手はゾンビや魔物ではない。人だ。少年に相手をさせるにはまだ早い。
「ダメ、まだ早いよ」
「何が早いの?」
問答にコモドは少々イラついたが、穏やかに答えた。
「人を斬るのだよ」
「な、それぐらい俺だって」
「ダメ、まだ早い。クレハのことよろしく頼むよ」
「コモド兄ちゃん!」
背中に掛けられた声に片手を上げて応じ、コモドは階段を下りた。
居酒屋は既に閉店している。店主もいない。コモドは速足で入り口の扉に飛びついた。外に人の気配はない。扉を開ける。三日月が寝静まったグミ村の大通りを照らしていた。
見失ったかな。
コモドは耳を澄ませた。
誰かの足音が遠くに聴こえた。事を済ませるには奴らの用事が終わって、門の前までやってくるのを待ち伏せればいいが、そのために痛い思いをする何処かの娘がいる。そうはさせたくなかった。
コモドは夜目を凝らし、耳を欹てながら、靴の音を拾い、村の奥へ歩んだ。
民家が点在し、見晴らしの良いところで、コモドは四人組を見つけた。一キロほど先の民家の前に立っている。
コモドは音を立てずに駆け出した。
四人組は全員がカウボーイハットをかぶっていた。一人が扉に進み出てノックした。
「こんばんは、こんばんは」
二回目の声は少し大きかった。四人組は闇に紛れたコモドに気付いていない。コモドはその背後に回った。
「はい、どちらさま?」
驚いたような声が返って来て迂闊にも扉は開かれた。
中から妙齢の女性が出てきた。
「人攫いです」
「へ?」
女性が答えた瞬間、応対していた男が女に掴みかかろうとした。
「そこまでよん!」
コモドは声を上げた。全員がこちらを向く。
「お嬢さんは中に入って扉を閉めて」
「は、はい!」
女性は慌てて扉を閉めて錠を下した。
「テメェ、邪魔しやがって! ぶっ殺せ!」
残る三人も剣を手に取り、コモドに斬りかかってきた。
コモドは避けながら短剣を左右に持ち、後退した。
鼻先を剣が掠める。空振りの瞬間にコモドは相手の顔面を武器を持った手で殴りつけた。
鼻の骨と歯が何本か折れ飛んだ。一人目は起き上がらなかった。
「野郎!」
もう一人が突っ込んで来る。コモドはヒョイと相手の背後に跳び下り、その首に剣の柄で強かに打ち付けた。二人目は呻いて倒れた。
コモドは短剣を二本突き出した。残る二人の迫る凶刃を受け止めた。コモドは左腕をくるりと捻って相手の剣先を反らした。
「あ」
そう言った時には相手の懐に飛び込んだコモドの拳が下顎に繰り出され、衝突するや、男は倒れた。
「さて、最後の御一人だね」
「よくも、アタイの部下をやってくれたね」
女の声だった。相手はカウボーイハットを放り捨てた。そこには月光を映す長い艶やかな髪があった。
女とは斬り合いはもちろん、殴り合いもしたくは無かった。しかし、こいつらは人攫いだ。もしかすれば裏に組織立ったものがあるかもしれない。それを根絶するにはこいつらの口から証言がいる。そしてこの女性は親分クラスだ。もしも組織があるのならその根底にまで情報を握っているかもしれない。
「悪いけど、お姉さん、見逃せないよ」
「なめんじゃないよ!」
女は斬りかかってきた。