コモドの帰還1
大海原はどこまでも続く。見上げても快晴の空で上下どちらとも青一色だった。
優雅な旅とはいかないが、小型の帆船は一般客向けの定期便だった。と、言ってもエクソア大陸での謎のゾンビ騒ぎが収まるまで一年行き来を停止していた。だが、今はもうその心配はない。だからこそ、船は再び二つの大陸の架け橋となっていた。
客は三十人ぐらいだろうか。船員達も勘が戻ったようで機嫌良く声を上げている。
その客の中に二人連れがいた。春の麗らかな日差しこそあるが、潮風はまだ寒く、二人とも茶色の外套に身を包んでいる。大人と子供だが、大人の方はどこか童顔で愛嬌があり、子供の方は仏頂面で大人びていた。傍から見れば兄弟かもしれない。しかし、その関係を二人が言うなら「盟友」だ。エクソア大陸の一連のゾンビ騒ぎを鎮めたのも実はこの二人の活躍があった。幾つもの哀れなゾンビを斬り、ドラゴンを相手取り、首魁を討った。首魁を討ったのは仲間の男だが、二人がいなければそれもかなわなかっただろう。
「コモド兄ちゃん」
「どした少年、気になる子でもいたか?」
背の高さは若干コモドの方が高い。コモドは大人にしては小柄だった。頭にかぶったカウボーイハットを押さえ、連れの子供に問う。
「違うよ、俺はマリアンヌお姉ちゃん一筋だもん!」
少年は年上の思い人の名を呼んだ。その短く刈られた赤毛を撫で、コモドは涼しい潮風を頬に感じた。
「で、何よ?」
「うん、あそこの人」
少年が指さす先には多くの客が居たが、その中を掻い潜り、コモドの千里眼は目的の人物を見破った。
背が高い。百八十センチは越えているだろう。腰に両手剣を吊り下げた、少年のよりも赤の濃い髪色をしていた。年の頃、三十歳ぐらいだろうか、瞳は黒だった。鍛えこまれた二の腕が見えたが、体系はスマートで、コモド並みに色男だった。その隣にいるのは連れなのだろうか。緑色の髪をし、同じく緑色の目をした色白の美しい女性。赤色の厚手のローブに身を包んでいる。
不意にコモドは違和感を覚えた。
この二人をどこかで見たような気がする。しかし、いくら考えてもそんな繋がりは見えて来なかった。
「あの人達、見たことあるような気がするんだけど」
少年も同意見のようだった。
気のせいだろう。だが、コモドの足は赴いていた。
客達の間を器用に縫い歩き、目的の人物に声を掛けようとした時だった。
「か、海賊だ!」
甲板に木霊する船員の声。そして行く手から大きな船影が迫ってきている。
客達は恐怖に色めき右往左往していた。
陽気だった船員達は腰の剣を抜いて決戦に備えて鬼気迫る様子だった。
「よぉ、アンタ」
コモドは赤毛の剣士に声を掛ける。
「何か?」
「俺、コモド。どっちがたくさん海賊を葬れるか、競わない?」
コモドの唐突な問いに赤毛の男は連れの女を見た。
「私はウルフ。彼女はイシュタル」
連れの女性、イシュタルが一礼する。この二人は落ち着いていた。そこが気になったし、気に入ったのだ。
「イシュタルさんの護衛にはうちの者をつけるから安心してくれ。アネーリオ?」
少年が駆けてくる。
「コモド兄ちゃん、海賊が!」
アネーリオ少年は武者震いしているようだ。こんなところで命を落としてはエクソアの盟友達に合わせる顔が無い。彼は十四歳。あと一歳で教会戦士団に入団できる資格を持つ。今はその前の余興、武者修行、あるいは遊歴の旅と言った方が良いだろう。とは言っても単にコモドの故郷に連れて行くだけだが。
「なるほど、場数だけは踏んでいるようだな。それに鍛えてもいる」
ウルフはアネーリオ少年の姿を素早く観察していた。
「イシュタル、この方に護ってもらってくれ。私は海賊を蹴散らす側に手を貸す」
「ええ、ウルフ、分かったわ」
イシュタルはどこか冷厳な雰囲気のある様子だった。彼女の真紅の衣装を見ると、エクソアのゾンビ騒ぎの首謀者、真紅の屍術師を思わせる。だが、奴は死んだのだ。フラマンタスがきっちり斃した。
船影は巨大になり海賊どもが威勢よくあるいは興奮し居並んでいるのが見えた。
コモドとウルフは揃って駆けた。
船が正面から衝突する。大きさで劣る帆船が危うく揺れる。だが、海賊が乗り移る前に、コモドとウルフが逆に敵の船へと飛び込んでいた。
「今日のところは引き返せ!」
ウルフが眼光を鋭くし声を上げた。
海賊達は雑多な装備だった。それはそうだ。鉄の鎧を着て海に落ちれば沈むだけだ。対するウルフは外套の下に鉄の鎧を着込んでいた。
説得は無理だろうな。多対二だ。
海賊らは大笑いした。
「命知らずのバカめ! 俺は知ってるぞ、そういうのを匹夫の勇って言うんだぜ」
「へぇ、難しい言葉知ってるのね」
コモドは腰の三つに並んだ鞘に手を置き、少し悩んで長剣の方を抜いた。残り二つは短剣が収まっている。
「それ、やっちまえ!」
一人の掛け声で海賊達が一挙に押し寄せた。
ウルフが剣を抜き様、三人を瞬く間に仕留める。
コモドも敵の攻撃を避け、果敢に潜って敵の喉を裂いて回った。
海賊船は二人の男によって阿鼻叫喚の世界へと変えられてしまうまでさほど時間は掛からなかった。
ウルフの剣は洗練されている。どこかで見たような動きに思えるのだが、さすがに観察している間もない。
「四十八!」
コモドが溌溂と宣言すると、隣にいたウルフが口元を綻ばせた。
「五十一」
「へぇ、やるね」
「そちらもな。お互い身体を動かせず鬱屈していたということだろう」
海賊達は遠巻きに二人を見るだけだった。
ウルフは剣を厚く染める血糊を振るい、残る海賊のもとへと歩みを進めた。
「降伏すれば命は助けてやる。投降しろ」
ウルフの言葉に、残る二十人にも満たない海賊達は動揺し覚悟を決めているだけだった。それもそうなのだ。この大陸では、つまりエプシス大陸の西側では海賊行為を働く者には極刑が言い渡される。それが海賊達を背水の陣にしてしまったらしい。
次に襲い掛かって来た者達の剣は冴え渡っていた。
「伊達に何年も海賊やってないってことかな」
剣を受け止め、弾き返し、突いて、一人を仕留める。
「そうだな、素人よりは武器の扱いはできている」
そう答えるウルフは容赦の無い猛撃で次々海賊を斃した。
残り六人となった海賊らはそこで勢いを挫かれ、逃走する。どこへ逃げるのかと思えば、海へと飛び込んでいた。
追いつくと、小舟が一艘秘密裏に用意され、それに乗っていた。
「追うかい?」
「いいや。もう良いだろう」
二人は笑みを交わした。
帆船からは事態を見守っていた船員と客達が拍手を送り、コモドとウルフの健闘と勝利を讃えた。