他力本願勇者
「あなたのスキルは【他力本願】です」
女神がそう言った。
よくある話だが、俺のクラスが全員異世界に召喚された。
なんでも、モンスターを無限に生み出す魔界結晶というものがこの異世界に現れて、このままにしておくと世界が滅ぶそうだ。
モンスターの群れを蹴散らして魔界結晶の下まで辿り着きそれを砕き割る、そんな戦力を必要としてるという。
魔界結晶の毒にやられてこの世界への影響力を大きく制限された女神が、制限を受けない異世界の人間を召喚して力を与えて世界を救ってもらおうという話だった。
呼び出された神殿の広間で、巫女や神官たちが見守る中、降臨した女神がクラスメイトたちにスキルを授けていく。
クラスのみんなが【極大光魔法】とか【無限収納増殖合成庫】とか【アカシックレコードライブラリ】とか【絆の力】とか【ゴーレム10個師団】とか【宇宙戦艦クラスケル】とか【ハイヌウェレ】とか凄そうなスキルをもらっていく中、俺は俺の順番を待った。
そして順番が来てもらったスキルが冒頭の、
【他力本願】
だった。
「これは、どういうスキルなんですか?」
俺が尋ねる。
女神が答える。
「ええと、〈他力で本願は成就する〉と説明にありますね、すみません、異世界の方々に発現するスキルははっきりとは内容が分からなくて。申し訳ありませんが、使い方はご自分で探っていただければと」
無責任な話だ。
だが文句は言えない。
だって女神はもうボロボロだ。
俺たちにスキルを与えるたびに体が石化していき、砕けて砂になる。
最後の俺の番の時には、胸から上だけが宙に浮いているような状態だった。
美しい翼も、滑らかな腕も、もう砂になった。
そして最後のスキルを俺に与えて、残りの部分も石化し、ヒビが入っていく。
胸から首、髪の毛、顔。
「どうか、世界を」
そして、砕け散った。
光る砂が降り積もる。
「ああ!」
女神を顕現させていた巫女たちが悲痛な声をあげた。
「悲しむのは後です。勇者の皆様のお力を把握せねば」
神官長が毅然と話す。
「皆様、ご自分のスキルに集中してください。どのようなスキルなのか、どう使えばいいのか、理解できてくるはずです」
みんながそれぞれ、目を閉じたり胸に手を当てたりしながら、与えられた自分のスキルと対峙する。
理解の表情が顔に浮かんでくる。
「すげえ、最強じゃん」
「なんだって作れそうだな」
「レベルが上がればほとんど全知みたい」
「人と人との結びつきが力の源泉、か」
「20万体のゴーレムか」
「砲撃でモンスターなんか殲滅できるぜ!」
他のクラスメイトたちが自分のスキルを把握していく中。
「だめだ、さっぱりわからない」
俺は俺のスキルを把握できないでいた。
どれほど集中しても、〈他力で本願は成就する〉と浮かんでくるだけだった。
「わからないのですか?」
神官長が困惑した顔になる。
「名前の通り人任せにするスキルじゃねーの」
極大光魔法を授かったクラスの陽キャがバカにしたように言ってきた。
「自分じゃ何もしないってこと? 役立たずのお荷物じゃん」
クラスのギャル子もバカにしてくる。
「いえ、女神様が最後に授けてくださったスキルです。役に立たないなどということはないかと」
「だから、最後だから残りカスしかなかったんじゃね? どう見ても役に立ちそうなスキル名じゃねーよ」
「待って、他人の力を強化するタイプのスキルかもしれないわ。【アカシックレコードライブラリ】で何かわからない?」
【絆の力】をもらったクラス委員長が言う。
「やってみる。どうかな、アカシヤちゃん」
クラスの地味っ娘が自分のスキルに尋ねる。
「はい、バベルの図書館アカシックレコードコーナー司書のアカシヤちゃん5才でしゅ。閲覧権限レベルがまだ1なのであまりわかりませんけど、〈他力で本願は成就する〉ってありましゅね」
何も情報が増えていない。
「他人の能力を上げたりする効果があるかどうかわかる?」
「えーと、そういう効果は一切ないみたいでしゅ」
「他人の協力を得られやすくなるとか?」
「そういうのもないみたいでしゅ」
「マジかよ、他力本願ですらないじゃん。ほんとに無能なんじゃね?」
「そんなはずは……」
神官長が悩ましい顔をする。
「こういう時は追放してみると覚醒したりするかも」
クラスのオタクが提案してきた。
「そういうわけには……」
「大変です! モンスターの群れがこの隠された神殿に押し寄せてきています!」
そこに兵士が飛び込んできてそう叫んだ。
「なんと、まさか勇者様の召喚を察知したのか? 奴らにそんな知恵が?」
「ちょうどいい、俺の極大光魔法で蹴散らしてやるよ!」
陽キャが張り切った。
「どうか、お願いいたします、勇者様」
神殿の窓から外の様子を伺う。
ここは小高い丘の上になっているらしい。
「ここにはかつて町があったのですが、一度モンスターの群れに滅ぼされてしまったのです。その跡地に密かに勇者召喚のための神殿を築いたのですが……」
外を見たクラスメイトたちが一様に息を飲む。
丘の上から見渡す限りの荒野を、埋め尽くすモンスターの群れ、群れ、群れ。
形あるものを全て薙ぎ倒し、破壊しながら突き進んでくる。
「モ、モンスターってこんなに多いの?」
誰かがうろたえた声を出す。
「こ、これほどまでに巨大な群れが現れたことは今までありませんでした。やはり勇者様の召喚を察知したのか……」
「囲まれてる! やるしかねえ! いくぞ! スターライトストーム256連射!」
陽キャが極大光魔法を放つ。
とてつもない量の光の束が土砂降りのようにモンスターの上に降り注いだ。
数十秒続いたそれが収まると、そこには累々たるモンスターの死骸。
「やったか!?」
やった。確かにやった。
数万のモンスターが倒された。
だが倒れたモンスターの後ろから、さらに巨大な大群が押し寄せてくる。
「何度でもやってやらあ! スターライトストーム128連射!」
さっきより連射が減ったが大丈夫だろうか。
「誰か、ミスリルを持っていませんか?」
【無限収納増殖合成庫】をもらったクラスの秀才メガネが言った。
「これをどうぞ、勇者様」
兵士の一人が短剣を差し出す。
「ありがとう、これはちゃんと返しますから」
受け取ったミスリルの短剣を無限収納増殖合成庫の中に放り込む。
「増殖100倍! 半数電荷反転! 反ミスリル生成! 積層成形! 魔力場固定! 引力信管作成! 【反物質ミスリル爆弾】生産!!!」
なんかすごい爆弾ができたようだ。
その反物質ミスリル爆弾を、同時に製造したミサイルの弾頭に取り付ける。
「これ返しますね。発射!」
借りたミスリルの短剣を兵士に返すと、秀才メガネは反物質ミスリルミサイルを発射した。
50発のミサイルがモンスターの群れのかなり後方に飛んでいく。
ずいぶんと遠くに飛ばすんだな。
「あまり近いとここにまで被害がくるからね」
着弾。
ミスリルと反ミスリルの対消滅が膨大な魔力を解放する。
凄まじい爆発がモンスターの群れを飲み込んだ。
ここまで届いた衝撃波が神殿を揺るがす。
「もうちょっと遠くにすればよかった」
爆煙と土煙が晴れると、モンスターの死骸も残っていない。
爆発の範囲外の、比較的神殿に近いところでスターライトストームに殲滅されているモンスターの群れしか残っていなかった。
数十万のモンスターが倒された。
だがやはり。
「……まだ来るというのですか……」
神官長がうめく。
消し飛んだモンスターの向こうから、途切れることなくまた大群が押し寄せる。
「ミスリル爆弾また作れる?」
「けっこう無理したから……合成庫のエネルギーが足りない」
「はあ、はあ、スターライトストーム32連射!」
「とにかくゴーレム師団を出すよ! 足止めくらいにしかならないかもだけど」
クラスのオタクが言った。
「ちょっと待って。みんな、祈って! 絆の力をパワーに変えるわ!」
委員長が言った。
四の五の言ってられない。みんな祈った。
力をパワーにって意味いっしょじゃねと思いながらも俺も祈った。
【絆の力】スキルが人と人の繋がりを力に変える。
みんなのスキルがパワーアップした。
「すごい、2メートル級ゴーレム20万体が、20メートル級ゴーレム200万体に強化されたぞ! 行けえ! ゴーレム軍団発進!」
「合成庫のエナジーが回復した! 反物質ミスリルミサイル500発生産!」
「スターライトストーム1024連シャア!」
「閲覧権限レベルが上がったけどやることがない」
勢いづいたこちらの攻撃がモンスターを押し返し始めた。
だが問題はスタミナだ。
モンスターは無限に湧いてくる。
しかも。
「何あれ……」
モンスターの中に、巨大な姿が混じり始めた。
100メートルはあろうかという巨人。巨獣。巨竜。
それらが無数に押し寄せ始めた。
ゴーレムが蹴散らされる。
反ミスリルミサイルでも1発で数体しか倒せない。
スターライトストームもほとんど効かない。
「なんということだ……」
うろたえてばっかりだね神官長さん。
「よし! つながった!」
クラスの熱血系が言った。
「来い! 宇宙戦艦クラスケル!!!」
無数のモンスターの群れの上空に、光の点が現れ、瞬く間に大きくなっていった。
押しのけられた空気が暴風となって吹き荒れる。
巨大な光の球が消えると、そこに、途方もなく巨大な、10000メートル級宇宙戦艦、クラスケルがその姿を現した。
「対地砲撃、いっけええええ!!!」
無数の砲門がモンスターめがけて砲撃を開始する。
100メートル級のモンスターも一撃だ。
空を飛ぶモンスターも現れ始めたが、それも次々と撃ち落とされていく。
モンスターが押し寄せる勢いよりも、クラスケルの殲滅力の方が大きく上回っていた。
「よっしゃあああ! いけるぜええええ!」
「す、素晴らしい、これなら……むむっ、あれは?」
クラスケルの力に感嘆の声をあげていた神官長がまたうろたえた。
地平の向こうから何かがゆっくりと頭をもたげてくる。
それは、10000メートルサイズのクラスケルに匹敵する大きさの、巨大な、黒いドラゴン。
そのドラゴンが、大きく口を開いた。
喉の奥から赤熱した光が昇ってくる。
「させるかああああ! 艦首クラスケル砲、発射ああああ!!!」
ドラゴンのブレスとクラスケルの主砲が同時に発射された。
凄まじいエネルギーの奔流がすれ違い、お互いに突き刺さる。
ドラゴンの体が燃え上がった。
エベレストよりも大きな巨体が、燃え盛り、崩れていく。
だが、クラスケルもまた、ドラゴンのブレスで燃え上がっていた。
10キロメートルに及ぶ船体が、火を吹き、火花を散らす。
「ダメだ、爆発する! ここから離れろクラスケル! ワープイン!」
爆発の閃光と同時に光の球がクラスケルを包み込み、一瞬で縮小して消え去る。
逃しきれなかった爆発の余波があたり一面を揺るがした。
「……繋がりが消えた。爆沈したみたいだ」
クラスケルとドラゴンは相打ちになった。
「あ、あのような強力な船でさえ撃破されるとは……ですがあれだけの巨大なドラゴンを倒したのです。魔界結晶といえども消耗したはず……したはず……ああ、そんな……」
うろたえる神官長。
またしても、モンスターの群れは押し寄せて来ていた。
「くそっ、スターライトストーム16連射!」
「み、ミスリルミサイル10ぱつ発射」
「ゴーレムおかわり50体!」
「絆の力、搾取! 搾り取り!」
「このままじゃ……閲覧権限レベルが上がったアカシヤちゃん、この状況を切り抜けられる情報が何かないの?」
「人間とは弱いのでしゅ」
「え? うん」
「弱いから、自力では救われないのでしゅ。だから、他力にすがるのでしゅ」
『他力』という言葉に、みんなが俺の方を見る。
え、オレ?
「俺のスキルでなんとかできるの?」
「お前にはなんの力もないでしゅ。弱い人間の一人にすぎないでしゅ。力があるのは【他力本願】という概念そのものにでしゅ。それはお前の力ではないでしゅ」
「つまりどうすれば?」
「お前にできることなんて何もないと言ってるのが分かりましぇんかね。何もしなくたってあのかたは救ってくださるのでしゅ」
「あのかた?」
「私だ」
「誰!?」
「阿弥陀如来だ」
「は?」
「阿弥陀如来だ」
「はあ」
同じ言葉でも2度言われると多少は理解が進む。理解が進まなくても受容が進む。
「なるほど、阿弥陀如来ですか、なるほど?」
実際は何も進んでないけど。
阿弥陀如来を名乗るその人は、見るからに普通の人間ではない。
体は金色、手足は柔らかく紅赤色で、青い髪の毛をパンチパーマのような螺髪に巻いて、瞳は青く、額の真ん中にはくるくる巻かれた白い毛がある。
着ているものは飾り気のない質素な衣だ。
「それで、えーと、阿弥陀如来さんは俺たちを助けてくれるんでしょうか?」
「無論だ。一切の衆生を救うことこそ我が本願である」
「あー、『本願』ってのはそういう」
「うむ、【他力本願】の【他力】とは阿弥陀如来である私の力のことであり、【本願】とは私が発した誓願のことだ。決して『人まかせ主義』という意味ではないぞ」
「そうでしゅ。阿弥陀如来が全ての衆生を救ってくださるという教えが【他力本願】なのでしゅ。人任せって意味で使うとどっかの宗教団体から抗議が来るでしゅ」
「以前アカシヤちゃんは間違った意味で使ってなんとか宗やなんとか真宗に抗議されてたのう。はっはっは」
「恥ずかしい過去でしゅ」
「それでは救うとしよう。みな安心するがいい、私が間違いなく西方極楽浄土に導いてやるからの」
「え、それって死ぬってことでは」
「うむ、そうだの」
「死なないで済む方向でなんとかなりませんかね」
「現世利益を望むか。いまだ生の妄執に囚われておるようじゃの。まあよかろう、極楽浄土へはいつでもいけるからの。ちなみにさきほど入滅したこの世界の女神殿はすでに極楽浄土に導き済みだ」
「なんと! 女神様が?」
神官長さんがびっくりする。
「ファランディア様がおられるのですか!? その、ゴクラクジョードというところに!」
巫女さんたちが声をあげる。
「うむ、なかなかの功徳を積んでおったから導くのにも労はなかったぞ。ちょっと浄土ホットラインで話すかな? あー、女神殿、女神殿、こちらファランドラ訪問中のアミターバ。どうぞ」
『はい、こちら西方極楽浄土で療養中の女神ファランディア。ファランドラに生きる私の子供たちよ、力及ばず世界を去ることになってしまって申し訳ありません』
「そんなことはありません! 今まで私たちをお守りくださっていたのは女神様です! だいたい女神様を犠牲にして勇者を召喚するとかどうかしてるんだよ! 神官長め、靴下片っぽ無くせ!」
『やると決めたのは私です。神官長を責めてはいけませんよ。ですがやった甲斐はありました。そちらは阿弥陀如来が良いようにしてくださるでしょう。私も浄土で癒されたのちに、そちらに戻ろうと思います』
「やったあ! また温泉行きましょう温泉!」
『そうですね、行きましょうね、温泉。では阿弥陀如来様、ファランドラをどうかよろしくお願いします。南無阿弥陀仏。さあ、あなたたちも念仏を唱えなさい』
「「「ナムアミダブツ!!!」」」
「ふむ、戻って来るつもりとは、神の身でありながらも現世への執着は捨てきれぬか。解脱せずに輪廻転生に囚われることを良しとする異世界転生小説も流行っておるようだし、まこと無明の闇は深いものよな。だがそれもよかろう。ならばこの地を仏国土と為すまで」
「とりあえず、今押し寄せて来ているモンスターの群れをどうにかしてもらえますかね」
すっかり脇に追いやられていた俺はいちおう発言してみる。
別に忘れられてもいいんだけどね。いちおうね。
「なにをしゃしゃり出てるでしゅ。主人公気取りでしゅか。無能のくせに片腹痛いでしゅ。もしお前が主人公の小説があったらきっと一人称なのにほとんど他人の行動を叙述するだけのしょうもない小説になるでしょうね」
アカシヤちゃんが俺を責める。
この子俺のことが嫌いなのかな?
「わたしのマスターがお前のことが好きなのでしゅ。まったく、こんなののどこがいいのでしゅか。お前のダメダメなところを論ってマスターの目を覚まさせるでしゅ」
「わー! わー! 何をいうのアカシヤちゃん! ちゃうねん! ちゃうねん!」
クラスの地味っ娘があわてている。
なんてこった、ここでラブコメだと!?
「違うの! 好きとかじゃなくて、藤森くんのこと自然に目が追っていたり寝る前に思い出したりしてるだけなの!」
「そうなんだ、俺も田崎さんのこといつの間にか目で追ってたり寝る前に思い出したりかわいいなと思ったりしてたけどこれは好きとかじゃないんだね」
「同じ症状だね!」
少しのあいだ見つめあって、すぐ目をそらした。
お互い赤くなってそっぽ向く。
「しまったでしゅ。むしろ仲を進展させてしまったでしゅ」
『閑話休題』とはこういう時に使う言葉だ。
『無駄話をやめて本筋に戻ろう』ってな感じの意味である。
閑話休題。
「では無駄話はほっといて本筋を進めよう。悪鬼調伏! 破ァ!!!!!」
阿弥陀如来の体から金色の無量光が放射された。
無量光がモンスターを消滅させていく。
無数のモンスターが、巨人が巨獣が巨竜が、あっという間に全滅した。
「す、すごい、これがアミダニョライの力……むむっ!?」
すっかりうろたえ役が板についた神官長さんがうろたえる。
またもや、地平の彼方から頭をもたげてくる、10000メートル級の巨大な黒いドラゴン。
しかもそれは1頭だけではない。
2頭、10頭と増えていき、地平の向こうでぐるりと神殿を取り囲んで100頭以上のドラゴンが現れた。
「あ、あんな山脈のようなドラゴンをどうにかできるのか……」
「はっはっは、たかが10000メートルくらいでは山とは呼べぬぞ。須弥山なんかもっと高いし。80000由旬くらいあるし」
「8万由旬は640000キロメートルくらいになりましゅかね。メートルじゃなくてキロメートルでしゅよ」
「あれを倒せるんですか?」
アカシヤちゃんに責められても、いちおう発言して存在感を保っておこうね。いちおうね。
「西遊記は読んだかね?」
「昔のドラマなら見ました。三蔵法師って女性なんですね」
「釈迦にできることくらい私だってできる!」
黒いドラゴンたちのさらに向こうから、ドラゴンよりも遥かに巨大な、巨大な5本の柱が昇ってきた。
あれは!?
「あれは阿弥陀如来の5本の指でしゅー!!!!!」
「世界は阿弥陀の手のひらァ!!!」
【阿弥陀如来の左手】が、他のものに干渉することなく、ドラゴンだけをつかみ上げる。
ひと掴みで、山のようなドラゴンが全て手の中に納まった。
そのまま握りつぶす。
ドラゴンの断末魔の悲鳴が響きわたった。
そして、また別の巨大な5本柱が昇ってくる。
【阿弥陀如来の右手】が、その指に何かを摘んでいた。
「あれは、魔界結晶!」
神官長さんが叫ぶ。
魔界結晶は、指先の間で、あっさりと砕け散った。
とたんに、今まで世界中に立ち込めていた、重く、凶悪な気配がかき消えた。
「おおおおおおお」
神官長さんが咽び泣く。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。勇者の皆さまも、本当にありがとうございました」
「なんか、私たち、役に立たなかったみたいで」
委員長がバツが悪そうに言う。
「そんなことはありません。勇者様がたの勇姿、心に刻まれてございます。何の縁もないファランドラ世界のために戦ってくださったこと、後世に語り継がせていただきます。勇者とは、勇気ある者。われらは、勇者様に勇気をいただきました」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「まだまだ救うぞ! 次は荒れ果てた大地を我が法力で癒やして進ぜよう。阿弥陀阿弥陀ァ!」
阿弥陀如来がバッと手を振った。
植物の種がバラ撒かれる。
地面に落ちた種はまたたく間に芽を出し、双葉を開き、本葉を開き、花を咲かせ、実をつけ、種を撒いて、枯れる。
その種がまた芽吹く。
「萌えーっ! 萌えーっ!」
「『萌える』って本来『草木が芽を出す』って意味でしゅからね。念のため」
やわらかい雨が大地を潤し。
芽吹き、育ち、実り、枯れ。
それが繰り返され、枯れた草は次の種の肥やしとなり、土壌が出来ていく。
緑が広がっていく。
「おおお、炭素が、窒素が、固定されていく!」
クラスの秀才メガネが何やら感動している。
理系的視点ってやつか?
頭いいアピールかよ。知識をひけらかしやがって!
「阿弥陀阿弥陀ァ! 樹木も萌えよ! どんぐり! 桃、栗、柿、胡桃!」
地の果てまで広がった草原を追いかけるように森林が広がっていく。
大地が、癒されていく。
木々の枝に、小鳥が止まった。
「ただいまー」
女神が帰ってきた。
「おかえりなさいませ、ファランディア様!」
巫女たちが嬉しそうに出迎える。
美しい翼も、滑らかな腕も、澄んだ瞳も、すっかり元通りだ。
「すっかり浄土で癒されました。いいとこでしたよ、浄土。これ、浄土みやげの浄土バターサンドです。あとご当地キャラの浄土ちゃんキーホルダーと木刀」
「ありがとうございます! さっそく温泉行きましょう温泉! 神官長はお留守番!」
「それならば、あちらの岩場に阿弥陀湯が湧き出ておるからそこに行くがよい。効能は腰痛、切り傷、リウマチ、神経痛、美肌、貧乏、借金、無職によく効く」
「それでは湯を使わせていただきます。勇者の皆様もごいっしょにいかがですか? 反対側の岩場に男湯が湧き出てますから男性の勇者様方はそちらで。混浴ではありませんよ」
「それじゃあお言葉に甘えてごいっしょします」
みんなが温泉に出かけていく。
そうして人が去った神殿の中では、ラブコメが進行していた。
俺と田崎さんは温泉には行かず、お互い顔を赤くしてもじもじしてチラチラと相手を見ては目をそらす。
「目を覚ますでしゅマスター、こいつは普段こんなパンチラ漫画を読んでウヘウヘ喜んでる変態でしゅよ」
「ちょっ……」
俺はあわててアカシヤちゃんが出してきた漫画を取り上げようとする。
普段こんなパンチラ漫画を読んでウヘウヘ喜んでることを田崎さんに知られるわけにはいかない。
「え? どんなのどんなの?」
そこに意外な勢いで興味を示してきた田崎さんとかち合って、俺は田崎さんの手をぎゅっと握ってしまった。
こんな時はやわらかいとかすべすべしてるとかちいさいとかの感想をクドクドと述べるのがラブコメのお作法というものだが、実際やわらかいしすべすべしてるしちいさいし田崎さんの指も俺の手をキュッと握ってくるのがとてもいい実にいい。
「またやっちまったでしゅー! なんで仲が深まっちまうでしゅかー! マスターもこんなもんに興味を持つなでしゅー!」
名残惜しく手を離し、二人でモジモジする。
「こ、これは、どっちも『相手の方から告白してくれないかなー』とか考えてましゅね!」
チラッ、チラッ
「また私がなんかやらかして結果二人の仲が深まる、みたいな展開を期待してるんじゃねーでしゅよ! そういうのを間違った意味での他力本願というでしゅ!」
「辞書に『他人任せ』って意味も載ってるし、間違った意味でもないんじゃないかな」
「あれっ? そういえば他のみんなは?」
「みんな温泉に出かけたでしゅよ。二人の世界を作ってて気づかなかったでしゅか」
「そっか、ふ、二人きりだね」
「えへへ」
「私もいるし阿弥陀如来もいるし靴下かたっぽ探してる神官長もまだいるでしゅよ!」
「妾もおるのじゃ」
「誰でしゅか!」
「妾はスキル【他力本願】なのじゃ」
のじゃロリ幼女が現れた。
「え? 俺のスキル?」
「そうなのじゃ。タヨリちゃん5歳なのじゃ。生まれたばかりのスキルじゃから寝てたのじゃ。やっと5歳まで成長したのじゃ。脱皮を5回したのじゃ」
「今まで寝てた?」
「そうなのじゃ」
「じゃあ阿弥陀如来って何で出てきたんだ?」
「そもそもお前ごときのスキルが阿弥陀如来と関係あるわけねーでしゅよ。お前には何の力もないと言ったはずでしゅ。あのかたはご自分の本願に従って出て来ただけでしゅ。お前のスキルで呼び出されたとでも思ってましたかこの自惚れ屋め」
スキあらば責めてくるなあ、アカシヤちゃん。
「妾が目覚めたからにはマスターはもう無能ではないのじゃ。【他力本願】スキルは『人まかせ』という意味での【他力本願】なのじゃ。人まかせにしたい面倒ごとは妾が引き受けるのじゃ。行政手続きや家計管理やレベル上げとかは妾に任せるのじゃ」
「『他人任せ』って意味で使うと宗教団体から抗議がくるでしゅよ」
「もう国語辞典にもその意味で載ってることを示して黙らせるのじゃ。手始めにアカシヤちゃんのマスターと妾のマスターをくっつけるのじゃ。恋仲にするのじゃ。仲人するのじゃ。初仕事なのじゃ。奥手な二人の仲を進めるには別キャラの介入が有効とめざせマンも言ってるのじゃ」
「余計なことすんじゃねーでしゅよ! こんな奴はマスターの相手にふさわしくないでしゅ」
「妾のマスターと恋仲になればそちらにも【他力本願】スキルが適用されるのじゃ。アカシヤちゃんのマスターの面倒ごとも妾が引き受けてやるのじゃ」
「むむ? それはなかなかいいでしゅね。よしマスター、こいつと結婚するでしゅ。意外と利益のある相手でしゅ」
手のひら返すの早いなあ。
「アカシヤちゃんの情報力と妾の実行力が合わされば無敵なのじゃ」
「初デートコースの候補はこんなのがありましゅけどどれがいいでしゅかね」
「これがいいのじゃ。日程はこのへんがいいのじゃ。チケットとかは妾が用意しておくのじゃ」
当事者の俺と田崎さんを置き去りにして、俺たちに関することが勝手に取り決められていく。
楽だなあ。
「楽だね!」
田崎さんも同意見のようだ。
「意見が合うね」
「うん!」
「スケジュールが決まったでしゅ。マスター、とりあえず温泉に行くでしゅ。神殿の地下に定員2名の阿弥陀湯(混浴)が湧いてるからそいつといっしょに入ってくるでしゅよ」
「ええっ!? それはまだ早いよ!」
「湯着も用意してあるのじゃ。肝心な部分は見えないから大丈夫なのじゃ。ゆっくりしてくるのじゃ」
見えなくても男の場合形状変化とかあるからまずいんだよ!
「大丈夫でしゅ。マスターなら喜ぶだけでしゅ」
「そこには異世界カピバラ打たせ湯もあるのじゃ。見てくるといいのじゃ」
「カピバラがいるんじゃ行くしかないね!」
「そうだね、カピバラがいるんじゃね」
行く理由も用意してもらったので二人で温泉に入ってきた。
詳しい描写はやめとくよ。二人だけの秘密さ。
カピバラ可愛かった。
温泉から上がると、結婚式の準備がしてあった。
外の阿弥陀湯(男女別)から帰ってきたクラスメイトや巫女さんたちも参列している。
隠された神殿は、結婚式のために飾り付けられていた。
俺と田崎さんも小部屋で婚礼衣装に着替えさせられる。
異世界様式らしい。
「ここで結婚式しても日本での法的効力は無いでしゅけど、とりあえずくっついておくでしゅよ」
「日本での入籍手続きや親の説得とかは妾にまかせておくのじゃ」
二人並んで、レッドカーペットのうえを静々と祭壇の下まで歩いていく。
どうすればいいかをタヨリちゃんが直接脳内に指示してくれるので戸惑うことはない。
楽だなあ。
「なにこの急展開」
「あの二人ってそういう仲だったんだ」
「異世界の花嫁衣装キレーじゃん」
「めでたいぜ!」
クラスメイトたちが口々に話している。
何なんだろうねこの急展開。
祭壇の前では神官長が俺たちを待ち受けていて、祭壇の上では女神が厳かにたたずんでいる。
「これより、女神ファランディアの神前において、藤森吉正と田崎勇花、両名の運命を結び合わせます。指輪の交換を」
タヨリちゃんとアカシヤちゃんが異世界カピバラの背中に乗って指輪を運んでくる。
巫女さんたちが花びらを撒いてくれる。
受け取った指輪をお互いの薬指にはめた。
「二人の未来に幸あらんことを」
女神が祝福の光で俺たちを照らしてくれる。
タヨリちゃんの指示には無かったけれど、田崎さんがこっちを向いて目を閉じるもんだから、俺は田崎さんの額に口付けした。
「「「キャー!」」」
巫女さんたちが手で顔を覆って指の間からこちらを見ている。
「ひ、人前でチューをするとは、大胆な勇者様ですな」
神官長さんがうろたえている。
「にゃにゃにゃにゃにゃ!」
女神も顔を真っ赤にしていた。
あれ、異世界ではこういうのダメだったかな。
ちょっといたたまれない空気になる。
こういう時は、えっと、あれだ。
閑話休題。
「無駄話やってる間にこの世界は余すところなく癒し終えたぞ。この世はすでに仏国土である。これより衆生の一切苦を取り除き、いずれファランドラの地を浄土と成さしめてみせよう」
ちょっと閑話が長すぎたね。
「ありがとうございます、阿弥陀如来さま。ナムアミダブツ。勇者の皆様方も、ありがとうございました」
女神が頭を下げた。
「それでは、みなさまを元の世界にお帰しいたします。こちらから巫女が1人同行して、一人当たり100万ドルの報酬を振り込ませていただきます。ここで得たスキルもそのまま持ち帰れますので、ご活用ください。ではリオメラさん、よろしく頼みますね」
「はいはーい! おまかせください! ちゃんとおみやげ買ってきます!」
巫女の1人がぴょんぴょん跳ねた。
そして、召喚されたとき現れた広間から、俺たちは送還される。
日本へと。
「あれっ!? みなさん帰ってきた! 良かったー、先生の責任になるのかと思いましたよー。みんな突然消えちゃうんですもん」
気がつくと、元いた学校の教室だった。
担任の原木先生がホッとした顔をしている。
周りを見回すと、クラス全員ちゃんと戻ってきたようだ。
「それでは私は持ち込んだ宝石を換金して報酬を振り込んできますね!」
巫女さんがそう言って教室を出て行く。
「妾も手伝うのじゃ。高値で売ってやるのじゃ」
「私も手伝うでしゅ。税金回避にどこをを使いましゅかね。スイスかケイマン諸島か」
「おみやげ選びも手伝ってくださいね!」
タヨリちゃんとアカシヤちゃんもついて行った。
「みんな無事で良かったです。それでそちらの方は?」
「阿弥陀如来だ」
「はい?」
「阿弥陀如来だ」
なぜか阿弥陀如来も教室にいた。
「なんでいっしょに来たんですか?」
委員長が尋ねた。
「うむ、こちらの世界も救ってやろうと思っての。なかなかこちらの世も苦しみに満ちておるようだ。たとえばそこの女教師殿、そなたは男に縁がなくて毎晩ひとりで泣いて酒をかっくらっておるな?」
「なんだとてめえぶち殺すぞ黙れ」
「安心するがいい、我が法力でそなたに良縁を世話してやろう。阿弥陀ァ!」
原木先生のスマホが鳴った。
「もしもし母さん? ちょっと今仕事中…… え? 幼馴染のまー君が私に会いたいって言ってる? 捕まえといて! 閉じ込めて、私が行くまで逃さないでね! 3番目の引き出しにしびれ薬が入ってるから!」
「行くがいい。法力で休校にしてやったから心配は要らぬ」
「よーしヒルのように吸い付いて離れないぞー」
先生が教室を飛び出していく。
「どんどん救うぞ! まずはいつの世もどこの世も変わらぬ苦しみ、生老病死の苦しみをこの世から根絶せしめん! 阿弥陀阿弥陀阿弥陀ァ!!!」
阿弥陀の力が阿弥陀如来から放射される。
阿弥陀の御利益が世界を包み込む。
「視力が、視力が回復した!」
秀才メガネが騒いでいる。
「お腹痛いの治った!」
「すりむいた肘が治った!」
「切りすぎた前髪が直った!」
クラスメイトたちが口々に騒ぐ。
俺の深爪も治った。
すごいな、阿弥陀の御利益。
何というご都合主義。
しかし、視力回復ってことは、眼鏡っ娘絶滅か?
田崎さんもメガネだけど……
「藤森くんは、メガネかけてるのとかけてないの、どっちが好き?」
田崎さんが上目遣いに尋ねてきた。
かわいい。
「田崎さんならどっちもいいと思うけど、眼鏡っ娘は好きだな」
「じゃあ伊達眼鏡になるけどかけとくね。眼鏡も度が入ってないレンズに変化したから」
「そっか、かわいいね!」
思わず言ってしまってから赤面する。
田崎さんも赤くなってモジモジする。
「閑話休題ィ! これよりこの世界の人間は、老いることなく、病むことなく、死ぬことなく、生は安息の中にある。もはやこの世に四苦は無し!」
なんか、人類にとんでもない変革が起きたようだ。
「次はこの世から飢えを根絶せしめん!」
「それは私に任せるのよ」
「誰!?」
「私はスキル【ハイヌウェレ】なのよ。食べ物の神様なのよ。クラスのギャル娘ちゃんのスキルなのよ。無限に食べ物を出すのよ」
「マジ? ウチのスキルそんなん出来るん? マジメにスキル理解とかしてなかったから分からんかったわ。じゃあタピオカとかプリンとか出せるん?」
クラスのギャル娘が騒ぐ。
「もう出したのよ。今、全人類の前にタピオカとプリンが出現してるのよ」
全人類がどうかは分からないけど、とりあえずクラス全員の前にタピオカとプリンが現れた。
「やるじゃん。プリンおいしー!」
「ふむ、食い物の世話は任せてよいようだの」
「今後人間は飢えることはないのよ」
なんか、また人類にとんでもない変革が起きたようだ。
「こんなんでいいのかよ」
クラスの陽キャが言った。
「こんな、棚からぼたもちみたいに他所から与えられた救いでいいのかよ。ペットが飼い主からエサをもらうみたいなやり方でいいのかよ。人間は自分の力で、自分自身の責任で救われるべきなんじゃないのか」
「ふむ。では、実際救われた者の感想を聞いてみよう。難病で長らく闘病生活を強いられていたクラスのギャル娘殿の弟君とホットラインがつながっているからどんな感じか話してみるといい」
『もしもーし、姉ちゃん? オレ病気治っちゃった』
「マジ!? たっくんホントに治ったん!?」
クラスのギャル娘が驚いてる。
『マジ治ったー。なぜか出てきたタピオカとプリンもちゃんと味がわかる! 他の患者さんたちも治りまくってて病院大騒ぎだよー』
「マジサイコーじゃん。じゃあ今からそっち行くね! 『病気で苦しむ人も自力で救われるべき』みたいなことを抜かしたクラスの陽キャをシメてから!」
『うん、ギャルの友だち連れてきてね! ギャル最高!』
そうしてクラスのギャル娘はクラスの陽キャをきゅっとシメてから友達のギャル達を引き連れて教室を飛び出していった。
「(ギャル娘はギャル好きの弟のためにギャルをやってたのでしゅ)」
外出中のアカシヤちゃんがどうでもいいことを脳内に直接教えてきた。
「浜岡さん、弟さんが治って良かったね」
「うん、良かったね」
ちょっと田崎さんとイチャイチャする。
隙あらばラブコメ。
シメられて床に倒れ伏す陽キャを阿弥陀如来が助け起こした。
「よいか、今まさに苦しみの最中にある者は、救いを選り好みしたりはせぬ。そして自力では解決できない物事のために、他力はあるのだ。そもそも人は、大地、水、風、太陽、先人の積み上げた遺産など、自力で築いたわけではない多くのものに守られておる。それらの他力がなければ1日とて生きることはできぬ」
陽キャが気まずそうな顔をする。
「何の代償もなく与えられた物に甘え、堕落することを案じての物言いだったのであろうが、甘えが生ずるとしてもその原因は与えられた他力にではなく当人の心にあるものだ。そんな衆生の心を導くこともまた、我が本願である」
阿弥陀如来が右手を肩の高さに上げ、左手を腰あたりに下げ、両方とも親指と人差し指で輪の形を作る。
「(あれは来迎印というポーズでしゅ)」
「生老病死の四苦と飢えの苦しみが無くなったとはいえ、まだ愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦は残っておる。人の心に由来するこれらの苦しみは無闇に消すことは出来ぬから、説法にて涅槃へと導いてやろう」
「(それぞれ、
愛する者と別れること(愛別離苦)
嫌いな相手と会うこと(怨憎会苦)
欲しいものが手に入らないこと(求不得苦)
心と体が思い通りにならないこと(五蘊盛苦)
ってな意味になりましゅ)」
「万一私の説法が肌に合わぬ場合は、56億7千万年ほど待っておれば弥勒が如来になるからそちらに救ってもらうがいい」
「待ち時間長すぎませんかね」
「それほどでもない。私なんか菩薩から如来になる時は五劫にわたって思索に耽っておったしな。いやあ、あの時はほとんど寝てなかったなー大したことじゃないけどなー寝てなかったなー」
唐突に寝てない自慢を始める阿弥陀。
「五劫は200億年くらいになりましゅね」
アカシヤちゃんと巫女さんとタヨリちゃんが帰ってきた。
いいおみやげ見つかったかな?
「ただいまです」
「ただいまなのじゃ」
「ただいまでしゅ」
「タヨリ様とアカシヤ様のおかげで宝石が予定の倍値で売れて、かなり節税もできました! 勇者さま方に報酬振り込んでもたくさん余ったのでおみやげたくさん買えました。発電設備に石油精製プラントに技術者10人のファランドラへの出張契約、それとキーホルダーと木刀」
「妾の手柄はマスターの手柄なのじゃ。マスターに感謝するのじゃ」
「藤森さまと田崎さま、ありがとうございました!」
「どういたしまして。おみやげに発電設備とか、向こうで必要になるんですかね、阿弥陀如来が何でも世話してくれそうだけど」
「他力によって救われても、自力で何かしちゃいけないなんてことはないんですよ! むしろこれからは好きなことを好きなだけやれる世の中です。飢えが無くなった世界でも畑を耕したっていいんです」
「なるほど」
「阿弥陀如来の前では誰もが等しく役立たずです。でも自分自身を築き上げるのは自分自身しかいませんから。こればかりは他力には頼れないことです」
巫女さんがクラスのみんなに向き直る。
「それでは私はファランドラへと帰還します。勇者さま方の勇気に心からの尊敬と感謝を」
それっぽい魔法陣が現れ、リオメラさんは光に包まれて消えた。
「そろそろ私も別の世界を救いに行くとしよう。この世界にはもう色の苦しみはない。自らの心を育むがいい。また説法しに来るからの」
阿弥陀如来も消えた。
少しばかりの寂しさが漂う。
「これからどうなるんだろうね」
「どうなるかなあ」
ハイヌウェレに出してもらったソフトクリームを食べながら田崎さんと話す。
老いず病まず死なず飢えも無い世界では、今までの社会構造や価値観は通用しないだろう。
「私がついてましゅ。安心するでしゅ」
「妾もついているのじゃ。存分に頼るのじゃ」
他力本願、か。
阿弥陀如来の力は俺たちにとっては他力だけど、阿弥陀如来から見ればそれは自力だ。
俺たちは多くの他力によって生かされている。
でもその他力はきっと誰かの自力なのだ。
俺の小さな自力も、誰かの他力になれるだろうか。
「田崎さ……勇花さん」
「は、はいっ、吉正くん!」
「俺の自力は小さいかもしれないけど、俺は、勇花さんの他力になりたい」
「……うん、私も、吉正くんの他力になる!」
「もう結婚してるけど、改めて。これからもずっと一緒にいてください」
「はい、喜んで! 私からも、ずっと一緒にいてください!」
「はい。喜んで。これが俺たち二人の」
「本願だね!」
こんな感じでいいかな?
「いいのじゃ。とりあえず何かいい話っぽくまとまったのじゃ。これでいいのじゃ。これでいいのじゃ」
「それではこれで状況終了でしゅね。締めの言葉はやっぱりアレでしゅかね」
「アレなのじゃ」
それではみなさんごいっしょに。
「「「「南無阿弥陀仏!!!」」」」
「おしまいなのよ」