アニメ、マンガ、トッポ
梅原と協会本部それぞれに向けた報告書を昨日で書き終え、あなたは今日から巡回任務と言う名の自由行動に出る。とはいえやる事はほぼ決まっている様なものです、そう、福岡に潜む敵の調査です。まずは、空港と駅を見に行きましょうか。
朝食を簡単に済ませ早々に支部を出る。バスに乗ろうと思ったが予約制らしく仕方なくタクシーを呼ぶ。車に揺られる事四十分、福岡市内に到着した。
背の高いビルが立ち並ぶ、ビルの隙間から見えるのは水平線。大阪も物凄い都会だと思ったが、福岡も中々に都市だった。かつての周回時、東京で迷子になった事を思い出す。いや、福岡は元のあなたの故郷ですよ? 迷う訳がないでしょう。田舎生まれだから、って、今まで市内にも何度も来ているじゃないですか……ハコだって付いているんですから……。
海に背を向け、目の前にそびえる大きな駅を見上げた。周囲には足場が組まれ、ネットを掛けられ、地面にはぐるりと立ち入り禁止のバリケードが張り巡らされている。かつての賑わいはどこへやら、タイルを割って植物が生い茂り、一つの電気も灯らず、完全に廃墟の風体を成していた。駅前の繁華街にあたる周辺の建物は相変わらず営業していたが、こんなに少なかったかな、とあなたが首を傾げる程に人気が減っている。
あなたは駅の外周をぐるりと歩いて回る事にした。ナップザックに忍ばせた携帯型澱み計測器の電源を入れ、更に目視でも確認するが、建物内に悪意の反応は無い様だ。遮断機の下りる事のない踏切を渡り反対側へ。駅横のビルから化粧品の香料の匂いが漂う、心なしかお洒落な女性ばかりが出入りしている気がする……中に一人、アニメキャラクターの描かれたトートバックに大量の荷物を抱えて歩く金髪の女性が混じっていた。
ふと、警報が鳴る。ピンバッジではなく計測器の音だ。慌てて周囲を確認すると、バリケードの下に一体、小さな灰色の鼠がこちらを見ている。鼠はあなたと目が合うと直ぐに身を翻し駅の構内へ走って行く、追いかけようとした瞬間に、今度はピンバッジから警報が鳴った。
「――アナタ知らない人だけどキョウカイの人ですね? これ、チョット預かっててください」
声を掛けられて、返事をする前に大量の荷物を押し付けられる。バックの中身はフィギュア、薄い本、ぬいぐるみ等々、顔の前まで積み上がったそれらの隙間から渡し主を確認すると、金髪の女性が女児向けアニメの変身ステッキの様な物を掲げていた。
「métamorphose!」
少し聞き慣れない外国語、フランス語の発音で掛け声を上げると、ステッキの星形の先端が輝きだす。炎の様に揺らめくピンクの輝きは髪飾りとドレスの形を模して女性に纏わり付いた。変身を終えると、女性…燕方支部所属狩人、サラ・エモニエは無駄のない洗練された無駄な回転跳躍で鼠型悪意の進路上へ移動する。鼠は素早い動きでサラを避けようとしたが、サラの行動も早かった。ステッキからピンクの炎が出て、彼女と鼠の居る場所を円形に囲む。燃え盛る壁によって鼠は逃げる事が出来ない。
「悪い子にはオシオキです! flamme magique!」
星を描く様に杖を動かす。煌めく炎が軌跡上に残り、本当に星形が浮かび上がると、掛け声と共に中心部からピンク色の光線が鼠に向かって射出された。小さなガラスの割れる音が響き、モヤは炎に掻き消され、悪意の痕跡は跡形もなく消え去る。
悪意の消滅を確認しました、とのアナウンスと同時にサラは変身? を解除し、ひょいとバリケードを飛び越えあなたの元へ駆け寄って来た。
「アリガトウゴザイマシター、えーと、シンジンさんですかね? 初めまして、ワタシはサラ、ゴランの通り魔法少女です」
サラ、ニ十歳、武器の名はドリーマー、火属性の短杖です。高校卒業以降専属狩人をしています。給料は見ての通りアニメグッズに消える、所謂アニメオタクです。まあ、説明しなくても知っていますよね、ただしこの周回では初対面だという事を忘れずに。
「オー、アナタがトクニンシレーカンさん、若いですねー。白髭たくわえた艦長さんみたいなソウゾウしてたんですが」
どのアニメの話だろう…と心当たりを探ってみるが、彼女は四世代前のアニメまで把握している筋金入りのマニアです、あなたが知らないアニメの可能性が高いので考えるだけ無駄では。
荷物を受け渡すと、サラは目いっぱい顔を綻ばせ愛おしそうにバックに頬擦りしながら礼を言う。それじゃあ、と軽く挨拶をしてあなたが立ち去ろうとすると、待ってください、と引き留められた。
「ワタシの家、この近くなんで、スグこの子タチ置いてモドッテ来ます、イッショに見回りしませんか?」
屈託のない笑顔でそう言う彼女。一人でやりたい事が色々とあったが、断るのも申し訳ない。あなたが頷くと、サラは少しオマチクダサイ! と言うのと同時に常人を越える狩人の身体能力で走り出す。大荷物を抱えながら人波を器用に避け、あっという間に姿が見えなくなったとか思うと、ものの三分で手ぶらの状態になり戻って来た。
「オマタセしました! では行きましょう、本屋に! ……ジョーダンですよ新刊ならさっき買いました」
ウインクしながら舌を出す、彼女が冗談を言った後の何時もの癖だが、さらさらの本物ブロンドヘアーに青い目という風貌のせいで一瞬どきりとする程絵になる表情だ。しかし大人っぽく見えるのもたった一瞬だけ、直ぐに子供の様な笑顔になって、普段の少しだけ落ち着いた顔になって、アニメの宣伝広告を見つけるとまた瞳を輝かせて、彼女の隣を歩きながら、相変わらず見ていて飽きないなあ、とあなたは思う。
「ニッポンのアニメ、マンガ、スバラシイです。とてもジョウチョテキ、フゼイを感じます、そこが特別です。でも、美しい聖地がアクイに壊された話がいくつもあります……ワタシは、かけがえないこの景色を守りたい、だからカリウドになりました」
黄色く染まった銀杏の街路樹を前に両手を大きく広げ、目を閉じて風を感じるサラ。髪の毛と薄手のコートが揺れるのと同時に、葉がひらひらと舞い散る。風が次第に強まる中、あなたの方へ向き直った彼女は見た事が無い程悲しい目をしていた。
「でも、カリウドの仕事、とてもツライ。カエデ、タクヤ…仲間がヘッテイクのは、スゴク悲しいです。なぜ殺し合わなければならないのか、ロボットアニメの主人公のようにアクイにトイカケタ事もあります。モチロン、返事はもらえませんでしたが」
一粒、涙が落ち葉と共に風に乗って飛んで行く。その直後嘘の様に風が収まると、サラは再び笑顔を浮かべた。
「ヒーローが悲しい顔をしていると、みんなさんがフアンになります、だからワタシ、外では笑います。シレーカンさん、ムズカシイ顔してる、キョウカイの人がそうだと何かあったのかと思われます。……笑いましょう、ワラウカドニハフクキタル、です」
むにー、と頬を引っ張り上げて見せるサラ。あなたも真似して引っ張り笑顔を作ると、C'est bien!、良いねと褒められた。
「駅前はイジョウなし、ですね。お次はどこに行きましょ………Ah! トッポさーん!」
再び歩き出し、交差点で左右を確認した瞬間、突然サラが大声を上げ誰かに向かって全力で手を振る。トッポさん、というお菓子の名前の様なあだ名の主を、あなたは当然知っている。
二百メートル先、恐らく喫煙所から出て来たのであろう、電子タバコを懐に仕舞いながら気怠そうに歩く着崩したスーツ姿の男性、太刀洗独歩、二十七歳、武器の名はアティチュード、風属性の仕込み杖です。彼はこちらに気付いたのか目を丸くして立ち止まった後、至極面倒くさそうな顔をして九十度曲がり背を向けて走り出した。
「マッテくださいトッポさーん! 今レンコウしてくるので少々オマチクダサイ!」
あなたに軽く敬礼をして、サラは荷物を置いてきた時と同じ速度で人波を走り抜けビルの影に消えていく。六分後、ぐったりとした太刀洗を米俵の様に小脇に抱え戻って来た。
「こちらカリウド仲間のトッポさんです、ナンバーツーホストです!」
「ナンバーワンじゃねー事を態々報告すんなよ……」
よいしょ、と地面に降ろされると太刀洗は握っていた杖を地面に突き、溜め息を吐きながら片手で乱れた前髪と派手な柄物のシャツの皺を整える。そして営業スマイルを浮かべ、あなたに自分の顔が一番格好良く見える角度のポーズで名刺を差し出した。
「クラブ『ラグランジュ』でホストやってます独歩です、店に来てくれたらお酒飲みながらゆっくり話が出来るけど、今は営業時間外なんでまた夜に会いましょう。それじゃ……」
「トッポさん、今日はドウハンないですか?」
「今終わったところだからこれから帰って寝るんだよ……」
「じゃあカリウドの仕事の時間ですね! イッショに見回りしましょう!」
「だから寝るんだって……」
「シレーカンさん、トッポさんもイッショですからどんなキケンな場所でも大丈夫ですよ」
「だから……」
サラは太刀洗の腕をがっしりと掴みながらあなたに微笑みかける。どこに行きましょうか、という質問の続きらしい。あなたが正直に空港と藍原の事件現場と答えると、嫌がっていた太刀洗が動きを止める。
「……だったらデパートの方が近い、そっちが先だ」
ジャケットの裾をばさりと手で払い、途端に真面目な表情で率先して歩き出す。もう逃げだす気が無いと見てか、何時の間にやらサラの手は離れていた。
「お前、卓哉とはどういう関係だ? 俺が調べた限りではお前の名前はどこにも無かった、福岡出身って訳でもない。どこで知り合った? それとも只の野次馬か?」
嘘を吐くのも、誤魔化すのも、彼等には良くないだろう。自分は武器の能力で過去に戻る事が出来る、時を戻す前の世界で彼に、貴方達にもとてもお世話になった、そう話すと二人は暫くの沈黙の後、そっか、と静かに呟いた。
「わかる気がしますね、タクヤはシズカな人が好きでしたから、シレーカンさんの傍はイゴコチが良かったと思います」
「何か頼りなさそうだから皆して世話焼いたんだろうなってのは想像つくわ」
「外見はオトナなのにシャベルと年下みたいですよね」
中身はサラのギリギリ下ですからね、それにしても子供っぽい所があるのは否定しませんが。
「着いたぞ」
雑談しつつ歩く事二十分、立ち止まった太刀洗の目の前には駅と同じ様な『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた黄色と黒のバリケード。見上げた五階建てのデパートは、すっかり廃墟と化していた。
「本当は許可が要るんだが、オーナーとは顔見知りだ、後で話通しておくから。見たいんだろ? 屋上」
バリケードをずらし敷地内へ、入り口のシャッターを持ち上げ、電気の通っていない自動ドアを押し開けて中へ入る。一つも商品の並んでいないがらんと寂しい棚の間を抜けて、階段をぐるぐると上る事五階分、息が上がって来た頃に再びの外の風。
「事件の四年前から既にここは廃墟だった。時々悪意が出たから巡回コースには入ってたが、デパートの関係者と協会の人間以外は立ち入らない場所だ、目撃証言は無い。防犯カメラにも卓哉しか映ってなかった」
扉が開いた瞬間、余りの眩しさに目を瞑る。ゆっくりと開き前に進むと、そこは血の匂いも何もしない更地のコンクリートの屋上、空は似合わない程綺麗な青空だった。
「今お前が立っている場所で、卓哉は発見された。ご丁寧にドアノブの指紋を自分の服で拭き取った状態でだ」
あなたが手を離すとギィ…と錆びた音を立てドアが閉じる。建物が少し傾いてるのかもしれない。
太刀洗は靴音と杖の音を鳴らしながらずんずんと先に進み、ドアから一番離れた場所の柵の目の前で振り返る。
「ここから、お前のとこまで、血痕が続いてた。刺された場所はここだ。刺されてからも大分息があったって事だ。通信機で助けを呼んでいれば、助かったかもしれないってくらいな」
あなたに聞こえる様に大きな声で、どこか呆れた様な声音で、そう叫ぶ。ふとサラの顔を見ると、もうどこにも笑みは無かった。
ゆっくりとあなた達の方へ戻りながら、太刀洗は低く静かな声で話を続ける。
「警察が捜査を打ち切った後も、俺様はずっと独りで調べ続けた。そして一つ気付いた事がある。駅の改修工事は四年前に始まった、開始当初は悪意の出現は無かった。福岡市各地で工事現場を妨害する様に悪意が出現し始めたのは卓哉が死んだ直後からだ。悪意を操る人間がいると聞いて腑に落ちた。卓哉を殺したのは間違いなくソイツだ、姿を見られたから殺したんだ。そしてソイツは、卓哉とは顔見知り……ここまで分かっていて、まだ犯人は突き止められていない」
カツ、と杖の音が止まる。二人はあなたの目をじっと見詰めて、救いを求める様に黙って見詰めて、太刀洗が大きな溜息を吐き天を仰いだ。
「時が来れば動き出すか、それとも何時までも未解決のままか、もう俺達は待つしかねえ。お前が動かしてくれるんじゃないかと期待したが、そんな事は無いみたいだ」
「トッポさんシツレイです、タシカニ今はぽかんとしていますが、トクニンシレーカンさんと言うからにはすごい力があるはずです」
「ぽかんとしてんだから今日はもう駄目だろ」
あなたは顔をむにむに揉み解し、真面目な顔を作り出そうとする。その様子を見て太刀洗は増々呆れた顔をした。
廃デパートを後にして、空港へ向かったあなた達。福岡空港は駅同様、足場とバリケードに囲まれた工事途中の姿のまま廃墟化していた。廃れた周囲の景色に寂しい気持ちになりながらも、何事も無く見回りは終わり、駅前に戻り太刀洗と別れ、サラと別れ、早めの夕食を屋台で済ませてタクシーを呼んで支部へと帰る。その去り際に誰か、見知った顔を群衆の中に見た気がしたが、ハコに記憶をスロー再生して貰っても人物の特定は出来なかった。
ただその中で、白いニットの上着に白いズボンという、既視感の有る出で立ちの後ろ姿を見つけ妙な引っ掛かりを覚えた……。