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燕方支部

 埼玉県都市部を襲った大発生から三ヶ月が経った。事後処理はとっくに終わっていたが、本部では全国の支部に向けた新たな『対暁の救世主メシア』を想定した大発生対策マニュアルの作成と、過去の大発生資料の洗い直しが行われ終始ドタバタとしていた。最初の一ヶ月は気を遣われ簡単で小さな仕事しか回ってこなかったが、今ではあなたとハコも貴重な情報源として各所会議室、研究室に引っ張りだこにされている。

「海外の事例と照らし合わせると、やはり大型と、十キロ範囲内で短時間に二十体以上の発生は人為的に引き起こされたと考えてよいでしょう。しかし、日本で初めて大型悪意が確認されたのが二十五年前、大発生が十一年前。時期に大きなずれがある事も気になりますがそれは一先ず置いて、これだけの期間があれば影に隠れていても全国に悪意を生み出す技術を広める事は可能でしょう。我々が想像しているよりも多くの……魔術師、ですか、その様な人間が居る可能性があります。これだけの事をしていてれば、あなたの顔はもうあちらに割れていると考えるべきです、これからはあまり表に立つべきではないかと」

 研究解析室主任の角田かくだが眉間に皺を寄せ細い目であなたを見る。彼はベテランの研究員です、全国の支部から寄せられた研究資料の全てに目を通し解析を行う本部研究部門のトップで、当然発言力も有ります。彼の言葉に同意する様に、会議に出席している役員の半数近くがこちらを見る。

 この会議は研究結果の報告と同時に、あなたの今後の人事方針を定める為のものでもあります。ですが、あなたの気持ちはもう決まっていますね。

「大発生の予兆がある地域への派遣はまあ良いでしょう。しかし、いざその時になったら前線ではなく支部の指令室、ないし離れた安全な場所から情報収集に徹するべきです。相手が人間であると分かった以上、作戦の裏をかかれる事も想定しなければならない。こんな状況であなたのお守りが出来るとお思いですか?」

「貴方の武器の持つ情報はとても貴重な物です、裏方に徹したとしても、いえ、むしろその方が大きな功績を上げられるでしょう」

「無理に戦闘に参加するよりも、今ある適性を活かすべきでは?」

 口々に否定の言葉を投げ掛けられるが、あなたは怯まない。真っ直ぐと全員の目を見詰め、答える。


 護衛は要りません、自分の身は自分で守ります、その上で今までと同じ扱いを希望します。

 全国の最前線を飛び回る、特任司令官の地位を。


「ですがね……」

「発言失礼致します、人事部としましては、現在燕方えんがた支部から司令官殿のお力をお借りしたいという要望が来ておりまして。あちらは大発生が起きた直後ですので、正しく現在の最前線という事になるのですが、たとえ危険を冒してでも得るべき情報もあると思っております。こういう言い方は人命軽視と取られるかもしれませんが、今までに蓄積されたデータよりも、これから増える新しいデータの方が我々としても利用価値が高いでしょう、多少のリスクは覚悟の上で、これからも司令官殿には『狩人ならではの視点』から、我々と現場の橋渡し役として活動を続けてもらうのが良いかと」

 角田の発言を遮り、御木本みきもとが手を上げる。普段とは違う朗々とした口調で語られるあなたを援護する様な力強い言葉に、何人かの役員は気圧されたのか目を泳がせる。しかし角田はそれは一理あるが、と呟いたものの増々眉間に皺を寄せ、ぎろりとあなたを睨みながら顎髭を撫で納得していない様子を示した。誰の発言もない様です、追撃のチャンス…もう動き出していますね。

 あなたは席を立ちあがり、机に手を付いて前のめりの姿勢で角田の目を見詰め返し、決意の言葉を述べる。


 自分は『狩人』です。同じ狩人達が命を懸けて戦っているのを、只見ているだけなんて出来ない。自分にも、『記録者』としての覚悟が有ります。


 一分にも満たない沈黙だったが、五分程にも感じられた。目力と目力の戦いは、角田の頷きで決着する。

「狩人である事を引き合いに出されてはこちらも強くは言い返せませんな。折衷案としましょう、今後は派遣予定地が決まり次第こちらにも報告して下さい。発生危険度を調査した上で、危なければ会議を開き場合によっては派遣を停止します。ただしこれでは不測の事態には対応できない、何かあれば現場の判断に任せる事になります。護衛は要らないと言った以上、危機管理は徹底して頂きたい。分かりましたか?」

 はい、と澱みなく答えると、角田の皺が少し緩んだ。口ではどうとでも言えますが、とぼやいてはいますが、好印象だった様です。やりましたね。

「燕方は確かに大発生の直後ですが、それで消費された分澱みの数値は非常に低くなっています。大型を発生させる事は難しいでしょう、敵である人間にさえ気を付ければ下手な地域よりも安全と言えます。派遣に異論はありません」

「他にご意見はありませんか? ……では、本日の会議の内容は後日資料に纏め配布いたします。お疲れさまでした」

 皆で軽く一礼して、ぼちぼちと席を離れて会議室を出て行く。終わった、と気が抜け逆に椅子に腰を下ろしたあなたの元へ御木本が何時もの大黒天の様な笑顔で近付いてきた。

「お疲れ様です。恐らく一週間以内に福岡への異動辞令が交付されると思います。お体の方は大丈夫ですか? ここ暫く無理をしていらっしゃる様にもお見受けしますが……」

 大丈夫です、と笑顔で返したすぐ後、胸元の薔薇に視線を移す。あれからずっと胸ポケットに挿している黒い薔薇の花は、少しだけ開き掛けた蕾のまま、一向に咲く事も、萎れる事もない。だが、彼女の形見が何時までもこうしてここにあるという事は嬉しかった。

 この花を見る度に、自分は強くいられる。何だって出来る。

「角田さんは、顔はきついですがああ見えて誰よりも人の命を大事になさる方です。貴方を思っての提案である事は、」

 勿論分かっています、それでも、そう食い気味に言いながら無意識に胸元で拳を握り締める。あなたの思い詰めた表情を見て御木本は心配そうに眉尻を下げたが、この三ヶ月いくら声を掛けても休む事をしなかったあなたを思い出し諦めたのか、無理はなさらないでくださいね、とだけ言って会議室を出て行った。

 ……さて、この後の予定まで三十分の猶予が有ります、荷づくりの準備でもしましょうか。



「特任司令官殿、福岡県への異動を命じる」

 初めて御木本から手渡しで受け取った辞令を握り、あなたは随分と長居した協会本部を後ろ髪を引かれる事も無く後にした。


 東京駅から新幹線に乗り福岡県の入り口まで四時間半。以前は飛行機が使えたので二時間で着いたのですが、空港が閉鎖されてからは不便になりましたね。しかも昨年には

市内の駅まで使用不可になって、県庁への直通便がバスしかなくなりましたから。

 車内販売に手を出す事も無く、ぼーっと窓の外を眺める。福岡県。この身体に入る以前の、あなたの出身地。自分は居ないとして、自分の両親、祖父母等は存在するのだろうか? はい、大抵は存在しています。あなたが生まれていないという事は結婚していない可能性が高いですが。しかし、それを知ってどうするのですか? 今のあなたは赤の他人、会って話しかけても不審者と思われるだけです。……気になっただけ、ですか。

 ああそれと、一つ伝えておかなければならない事があります。期待しているところに水を差す事になりますが。


 この歴史ではどうやら、藍原卓哉たくやは三年前に死亡している様です。


 どういう事、と思わず口に出す。妖精の見えていない同列の通路を挟んで隣に座っていた老夫婦が突然大きな独り言を発したあなたを奇異な目で見ていたが、お構いなしに前方へ身を乗り出し、目を丸くしてハコを問い詰めた。

 そのままの意味です。協会の狩人名簿では三年前に死亡届が出されたと、そう書かれていました。殉職ではなく死亡と表記されていました。詳しい話は支部に知っている人間がいると思います。一先ず今は、望んだ再会は無い、とだけ理解してください。

 あなたは暫く呆然とハコを見つめ、やがて頭を抱え項垂れる。降車駅のアナウンスが流れるまでずっとそうしていたが、停車後上げた顔には涙の跡はどこにもなかった。ええ、何時までもぐずぐず泣いているよりずっと良いです。さあ、気を取り直して行きましょう、支部の迎えが駅まで来ている筈です。

 迎えを探す前に、ふらりと土産物売り場へ進む。藍原の好物だったひよこ型の銘菓を買い込み、今度こそ駐車場へ。

「司令官さん、こっちです!」

 眼鏡を掛けた女性隊員に手招きされ、協会のロゴの入った軽自動車に乗り込む。

「すみませんね、さっきまでも長旅だったでしょうに、ここから支部までも結構掛かるんです。福岡市までの直通便が生きていれば違ったんですけど…駅も空港も悪意が……」

 悪意に占拠されているんですか? と尋ねると隊員はいいえ、と答える。

「両方とも閉鎖の直接的な理由は建物の老朽化です。ですが本来なら新しい建物の建設が始まる予定でした。その工事に取り掛かろうとした途端に、悪意が現れるんです。そんな事が何度も何度も続いて、今でも手付かずのままで……思えばこれも、誰かが意図的にやっているんですよね。一刻も早く犯人を見つけられると良いのですが」

 そんな話をしながら四時間半、かつての記憶で見慣れた三階建ての白いビル、燕方支部の前に到着する。入り口の横に埼玉での大発生の時張られていたのと同じ緊急受付用の簡易テントがあり、一週間半経ったというのにまだ十名程の行列が出来ていた。

 裏手の駐車場に車を停めて来た隊員に連れられ、行列を避けて正面玄関から中に入る。ロビーには灰髪の初老の女性と、彼女よりも十程若そうな目つきの鋭いスーツ姿の女性があなたを待ち構えていた。

「ようこそいらっしゃいました、ワタクシはこの狩人協会燕方支部の支部長を務めさせて頂いております、梅原竹うめはら たけと申します」

「副支部長の網引一菜あびき かずなです」

 名刺を差し出し深々とお辞儀する二人に、あなたも慌ててへこへこお辞儀を返す。受け取るだけで申し訳ない、ですか、ハコ達も名刺作りますか? 時間がある時にでも考えましょうか。

 梅原は顔を上げると、早速ですが、とエレベーターを指し示す。網引から入館証を受け取り首から下げ、二人に付いて二階へ。廊下の突き当りの一つ前、『資料室1』と書かれた部屋の戸をノックし、ユウナちゃん、と梅原が声を掛ける。はい、と少女の声がして扉が開き、おさげ髪の隊員が顔を覗かせた。しかしあなたは、その背後に気を取られる。


 宙に浮いた長い白髪と豪奢な和服姿の男、明らかに普通の人間ではない何か。それはあなたと目が合うと、にたりと邪悪に笑った。


『ほう、我が見えているのか。成程成程、確かに面白い奴だ』

「えっ!?」

 男がそう言うと、少女が驚いた様に振り返り、更にあなたと男の顔を交互に見る。あなたの目線が間違いなく男の方を向いている事を確認すると、少女は気を取り直し呼吸を整えて梅原の方を向いた。

「……着替えがありますので、少しお時間を頂きたいのですが」

「ええ、構いませんよ。第二会議室で待っていますね」

「ありがとうございます」

 少女は一礼すると階段の方へ向かって早歩きで廊下を遠ざかって行った。男もその後ろをスイーッと、胡坐を掻いたまま付いて行く。異様な光景に目を奪われている間に、梅原達は会議室の前に立ち扉を開けて待っていた。

 部屋に入り、二つ並べられた長机の入り口近く、用意された席に腰を下ろす。梅原が上座に座り、網引が壁際のテーブルに準備していた茶器とポットでお茶を淹れる。少々お待ち下さいね、と言われたが、あなたは尋ねるなら今だと口を開いた。

「……藍原卓哉君、ですか、懐かしいお名前ですね……。あれは悲しい事件でした。三年前の二月十八日、デパートの屋上で彼の死体が発見されました。死因はナイフでお腹を刺された事による失血死、しかし犯人はとうとう分かりませんでした。というのも……藍原君自身が、証拠を隠滅した痕跡があったからです。指紋は拭き取られ、足跡も消されていました。この事から顔見知りの犯行だろうと思われてはいるのですが……果たして、犯人を突き止める事が彼の供養になるのかどうか、ワタクシも図りかねているのです」

 終始伏し目がちに話す梅原。支部内全体でも扱いに困る案件なのだろう、網引も唇を噛み締め、無言でお茶を三席に配り、一礼だけして部屋を出て行った。事件である以上、この件は警察の管轄になっていますし、これ以上深掘りしても何が変わるという訳でもありません。一先ずこの話は打ち切りましょう。

 ありがとうございます、辛い事を聞いてごめんなさい、お竹さん、あなたがそう言うと梅原はあら、と目を丸くする。別周回の記憶が漏れていますよ、そのあだ名はこの歴史で初対面のあなたが知るものではありません。あっ、じゃないです……言い訳の必要はなさそうですが。

 慌てるあなたに、梅原は優しく微笑んだ。

「いつかのどこかで、この支部に来た事がおありなのね。それも、長い間いらっしゃった。……藍原君とは、きっと仲が良かったのね。お墓参りに行きたい時は、何時でもおっしゃって、お仕事なんて幾らでも融通が利くもの、心の整理は大事よ」

 彼もきっと分かるわ、優しい子だもの、そう呟いて湯飲みを撫でる。懐かしい温かさに、あなたは少し目を閉じて感慨に浸った。

 次の瞬間、がちゃりと扉が開く。

「お待たせして申し訳ございません」

 目を開けると、そこには巫女服姿の少女が居た。

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