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石野信護

 休憩室に荷物を置き、夕食と銭湯を探す為最低限の荷物だけ持って支部を出る。銭湯なんて今時そうあるものではないので、スマートフォンで検索すれば早いのでは? ……あなたは本当に街歩きがお好きですね。

 以前見かけた店が幾つかコンビニやカラオケになり、バーやスナックが日中の間借り飲食店営業を始めたり、微妙に変わった街並みがたったの一年、されど一年を実感させる。


 大発生が起きれば、この街が全て、無残に崩れ去ってしまうのだ。


 瓦礫が。火の手が。悲鳴が。血痕が。脳裏にちらつき、視界に重なり、過去と今の境目が曖昧になる。あれが未来に起きる光景だというのが、余計に頭を混乱させる。大丈夫ですか? 頭痛は無い様ですが、呼吸が浅くなっています。広場が見えましたね、あそこにベンチがあります、一旦座って、落ち着いてから、ハコの話を聞いてください。

 商業施設前の広場。噴水の傍で複数の親子連れが遊んでいる。木製のベンチの、辛うじて木陰になっている端っこへ腰を下ろすが、残念ながらしっかりと蓄熱されていた。自販機から冷たい飲み物を買って来なかった事を後悔するが、一度座ったからには暫く動く気にはなれない。

 深呼吸。暑い空気が胸を満たし、余計に体温が上がる。それでも一先ず、落ち着くという目的は達成されたと思う事にした。

 それでは今から、大事な話をします。あなたには辛い話になりますが、今のあなたなら大丈夫だと信じています。


 過去の周回から、この時期に埼玉で大発生が起きるパターンには共通点がある事が分かっています。それは……「ハコの契約者が滞在する」事です。ハコ達が立ち寄らなかった場合、大発生は確認されていません。一日二日本部に立ち寄っただけの時も何も起きませんでした。しかし、間伽時支部、または本部に異動になり長期間の滞在となった場合、その後半に、高確率で大発生が起こっています。

 大発生は人為的に起こされるものと判明した今、これは明らかにハコ達を狙った攻撃であると推測が出来ます。一年前は覚醒直後だった為向こうも準備が出来ていなかったのでしょう。しかし今は、ハコとあなたの情報はある程度把握されている筈。もしこの予兆があなたと関係なしに準備されていたものだったとしても。


 あなたがここにいる間、一ヶ月以内に、確実に大発生は起こります。


 被害をどれだけ小さく出来るかは、今の頑張り次第です。ですが一人で気負い過ぎないで。あなたには沢山の仲間がいます。使えるものは何でも使うの精神で行きましょう。

 それを伝えて、直ぐに別の支部へ異動すれば、ですか。大発生を防ぐにはそれが最善でしょう。しかしハコとしては、危険を承知で踏み込みたいのです。一度犯人を特定さえしてしまえば、この周回は駄目でも次は最初からマーク出来ます、生きている間、出来る限りの情報収集をしたいのです。ええ、あなたが人の命を割り切れないのは分かっています。ですが……守ろうとするだけでは、守り切れないのですよ。

 ハコにもかつて、契約者の安全を最優先に考えて動いた時期がありました。ですがその周回では何も、何一つの進展なく全国連鎖多発大発生タイムリミットを迎えました。経験則から言わせてもらいます。踏み込まなければ何も変えられないのです。


 ですから……「戦って」、「生き残って」下さい。両方を、諦めないで下さい。


 滅茶苦茶なお願いだという事は分かっています。それでも、あなたの願いを叶える為にも……分かってくれましたか。

 ハコが今までどれだけの時間を繰り返して来たのか、自分はほんの一部しか知らない。けれど、「全ての悪意を消す」という目的を成し遂げる為には、今までと同じやり方ではいけない事は分かる。ハコの提案は何時も無慈悲で、正しい。

 正しいハコの意見の中で、出来る限り命を守るのが、自分の役目だ。

 ぽたり、と一粒の雫が額に落ちた。見上げると黒い雲がこちらへ流れて来ている。傘を持ってこなかった事を後悔しながら、雨宿りの場所を探しに立ち上がった時、背後から声を掛けられた。

「司令官さん、ですよね? どこ行くんですか? 送りますよ」

 紺色の傘を差し出し、石野信護いしの しんごはあなたに笑い掛ける。その手に下げたバッグから覗くバスタオルとシャンプーの入れ物。

「銭湯なら丁度行くところだったんです、案内しますよ」

 相合傘の形で、先程来た道をゆっくりと戻る。どうやら銭湯は正反対の方角にあったらしい。途中買い込んだペットボトルの紅茶を飲みながら休み休み進む。その間の雑談で、石野の自宅が広場の近くにある事、本日非番である事が分かった。

「水姫も良く銭湯使うんですけどね、最近は誘っても行かないの一点張りで、偶々ばったり会った時しか話せないんですよね。話って言っても、俺が一方的に喋ってるだけですけど。大体巡回終わりで汗流しに行くから、七時か八時頃に行くと会える確率高いんですよ」

 石野兄と石野妹は血の繋がらない兄妹です。両親を悪意に殺され、妹は狩人に、彼女を手助けする為兄は隊員になりました。兄妹仲は見ての通り、悪意を倒す事しか頭にない妹と、一方的に彼女を心配する兄という意識の差によって大きくすれ違っています。

「最初は、義父さんと母さんと水姫みずきと、家族全員で通ってたんですよね。仲良くなるには裸の付き合いだーって義父さんが無理やり、あの頃は家も大分離れた場所にあったのに、わざわざ電車乗り継いで。……家も無くなって、銭湯も改装しちゃって、あの頃の面影はどんどんなくなってっちゃいますけど」

 雨が強まる。日はすっかり影って、夏の五時だというのに薄暗い。石野の左肩が濡れていたので少し右に避けたのだが、傘はあなたに合わせて右に移動した。彼の優しさを素直に受け取り、今度は逆に距離を詰める。

「司令官さん。狩人って、どうやったらなれるんですか?」

 突然思い詰めた声音で、彼がそう言った。思わず顔を覗き込むと、正面を向いたまま、困った様な表情で答えを待っている。

 分からない、素直にそう首を振ると、石野はそうですよね、と苦笑した。

「今まで何人にも聞いたんですけど、強い意志とか、願いとか、復讐心とか、聞く人によって答えもまちまちで。どれを試しても駄目で。意図的に狩人に覚醒させる技術はまだ発見されていないんですよね。でも、それを待っている間に水姫に何かあったらと思うと……。

 時々苦しくなるんです。狩人があんなに危険な戦いをしているのに、隊員は後方支援しか出来ない。自分にも力があれば、そう思わない日はありません。たった一人の妹なのに、たった一人の家族なのに、守れなかったら、俺は……」

 武器との契約は相性が全てですからね。適性があっても近場に対応する武器が無ければ契約は結べません。まさに一期一会、努力でどうにかなるものではないのです。ですが、彼はきっかけさえあれば……いえ、今はこの話はすべきではないですね、あくまでも数ある可能性の一つでしかないので。

「あ、着きましたよ。タオルとかシャンプーとか、受付で売ってるんで。貴重品は鍵付きのロッカーに、飲み物は中にバーがあってそこで買うのがおすすめです。帰りもまだ降ってたら支部まで送りますから、休憩所で待ってて下さい」

 軒下に入り傘を閉じる。隣の店の前にペットボトル用のゴミ箱があったので、空ボトルを捨てる為石野とはそこで別れた。


 新しい木の香りのする脱衣所、レトロな水色のタイル張りの浴室。サウナやジャグジーもある、こじんまりとした建物にしては至れり尽くせりな風呂だった。服を着直し外を見ると雨は止んでいたが、バーのガラス張りの扉の向こうに石野の姿があった。

「折角ですし、支部まで送りますよ。あっ、その前に夕食ですか? どこかで食べていくならおすすめの店紹介します」

 面倒見が良いというか、お節介というか。これが妹に避けられる原因なのですが、本人に自覚は無いのですよね。

 靴を履き銭湯を出ようとした、その時入れ違いにキャップ帽を目深に被った少女がやって来た。抱えるバスグッズは石野兄と同じ、色違いの物。彼女は一瞬こちらを見て目を見開き、すぐさま顔を逸らす。

「あ、水姫! 今日は水姫の好きな麻婆豆腐だから、早く帰ってきて一緒に」

「うっさい、保護者面すんな……」

 兄の発言を途中で遮り、石野妹はもう会話する気はないと言いたげに背中を向け、靴を脱ぎ下駄箱へ持って行く。慣れた手つきで受け付けを済ませ脱衣所へ消えていく彼女へ向かって、石野兄は最後の声を掛けた。

「俺も司令官さん送ったら直ぐ帰るから、水姫も寄り道せずに、遅くなる前に帰って来るんだぞ!」

 返事は無い。石野妹は兄を完全に無視し暖簾を潜った。石野兄は心配そうに暫くそちらを見ていたが、溜め息を吐いてあなたの方へ向き直る。

「色々難しい年頃なんですよね。どれだけ言っても帰りは遅いし、怒る程反抗的になるし……でも、俺が親代わりとして向き合っていかないと」

 高校生である少年が語るには重い言葉を決意の篭った声で呟くと、石野兄はお勧めの飲食店の話をしながら歩き出す。兄妹の間に流れる何とも言い難い空気に、何か出来ないかと考えながらあなたは彼の後を追いかけた。

 ……お節介も良いですけれど、本題を忘れないで下さいね。

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