96。他人をバカと呼ぶ人はバカだぞ!
2025年8月29日 視点変更(物語に影響なし)
「他人を困らせるのを止めてくれないかな?」
「……」
目の前の男にフェルはそう言ったけど、男は微動だにせずただ彼を睨んでいる。
「幻想の森だけで満足してくれないか?」
「……」
男は沈黙を保っている。
「おおい、勇者サトウ?」
そう、男の正体は以前フェルの胸を貫いて幻想の森をなくした人、勇者サトウだ。相変わらず立派な鎧を着ていてその鎧の左胸に左右に羽がついている剣、アルマ教会の紋章がある。
そんな彼はさっきから黙っていて、何かを考えていた後やがて口を開いた。
「……まさかここで犯罪者と遭遇する事になるとは」
「改めてそう言われると傷つくわぁ」
「はっ! 大勢の人を殺した悪魔がよく言うよ」
「おいおい、自分の事を言ってるのか?」
自分の過ちを他人に押し付けて善人のアピールをしてなんとも思わないその勇者サトウの行為の目的はーー
「後ろにいるエルフ達を味方にしようとしてるのか?」
ーーそれは彼の後ろにフェルが捕縛したエルリンの兵士達だ。
「……」
「都合が悪いことに沈黙、と」
「呆れますね」
ドライアードは首を振って溜め息を吐いた。
「いい事を教えてやるよ」
フェル達を警戒して眉を顰める勇者サトウの目を見ながらフェルは続ける。
「お前がここに入った時点で犯罪者確定だ」
ちょっと封印の事を少し説明しよう。
封印の役割は結界と違って内外を完全に隔てることだ。
結界は外側からの侵入を拒むに反して、封印は外側からはもちろん、内側から出る時も拒むのだ。それゆえ封印がある所を通る毎に封印を解除する必要がある。
簡単に言うと結界は自動ロックドアで、封印は手動ロックドアみたいな物だ。
……うーん、分かる?
ちなみに仕組みは結界と同じだ。魔力を使って壁を作るだけ。だけど封印の場合その魔力壁の外側を内側にも設置する。これで内外は完全に隔てられる。
勇者はそれを知っているか? いや、たぶん知らないだろう。
「封印を解く方法知ってるか?」
「……」
答えたはNO。
「ここに来た事あって、転移魔法使えるか?」
であらばここを訪ねる事があって、しかも転移魔法使いでなければ入ることは不可能ってことだ。
「そう、お前は封印を壊した、違うか?」
「……」
その指摘に勇者サトウはさらに険しい顔になった。
「沈黙は肯定の意味ですよ、王」
「分かってるさ」
最初から勇者サトウが封印を破壊してから入った事をフェルは知っている。
何せ封印を張ったのはフェル自身だから。
まあその事実はドライアードとネヌファしか知らないけどな。
「さて、そこまでしてお前の目的は何だ?」
明らかに立ち入り禁止この場所に侵入したからな。
「……こいつらを助けるに決まってるだろう?」
「無駄無駄。こいつらは味方になっても俺達には勝てないさ」
「んんー!!!」
最強の味方である大精霊は二人いるから、フェルは強気に出てそう言うと一人のエルフ兵はぶんぶんと首を横に振った。
「何だ、兵士さん? そいつの味方になるか?」
「んんんんー!!!」
「……」
確認の問いにその兵士は更に勢いよく首を振った。
まあ、兵士たちは絶対に大精霊を味方にする事くらいフェルはわかっている。
「味方になってくれないんだってさ。どうする?」
「ん!」
兵士は今度頷いた。
「……仕方ないな」
「!」
「あれぇ〜? 勇者がする行為じゃないな、それ」
勇者は一人の兵士の首に剣先を当てて、人質を取っている。
「さて犯罪者フェル、こいつらの命が惜しければーー」
「「ぷぷぷ」」
あー、ドライアードとネヌファは必死に笑いを堪えているけど、もらしているわぁ。
っていうか兵士たちもぷるぷるして一見怯えてるように見えるが、目が笑っている!
「何がおかしい!?」
「いやぁ、お前、俺を犯罪者と呼んでるが今の台詞はもっとも犯罪者っぽいぞ」
「……」
確かに。手に剣じゃなく銃を握れば絵になるだろうなぁ。
「まあそう焦るなって。お前の目的はこのダンジョンに眠ってる物だろう?」
そう! 世界樹の中はちょっと不思議でダンジョンになっていて、広いのだ。
そして勇者の目的はこのダンジョンの一番深い所にある物だろうとフェルは推測した。
なに? ダンジョンの説明? 別の機会にするよ。
「分かってるならさっさと渡せ!」
「「っ!」」
犯罪者っぽい台詞吐くのを止めない勇者のせいでいドライアード達は苦しんでいる!
……笑いを堪えているから!
「アルマ教会の命令か? それともレヴァスタ王国か?」
「バカか貴様? 教えるわけねぇだろう?」
「それもそうか……あれ?」
と、納得したフェルは自分が馬鹿にされている事に気付いた。
「バカはお前だ! 他人をバカと呼ぶ人はバカだぞ!」
「なんだと!?」
「あぁ!? やるか!?」
子供である……まあ勇者は実際にまだ子供だがフェルは体的にも精神的にも違う。
「王……」
「お父様、実はバカですか?」
「失礼な! っていうか少し言い返しに手伝ってくれよ!」
「「……」」
時々抜ける所があるフェルは抗議したけど、ドライアードたちはお互いを見たあと顔を背けた!
「コホン! 勇者、また幻想の森の事件を繰り返したいのか?」
そんな二人にもういいと言って、気を取り直したフェルは話を進める事にした。
「知らんな、そんなもん。あれはお前が起こした事件だろう?」
無敵に笑みを浮かべる勇者。まるで幻想の森の事件は自分の勝利だと言わんばかりに。
「あいにくだが、聖剣フォレティアはお前の手にあるんだけど?」
「それがどうした?」
まあ聖剣フォレティアが抜かれた事で幻想の森の事件が起こったという事実は関係者以外誰も知らないからな。
分かる人には分かるけどな。
「はぁ……言っておくがこのダンジョンからアレを持ち出したらここは幻想の森のようになるぞ?」
諦めたフェルはそう勇者に告げる。
彼は知っている、もしまた似たような事件が起こったら被害は精霊王国マナフルまで及ぶだろう、と。
「ふん、その時また罪を貴様に押しつくだけだ」
「酷ぇなぁ、おい」
そう言うけどフェルは勝ち誇った顔をしている。
「今のちゃんと拾ったか?」
「ばっちりです」
何故なら彼の質問を答えて暗闇から出て来た者がいるからだ。
その人はーー
勇者サトウ「人の言葉をそもまま返した貴様、子供か?」
フェル「なんだと!?」
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