95。手だけじゃ満足できません!
2025年8月25日 視点変更(物語に影響なし)
「これを使うんだ」
変異種の攻撃を躱しながらフェルはドライアードに近付いて、魔法袋からある物を取り出した。
「……無理ですね。やっぱり誘導を止めるべきじゃありませんでしたね」
「誘導って言った?」
「……」
しまった、と言わんばかりにドライアードは顔を背けた!
「短剣でアレの樹皮を貫けると思います?」
「話を無理やりに進めたな? まあいいんだけど」
フェルが見せたのは彼が愛用している短剣だった。
「それでどうします? 投げますか?」
「その通り!」
「……他の方法はありませんか? すごくいやな予感がしますけど?」
自信満々に答えたフェルにドライアードは呆れた。
魔法剣士とは魔法を剣に宿し、敵を斬るという魔法と剣術を得意とする戦士だ。
フェルも一応魔法剣士だから近距離なら魔法と剣術、中距離なら魔法で戦う。
今回みたいな遠距離ならーー
「大魔法しかないが、どれも地形を軽く変えるやつなんだよ」
ーーこの変異種相手ならそれしかない。
フェルにはいくつかの大魔法を扱えるのだ。
例えば周囲の空気を圧縮して大爆発を起こす〝エクスプロージョン〟とか、周囲の岩と土で出来た大岩を上空から高速で下ろす〝メテオ〟とか、空気にある酸素と水素を化合して大規模の水をぶち込む〝タイダル〟とか。
「困りますね、それは」
「だろう? ここは大森林、しかも他国領だから迂闊魔法を討てないんだよ……」
「まさか王はこうも役立たずになるとは……」
「おおおおい! 役立たずって酷くない!?」
突然来るな、ドライアード……しかしそれは事実!
「普段の王は格好良くてなんでも出来ますが、今は何も出来ないじゃないですか……」
「いや、流石に過大評価だろう……」
あー、確かにそうだな。人間はなんでも一人で出来る訳じゃないから。
「じゃあなんだ、幻滅したか?」
「いいえ? そんな王も素敵ですー、」
「心が籠ってないなぁ……」
「キッシャアアアア!」
「うぉおお! なんだ!?」
変異種の攻撃がさらに激しくなった!
「イラついていますね」
感情あるのか? と疑問を浮かべるかもしれないけど、魔物だから当然あるのだ。
「さっきから攻撃が躱されてイラついてきますね」
「キッシャア!」
「……たぶんそこじゃないよ……ただ嫉妬で俺達に対して〝リア充爆発しろ!〟みたいな感情だろう」
まあ、側から見たらフェルたちはさっきからイチャイチャしているからな。
「え? 何で分かります?」
「……言っておくけどトレントの言葉分からんぞ?」
まさか王はトレントの言葉を? みたいな顔でフェルを見るドライアードに彼は肩をすくめた。
「キッシャアア!」
無視された事に更に怒り出して、変異種の触手根っこ攻撃が更に激しくなった!
「と、とにかくこれを投げて魔石を砕く!」
焦りを感じたフェルは再び短剣をドアライアードに見せた。
「凄く揺れるって言いませんでした?」
言ったなぁ……ヘッドバンキング緑アフロ。
「そこはお前に任せる! とにかく一瞬でもいい、アイツの動きを止めてくれ」
「え? 丸投げですか?」
「行くぞ!」
「ちょ、王、待ってーーもう〜!」
短剣に魔を流して高速で調整し続け、高周波を完成したフェルは命中確立を上げるためにドライアードを置いて攻撃を躱しながら変異種に接近する!
「うわっ! ストーンウォール!」
左右から迫ってきている根っこを岩壁で遮って、フェルは走り続ける!
「まだかっ!?」
「急かさないでくださいよっ!」
近すぎたら狙い辛くなるけど、かと言って速度を落としたら勢いが失いかねないからフェル全力で走っているまま遠くの後ろにいるドライアードを促した。
「おい、もうつきーー」
「ーー今です!」
そろそろいい距離になると思った彼は文句を言おうとするとドライアードに遮られて、同時に彼女は勢いよく両手を前に突いた!
「何だかんだ言ってちゃんと仕事をこなしてる、な!」
急に動きが止まった変異種の額目掛けにフェルは左手にある高周波短剣を全力で投げた!
「これで決まーー」
シュー!
「ーーたぁおおおい! そんなのありかよ!」
フラグが立てた瞬間すぐに回収された!
変異種は短剣が当たる寸前に再び動き出したのだ!
その結果狙いが少しずれてフェルの攻撃は魔石を砕き損ねた!
「申し訳ありません! さっきのが限界でした!」
「短っ! 短すぎるぞ! 一、二秒持とうよ!」
「無理なことは無理です!」
「分かってる、言いたかっただけだっ!」
自分の隣にまで来たドライアードに目をくれずフェルは左手を素早く前に突いて、そして自分の方へ引いてーー
「キッシャアアアアァァァァァ……」
「え?」
苦しんでいるかのように変異種は悲鳴を上げて、最後に動かなくなった!
「あ、なるほど」
それを見たドライアードは何が起こったのか理解できなくて混乱していたけど、地面に刺さった短剣を見てやっと理解した。
「まさか短剣ごと遠隔で操るとは流石王ですね、バカみたいに魔力を持っています!」
「……褒めてるかバカにしてるかはっきりしてくれないかな?」
ドライアードが言った通り、フェルは投げた短剣を遠隔で操作して方向を変えた。
短剣が変異種に躱された後、彼はすぐ魔力を短剣に繋げて自分の方へ向かわせた、もちろん変異種の魔石を貫けるようにだ。
流石変異種でも後ろに目はないだろう……そもそも目あるのか?
まあそれはともかく、最初からこの方法でやればよくない? と思うかもしれないけど、遠隔操作をするために繋がりが必要で、その繋がりを作って維持するには魔力を注ぎ続けなければいけないのだ。
例えばリモコンは発信機と受信機が電波で繋がって、その繋がりが絶ったら操作できなくなるだろう?
それで魔力を注ぎ続けて高速でその量を変え続ける魔法、高周波を維持するためにフェルは糸のような細い魔力を自分と短剣に繋げた。
しかし遠隔操作をするならそれだけじゃ足りなくて彼は更に魔力を注ぎ、糸のような繋がりは普通のロープの厚さまでになった。
これは地味に魔力のコストが悪くて、この後まだやることがあるフェルはあまりやりたくなかったのだ。
まあお陰で剣を回収できたけどな。
「じゃあ魔力をくれ」
やや疲れた顔でフェルはドライアードに手を差しだした。
「はぁ、仕方ありませーーん……?」
その手を取ろうとした彼女は突然動かなくなって、考え素振りを見せた。
「やっぱり嫌です!」
「なんでだよ!?」
「もう夫婦ですから手だけじゃ満足できません!」
「おい、言い方! 他人に聞かれたら完全に勘違いされるんだぞ!? っていうかお前やっぱり欲求不満だな!?
今そんな場合じゃないだろうが! とフェルは更にツッコミを入れた。
「いいえ、今こそその時です! さささ!」
欲求不満なドライアードはフェルに迫って彼を抱こうとしていて、それに威圧感を感じた彼は思わず身を引いてしまった。
「魔力要らなーー王!」
「?」
ぐいぐいと迫っていたドライアードは再び突然止まって、深刻な顔を浮かべる。
「ネヌファから連絡が入りました」
「ってことはーー」
「聖剣フォレティアを持っている者が現れました、と」
やっぱりか……と彼女の報告にフェルは呟いた。
ドライアード「あ、そうだーー王!」
フェル「なんだ?」
ドライアード「魔力いりませんか? さささっ!」
フェル「……やっぱり欲求不満だな?」
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