90。精霊王を売ろうとでも?
2025年8月24日 視点変更(物語に影響なし)
(いやぁ、まさか誤解だったとは……良かっーーいや、良くないか? だが兄としては良かっーーやっぱり王としては良くないか?)
エルリン国王は自問自答している……。
(ああああああぁぁぁぁ!!! どうしたらいいんだあああぁぁぁ!?)
「へ、陛下? どうなされましたか?」
会議中なのに突然頭を抱える自分の国王に参加者達は驚いて、宰相は問い掛けた。
「あ、いや、何でもない、続けろ」
「はぁ……はい! では次の議題は昨日ソル大使の事とレヴァスタ王国と以後の関係ですがーー」
ソル大使という人物はレヴァスタ王国から来た大使だ。その人物はちょっと強引な手段で精霊王国マナフルとの交渉の最中に退室されたのだ。
それについて宰相は何か言いたい事があるだろう。
「その件はここ最近の事件が解決した後に回してくれ」
「し、しかし陛下、そうしたら色々問題がーー」
ソル大使は絶対に黙っていない。自分が受けた仕打ちは遅かれ早かれレヴァスタ王国に報告するだろう。
そうしたら色々問題が起こって、国際問題になる。
それを阻止するためにエルリン王国の宰相は自分の国王に事の重要さを知らせたいけどーー
「精霊王を売ろうとでも?」
「「「……」」」
「私達エルフ族は今までずっと精霊の言葉を耳にしてきた一族だぞ?」
精霊の導きに頼り、存在している国だ。精霊たちの王であるフェルをレヴァスタ王国に渡したらどうなるかエルリン国王は想像もつかない。
とはいえ、果たしてこれでいいだろうか? と彼は自分の中で疑問を抱えている。
フェルは確かに精霊王だけど、指名手配中もまた事実。真相はどうであれ、幻想の森の事件に関わっていたことは確かな事だ。
(どっちの側なんだ……?)
それが問題。
エルリン国王の考えだとフェルは白だ。根拠としては森の大精霊、ドライアードの存在。
森の大精霊が森を消した本人についているなんてまずありえないからな。
(ではなぜソル大使はーー)
情報整理しているエルリン国王は昨日の出来事を思い返す。
△
ちょっと回想に入ろう。
これは精霊王国マナフルとエルリン王国が交渉している時、昨日の話だ。
「ーーセルディは人材を約束した。その報酬でいいと思ってこうして来たのだが、どうだ?」
丸いテーブルを挟んで、フェルは向かい側に座っているエルリン国王に話を切り出した。
「……人材、と言ってもどのような人材ですか?」
「犯罪者以外なんでも。住民、兵士、商人、職人、なんでも、だ」
マナフル精霊王国は新国だから、まずは人材確保って事だ。
「あくまでその人材の決意次第ですが、よろしいですか?」
命令は出せるけど、そうすれば後々問題になりかねないから国王としては無理矢理に自分の国民を移住したくない。
「その時は違う報酬を要求するさ」
「その違う報酬は具体的にどんな?」
「そうですわね……例えば一定期間利益共有、安全保障条約、戦争協力協定とか、ですわね」
……どんな報酬かまだ思うつかないフェルの代わりにアンナは例をあげた。
「……荒事に協力しろと?」
「いえいえ、こっちから仕掛けるわではありません。あくまでも仕掛けられた場合のみ、ですわ」
まあ、誰が犯罪の行為に手を貸すってことだな。
「その代わりにエルリン王国の国民に安眠をお約束しますわ」
「お言葉ですがエルリン王国は今平和にーー」
「その平和はもうすぐ終わるのだ」
と、エルリン王国の宰相を遮ってドライアードは強く言った。
「お主らは事の重要さを理解していない」
「……森の大精霊ドライアード様、何かしっていますか?」
「うむ。そしてこの問題はお主らだけだとまず解決出来ないのだ」
「……分かりました。その条件を受け入れましょう」
思考を走らせて、条件を呑むことに決めたエルリン国王に宰相は抗議しようとしたけど、制止された。
「よし、報酬の話はもういい。現状は? 知ってる事全部話してくれ」
話は纏まったから、フェルは次の議題に移って、エルリン国王は彼の要望通り情報を共有する。
「はい、調査隊の報告によりますとーー」
バン!
「陛下! マナフルの者達の言葉に耳を傾けてはいけません!」
しかしその時、会議室の扉が勢いよく開かれて一人のちょっとデブった中年の男がエルリン国王を遮った!
「ソル大使、今は会議中だが?」
そう、その男はレヴァスタ王国からの大使、ソルだ。
「陛下! この者達は犯罪者ですよ!?」
「犯罪者、だと?」
「そうです! そこのフェルという男は指名手配されている犯罪者です!」
正確に言うとレッテルされた、だな。
フェルの正体に薄々と気付いたエルリン国王はずっと自問自答していて半信半疑だけど、ソル大使の言葉にそれは確信に変わった。
変わったけどーー
「ソル大使、このお方は精霊王様だぞ?」
エルリン王国はエルフ族の国で精霊を何より尊ぶ国だ。
ソル大使よりエルリン国王はフェル基ドライアードを信じるのだ。
「精霊王としての身分証でもありますか!? いえ、ありませんね!」
「ソル大使、分かっていて言っているのか?」
精霊に身分証を欲求したソル大使に一瞬キョトンとしたエルリン国王は呆れた。
「何がですか?」
しかし相手は敢えて知らん振りしている。
「もういい、誰かソル大使をーー」
「そんな事言ってもいいのですか?」
追い出されそうになったソル大使は意味ありげな嫌らしい笑みを浮かべた。
「っ!」
その笑みにエルリン国王は思わず身を構えた。
……別に弱みなんて握られていないのに。
(これは、魔力!? こんな膨大な魔力ーーっ! フェル様!?)
動揺している彼は膨大な魔力を感じて、その源はフェルであることに気付いて焦り出した。
「お兄様」
「セルディ……? ふぅ、愚問か」
そんな兄を見てセルディは優しく呼ぶと、エルリン黒王は落ち着きを取り戻した。
「ソル大使はお帰りになるようだ。誰か入口まで案内してくれ」
「なっ! 陛下、この事をーーちょ、放せ! 放せとーー」
何か言おうとしているソル大使は無理矢理に部屋から追い出された。
それと同時に部屋を支配している魔力は消えた。
「……いいのか、それで?」
さっきのエルリン国王の決断はエルリン王国とレヴァスタ王国の以後の関係に大きく影響するから、フェルは心配になった。
「……はい、大丈夫です」
それでもエルリン国王は自分の言葉を撤回しない。
「そもそも根本的な事は違うからな、我が国と人間の国は」
「……分かった。話を進めよう」
エルリン国王の決意を感じて、これ以上追求しないと決めてフェルは話を進めた。
それから会議は順調に進んでいて、フェルは今までエルリン王国に出現したモンスターの記録を要求して、最後にこう問うた。
「封印は確認したか?」
その質問に驚かされたのだ、会議室にいるすべてのエルリン王国の人間が。
「どうしてそれを?」
封印というのはエルリン王国の人間の一部にしか知られていないはずの世界樹の封印の事だ。
だからフェルの口から封印の事を訊かれた時エルリン国王たちは驚いても仕方ない。
「おいおい、こっちは伊達に精霊王をやってないぞ?」
そんな彼らを見てフェルは笑みを浮かべるだけでそれ以上何も言わない。
「……将軍、どうだった?」
訊いても無駄だと悟ったエルリン国王は話を進める。
「はっ! 封印についての報告はありませんでした。おそらくそこまで調査しなかったでしょう」
理由は単純。
封印は今まで変わった事ないから調べる必要はないと調査隊は思っていたからだ。そもそも封印を理解できる人エルリン王国にはいない。
「なら確認した方がおすすめだな」
「まさかフェル様……?」
何か知っているのか? とエルリン国王は思っているけどフェルは昨日エルリン王国に着いたばかりだからそれはあり得ないと決めつけた。
「将軍、すぐに調査命令を」
「畏まりました!」
席を立って、将軍は頭を下げて部屋から出た。
「とりあえず休憩しよう」
そう言って、フェルもアンナ達を連れて会議室を出た。
▽
「ーーか? 陛下!?」
「っ!」
「本当にどうなさいましたか? 心ここにあらずのご様子ですが?」
「……すまんが、今日の会議はここまでだ」
さっきから集中出来ないから、後日また仕切りなおした方がいいだろうと思ったエルリン国王は会議の幕を閉じる。
「陛下、何か気になる事でも?」
他の参加者が部屋から出たと確認した宰相は問うた。
「そうだな……ソル大使の昨日の行動の理由について考えを聞かせてくれ」
「それは……フェル様のご来訪を耳にして、捕縛しようとしていた、じゃありませんかね?」
「いや……そうだとしたらあそこまでやる必要はない。ましてや本人の前で言う理由はなく、こっそり私達に教えれば上手く捕縛できるはずだ」
まあ、確かにその方法はあるな。
「ソル大使の行動はまるで会議そのものを邪魔しようとしているかのように……だがその理由は?」
レヴァスタ王国からの大使であるソル大使の考えを予測するには今のエルリン国王たちの手にある情報だけだと無理だ。
「宰相、ソル大使の行動をよく見張っておけ」
「はっ! 畏まりました!」
今考えても無駄だと思い直してエルリン国王は命令を下した。
(まさか、なぁ……)
内心で嫌な予感を抱えていながら。
宰相「陛下? 聞いています?」
エルリン国王「……」
宰相「セルディ様は階段上りましたよ!」
エルリン国王「はっ! セルディ!!!」
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