89。敏感で技量を持ってる
2025年8月23日 視点変更(物語に影響なし)
「う、うぅ……」
「フェルさん、しっかりしてくださいよ」
謁見間に続く廊下をだるく歩いているフェルにアンナは注意を飛ばした。
「そうしたいのはやまやまだが、体のあちこちが痛い」
床ちゃん、容赦なかったわぁ……とフェルは溜め息を吐いた。
「すみません、私のせいで……」
「いいんだよ」
悪いのは宿の経営者だと申し訳なさそうにしているセルディにフェルは内心で思っている。
「せめてソファーを用意してくれよ……」
と彼は過ぎたことに文句を言っているけどーー
「経営者が気を利かせてくれたようですわね」
「そうですね、部屋からソファーを取り外しましたから」
「何それ? 初耳なんだが!? ってか要らん気遣いんだよ!?」
ーーそりゃあ初耳だろうな。
フェル達(セルディを含めて)が宿に着いた途端、経営者は直ぐに従業員にソファーを取り外すよう命令したからなぁ……。
王族であるアンナとセルディは宿のいい部屋にソファーは必ずあるという常識を持っているから、それがない時点ですぐ経営者の意図に気付いたのだ。
「着きましたよ、ここが謁見間です。陛下はすでに待っているはずです」
しばらくくだらない会話が続くとフェルたちは高く大きい扉の前に着いた。
いかにも〝国王がこの先に居るぞ〟と思わせる程派手に飾れられている扉だ。
コンコン!
「陛下、マナフル精霊王国の方々をご案内しました!」
扉をノックしたセルディはちょっと大きな声でそう言うとしばらくしたら扉が開いた。
「行きますよ、フェル様」
先頭にセルディ、彼女に続いてフェル、そしてドライアードとアンナはゆっくりと赤い絨毯の上に歩いている間、既に謁見間にいるエルフ達はヒソヒソとお互いと会話している。
そしてエルリン国王に頭を下げた後、セルディは右の列に行った。
「エルリン王国へようこそ。私はエルリン王国の国王、レアーズ・エルリンである。マナフル精霊王国の方々を歓迎するぞ」
国王だから長い髭を持っているとか、かなり歳を取ったとかのイメージがあるけど、エルリン国王は外見がまだ若くて、髭もなく、長い金髪だ。
ファンタジー小説に書かれてある通りエルフの美青年にしか見えない! そしてエルフ族の傲慢さもちゃんと持っている!
フェル達の正体を知らないエルリン国王は玉座からそう言って、彼らを見下している。
なめられると面倒だからしっかりして、とアンナたちは内心でそうフェルに言っている。
「マナフル精霊王国、国王のフェルだ。この二人は妻のドライアードとアンナだ」
その自己紹介に周囲は騒めいて、レアーズ国王は驚きを隠そうと努力しているが、バレバレである。
「森の大精霊が、人間の王妃、だと!?」
あ、そっちだった。
「ま、まさか、精霊王? いやしかし、人間が精霊王にーー」
「精霊王なんだが?」
ここぞと言わんばかりにフェルは自分の正体をしっかりここにいる者達に聞こえるようにはっきり言った。
「っ! そ、そうか、いや……失礼しました」
小さな新国の王と思ってマウントを取ろうとしていたエルリン国王は意外と小物だ。
「さ、早速ですが、フェル様ーー」
「おっと! まずは交渉とでも行こうじゃないか」
と、本題に入ろうとしているエルリン国王にフェルは待ったをかけた。
まあ慈悲活動してないもんな、フェル達は。
▽
「はぁ、やっと終わった〜」
謁見間で交渉するわけにはいかないからエルリン国王と国の宰相、そして国の将軍と共に城内にある会議室で交渉が行われて、やっと終わった所にフェルは体を伸ばした。
「お疲れ様でしたわ、フェルさん」
「色々と学ばせて貰いました、王」
「あー、二人ともお疲れ」
ドライアードもアンナも交渉の中でちゃんと活躍したのだ。中々粘り強くエルリン王国側はアンナの巧みな話術とドライアードの存在に負けて、精霊王国マナフルが出した条件を呑んだのだ。
「さて、かえーー」
「フェル様、よろしければお茶でも如何でしょうか?」
帰ろうとするとフェル達はエルリン国王にそう誘われた。
「……そうだな、せっかくだから頂こうか」
この後やる事が多いけど、交流は大事だからなと内心で言い聞かせたフェルはその誘いに乗ることにした。
(決して暇だからじゃないぞ? 暇人じゃないから!)
……誰に向かっていっーー
「今日の予定は全部キャンセルしましたのでやる事がありませんよ」
(お前が言うんかい!?)
宰相! エルリン王国の宰相! 国王はここだぞ! 暇しているぞ!? とフェルはなんとかツッコミを自分の中で留まった。
「そうだとしても言わないでくださいよ、陛下……」
「つれないなぁ、セルディ。さっき会議の中でみたいに〝お兄様〟と呼んでもいいーーあいたっ!」
無言のままエルリン国王の後ろからセルディはローキックを放った!
実は交渉の途中、セルディの一言でなければフェルは動く、ちょっとしたトラブルがあった。
まぁ、彼が動いたらエルリン王国に未来はないと分かったからセルディはその一言を放ったのだ。
何でだ、と? そりゃあ、彼は精霊王だし、何も分からないエルフ達と違って彼は今エルリン王国で起こっている事件の原因について心当たりあるのだ。
は? セルディの一言? さっきエルリン国王が言っただろう?
「あのなぁ、一応国王だぞ? 国王を蹴るなんて大物だな」
いくら家族でも国王だと抗議を試みるエルリン国王は肩をすくめた。
「兄と国王、どっちを選ぶ?」
「蹴られても兄を選ぶ!」
「「「……」」」
それを聞いたフェル達は半眼でシスコンを見ている。
「こ、こほん! と、とにかく移動しましょう、フェル様」
「……大丈夫か、この国?」
あ、今回はフェルの番だ。
▽
「本当に申し訳ありませんでした」
ベランダに置かれたテーブルに着くとすぐメイドはお茶を淹れた。
そしてメイドが離れた後エルリン国王はそう言ってフェルに頭を下げた。
何故彼はそこまでそうしたかというと、さっき会議の途中で起こったトラブルに関係しているのだ。
「いや、気にしてないからいいんだ」
どんなトラブル? あー、レヴァスタ王国の関係者とフェル、皆まで言う必要ある?
「しかしよくあんな決断したな」
トラブルこそあったけど、結局エルリン国王王は精霊王国マナフルを選んだ。
「そうですわね、エルリン王国は以後精霊王国マナフルと同じ扱いにされるかもしれませんわよ?」
その通り、フェルは一応指名手配中なのでそんな彼を味方にしたらエルリン王国はかなり不利な立場に陥てしまうだろう。
「妹が味方をしている方々ですからね。それに新国ですが、精霊王国マナフルにはここ最近話題になったロダール女王国という後ろ楯がありますからね」
アンナを見て、エルリン国王はそう言った。
しつこいと思うかしれないけど、ロダール女王国は小さな国だ。しかしその国はここ最近注目を引かれる程国力が急上昇している。今では防御戦ならレヴァスタ王国にも負けないくらいだ。
まあ、籠城する必要があった時点で良くない状態に陥るけどな。
「ところでフェル様、妹はどうでしたか?」
「「「!」」」
「ん?」
仕事の話はもう止めようと言わんばかりにエルリン国王は露骨に話題を変えて、その質問にフェルは首を傾げるに反して女性陣は驚きを隠せなかった。
(あ! なるほど! こいつシスコンだからきっと妹の事を褒めてもらいたいだろう?)
よし、理解したぞ! と状況を把握したフェルは自信満々で言う。
「ああ、すごいとしか言えないな」
「す、すごい、ですと!?」
「「「……」」」
大げさに驚いてるんだなぁ、と内心で思っているフェルは女性陣の視線に全く気付いていない。
「そそそれで?」
「そ、そうだな……敏感で技量を持ってる、かな?」
確かに野営の時フェル達に気を使わせてくれたから、ある意味敏感か? そして焚き火用の枝を集める時、彼女はちゃんと使える枝を選んだ。普通の王族なら出来ない事だから技量といえば技量だろう。
「そ、そうですか……妹はついにーー」
「そそそそそんなことないからね!」
妹がべた褒めされてエルリン国王は俯いて何か言おうとした時、当の妹はやや赤顔で強く否定して遮った。
「何か俺の誉め言葉に対して不満でもあるのか?」
「会話はかみ合っていますがーー」
「意味がかみ合っていませんよ、王」
何がいけいないのか全然分からないフェルはドライアード達を見ると、二人は呆れ気味で頭を振った。
「いいんだ、セルディ……」
「良くなああぁぁい! 絶対に勘違いしてる!」
セルディは頭を抱えて悶絶している。
「なぁ、セルディ? 兄がお前の成長に喜んでるんだぞ?」
なんでもそんなに強く否定しなくてもいいだろう? とフェルは更に言ったけどーー
「そ、そう! ついに大人の階段を上ったな、セルディ!」
そう! 全然噛み合っていないのだよ!
「は?」
「え?」
何言ってんだ、こいつ? みたいな顔でフェルに見れて、エルリン国王は困惑な表情をしている!
「「「……」」」
そして二人に完全に呆れた女性陣は何も言わなくてお茶を飲んでいる……。
エルリン国王「妹は大人に――」
セルディ「だから違うって!」
よかったらぜひブックマークと評価を。