87。ブーブー、残念だが、違う
2025年8月23日 視点変更(物語に影響なし)
「ここが、エルリン王国の国境ですの?」
「国境かどうかは分からんが、ここはエルリン大森林の東南だ」
アンナは目の前に広がる森を見渡す。
「う、嘘……一瞬で……」
さっきまで目に映っている物は精霊王国の城門なのに、気付いた時にはいつも自分が見慣れている森に変わった事にセルディは驚愕している。
「フェ、フェル精霊王?」
城門のレイアたちの会話もあって、うずうずとフェルの正体に気付いたセルディは確認の意味で彼を見る。
「ん? そうだーーいや、今まで通りで構わんよ」
公開の場ではないから畏まらなくていいとフェルは跪こうとしてるセルディを制止した。
「王、なぜ大森林の中に直接テレポートしなかったのですか?」
「あー、それは危険だ。中の状況は以前と同じだと限らないぞ?」
「確かにそうですわね。いきなり魔物とかに襲われる可能性がありますから」
「そうですが、王なら何とかするでしょう」
「信用してくれてありがとう。でも今回はそういかないよ」
アンナがさっき言ったケースもあるけど、一番の問題はテレポートの座標に木があるというケースだ。
そうだったら詳細は言わないけど、グロい事になる。
「どうして東南側ですの?」
エルリン王国はマナフル精霊王国の南にあるから普通なら北側の外に転移するけど、出来ない。フェルは以前訪れる事がある場所にしか転移できないのだ。
「数年前ドライアードと一緒に東南からエルリン大森林に入った事あるんだ」
「なるほど」
だからここに転移しましたね? と納得したアンナは頷いた。
「とりあえず入ろうぜ! セルディ、案内頼めるか?」
「は、はいっ!」
精霊王から初の頼み事で緊張しているセルディである。
▽
昼過ぎのころに出発したから、フェル達はエルリン王国に辿り着ける前に日が暮れて始まる。
「今日はこの辺りに野営するぞ」
「野営……!」
その言葉にアンナは瞳を輝かせた。
「キャンプをしにきたわけじゃないからな?」
「あらまあ、別に構わないでしょう?」
王族として育てられた彼女にとってはめったに経験出来ることじゃないから、その気持ち分からなくもない。
っていうかその経験ない、やったことないのだ。
「セルディは慣れてるみたいだな」
「大森林の中に住んでいますから」
野営すると決めた途端、周囲から木の枝を集めているセルディは苦笑を浮かべる。
「二人はその辺に座ってくれ」
セルディに全部任されるわけにはいかないから、アンナにシートを手渡してフェルはセルディと二人で薪に使えそうな枝を探すことにした。
「あ、あの、一人で大丈夫ですから、フェル様もお休みになってください」
「いやいや、そうはいかないだろう?」
この中で唯一の男としての存在意義がなくなってしまうんだ、とフェルは肩をすくめた。
「何だったら切ろうか、棒を」
「え? 棒、ですか?」
「なんでもない」
一体なんの話か分からなくて首を傾げているセルディにフェルは苦笑して、枝集めの作業に戻った。
「よし! これで足りるだろう」
「フェルさん、どこへ行くのですか?」
「狩りだよ、狩り」
そしてセルディと一緒に戻って、一人で再び離れようとしているフェルはアンナの質問に後ろ頭を掻きながら答えた。
まあアンナとセルディを空腹させるわけにはいかなーーん? ドライアード? 彼女は元々食べる必要ないからいいのだ。
「狩りなら私がーー」
「お前はドライアード達と休んでろ」
と、同行が断られて驚愕したセルディを無視して、フェルは野営場から離れる。
「さて、何が出るのかな?」
久々の狩で彼は心を躍らせる。
▽
「王、少しよろしいですか?」
「……眠れないのか?」
明日の早朝に出発するから早めに休むと決めて、最初の見張り番に任されたフェルは暇を持て余しているとドライアードに話しかけられた。
ちなみに気になる方に言うけど、さっきの夕食は簡単なステーキでドライアードの分もちゃんとあったのだ。
「さっきちび達に頼んで情報を収集しました」
「そ、そうか、ありがとう。それで?」
いつの間に? と内心でドライアードの迅速な行動にフェルはちょっと驚いた。
「封印を弄ろうとしている何かがいます」
「……その何かについて詳細はないってことだな?」
今すぐ封印の位置の方へ魔力を飛ばせばその何かがを調べる事は出来るけど、現時点でフェルはそれをあまりやりたくない、相手にバレるリスクがあるから。
「申し訳ありません」
結局情報だけ持って何も役に立たない事にドライアードは申し訳なさそうに頭を下げた。
「……とりあえず座れ」
いつまで経っても自分の背後に立って動いていない彼女にフェルはスペースを開けて自分の隣に座るように促した。
「失礼します」
「……ドライアード、お前の今の立場はなんだ?」
「?」
その質問に対してドライアードは首を傾げる。
「いいから言ってみろ」
「えっと、森の大精霊、精霊の女王、そしてマナフルの王妃……です」
「ブーブー、残念だが不正解」
「む?」
茶化すにブザーの真似をしたフェルにドライアードは頬を膨らませた。
「答えは俺の妻だ」
そう言って、彼はドライアードの目を見つめながら彼女の頭にポン、と手を置いた。
「精霊の女王やマナフルの王妃の以前に、お前は俺の妻だ。その意味分かるか?」
「……」
間をおいてしばらく彼女に考える時間を与えてからフェルは続ける。
「遠慮はいらないってことだよ」
そして優しく彼女の頭を撫でた。
彼女はフェルに対していつも敬語を使っている。敬意されている事にフェルは嬉しく思うけど、距離感があるというかなんというか……そういうの彼は嫌なのだ。
「別に話し方を変える必要はないが、今みたいに部下が上司と話してるような態度はダメだぞ?」
「す、すみません」
「ほらやり直し」
俯いているドライアードの頭にフェルは軽くチョップを入れた。
「急がなくてもいいさ、ゆっくり変えよう」
デレデレのドライアードを見たいからな! とまあ彼は下心を口にした。
「王がそう望むなら……」
先は長いけどな!
▽
「こ、これはセルディ様! 予定より早くお戻りになりましたが、何か問題でも?」
「えっとー、ちょっと、ね」
早朝に出発したフェル達は何とか午前内にエルリン王国に辿り着いて、セルディの姿を確認する門番は慌てて駆けつけた。
「そう、ですか……それで後ろにいる方々は?」
困惑している門番はセルディの後ろにいるフェル達に視線を飛ばした。
「精霊王国マナフルの方々だ。すぐに国王陛下に報告を入れて、馬車をーー」
「馬車はいい」
門番に馬車を用意してもらおうとしていて、遮られたセルディはフェルに振り返った。
「城下町を見たいんでね」
まあ、城下町の雰囲気とか、住民の顔色とか様々な要素からこの国の現状を把握できるのだ。
そうすると交渉の際に色々と役に立つだろうとフェルは思っている。
……セルディには言わないけど。
「そうですわね。わたくしも初めてエルリン王国を訪ねますからゆっくり見たいですわね」
「ネヌファが担当している森の中にある国だ、ワレも回りたい」
ナイスアシスト! これでセルディは提案を受けざるを得ないだろうと思ったフェルは内心でドライアードたちに感謝している。
え? アシストじゃない? いやいや、二人が少し口の端を上げているのはしっかりとフェルの目に映っているのだ。
「そう、ですか……ではそのように」
(よっしゃ! 久々のかんこーー偵察に行こうじゃないか!)
今観光言い掛けたな?
アンナ「貸一つですわ」
ドライアード「王にあれやこれを――」
フェル「ちょっと待とうか」
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