78。生かしておくには危険すぎますわ!
2025年7月29日 視点変更(物語に影響なし)
「詳細を全部、ね」
実にウキウキしている顔で女王は念を押して、その女王に対してアンナ達はただ引き攣った笑みを浮かべた。
「話を聞かせるだけよ? これ以上いい取引はないじゃない?」
普段やらないが、必要であれば女王は自ら軍を引いて最前線に出るのだ、昔フェルを迎える時にもそうだった。彼女にはそれ程の軍術があるのだ。
そんなロダール女王国の最上司令官である女王に直々教わるのだ、アンナたちにとってこれはいい取引だ。
「まさか断ると?」
「い、いえ、まさか」
自分から提案したのに女王は黙っているアンナたちに少し圧を掛けて、彼女の低い声にルナは慌てて笑みで誤魔化した。
「……よろしければ私がお話します」
仕方ありませんね……とルナは溜め息を吐いた。
なんで溜め息を? と思うかもしれないけど彼女は確認したからだよ。
(レイアーーはだめですね、まだ頭を抱えていますし。ディアーーもだめですね、顔を背けています……アンナ様ーーもだめですね、顔には〝わたくしを選んでください!〟と書いてありますけど、何故か彼女を選んではいけませんと勘が激しく訴えています……)
と、さっきルナが思っていた事だ。
「苦労するね、あなた」
「ええ、女王様お判りになりましたか? 彼女達を見てくださいーー」
「なぜわたくしを選びませんの、ルナさん!?」
「面倒くさいから、ルナねぇに任せるよ」
「信じられない……このあたしがああ簡単に騙されてたなんて……」
「ーー不安しかありませんよね?」
本当に不安させるような光景がそこにあった……。
「……ルナに任せるわ。あなた達ちょっと静かにしなさい」
「「「……」」」
「返事は?」
静かにしろと言った直後で返事を求める女王にレイア達も困っている。
「コホン! この指輪はーー」
このままだと話が進まないと思ったルナは勝手に語り始めた。
△
「それにしても一体何の話だろう?」
時は建国が完了したばかりの頃に遡って、夕食後、フェルから居間に集めるようにと言われたルナ達はその通りにして、居間で寛いでいるとディアは不安そうに呟いた。
分からないでもない、何せフェルが話があると言う時いつも大事だから。
問題はーー
「気にしても仕方ないじゃない? もうすぐ本人から聞けるし」
「時に心の準備が必要ですわよ、レイアさん」
呑気でいいですわね、とアンナは呆れるように溜め息を吐いた。
そう、問題は心の準備だ。時にそれを必要とする場面がある、アンナたちにとってフェル関連ならなおさらだ……。
「ドライアード様はなんか知りませんか?」
「ふむ……何も聞かされていないな」
落ち着いてお茶を飲んでいるドライアードはそう答えてさらに続ける。
「まあ、何であろうと王の言葉なら従うのみだ」
ダメだこいつ。フェルの事になるといつもこうなのだ。そんな彼女にアンナたちは呆れて苦笑するしかなかった。
「あぁ〜疲れたぁ〜!」
そこでフェルはやってきてソファーに横たわった。
ちょっとだらしないと思うかも知れないけどこれは仕方がないのだ。
ここの数日間彼はずっとドライアードと共に後日に開かれるパーティのために知人たちを訪れてここに転移で連れてきたのだ。
「ドライアードもお疲れ」
「いいえ、私はただ王に魔力を渡しただけですから」
だらーんとした姿勢で労いの言葉を述べたフェルに対してドライアードは笑顔でそう答えた。
いかにも当たり前で大した事じゃないと彼女は振舞っているけど決してそうじゃない、現にフェルはああだからな。
「それでフェル、話は?」
「あー、ちょっと待ってーー」
さっさと本題に入れと言わんばかりにレイアに促されたフェルは気怠そうに体を起こして座り直した。
「えっと、建国は殆ど終わったんだろう? 国民はまだいないがそのうちやってくるだろう」
危険に満ちているこの世に帰る場所を失った流れ者は結構いるのだ。そういった者達はより安全な場所を探すために次から次へと町や村を渡り、やがて自分が一番安全だと思っている所に永住する。
例えばミシーに住んでいた者達、避難者たちだ。ルーゼンを目指している彼らは幾人か途中で訪れた町や村は安全だと思って滞在することに決めた。
「ミシーからの避難者たちは現在ディンゼールで働いていますが、要望があればこの国に移住できますね?」
「そうだ」
「そうなったら彼らは永住するでしょう」
とルナは確信した。
「いや、そう限らないだろう?」
「何言ってんの? この国より安全な場所ないじゃない?」
「そうですね、過保護者いますし」
レイアたちは確信している。まだ機能していないこの国を囲む外壁の形とその上に置かれている装置を見れば誰でもこの国の防衛力は高いと思うだろう、と。
それにルナの言う通り、過保護者いるからな。
「……とにかく、俺一人経営出来ないんだ。だから力を貸してほしい」
当の本人もそういう自分の性格に気付いて、何も言えなくなるから話を進めた。
「ドライアード様とアンナ様ならともかく、私達は無理だな」
ディアの言葉にレイアは力強く頷いた。
「同感ですね。国の宮廷魔術師として活動する事ありましたけど、国を経営する経験はありませんね」
そこでルナも頷いて、あんまりにも経験がないから自分も無理だと言った。
「ああ、安心しろ。それぞれに適した役割を用意したんだ」
「用意がいいわね……」
「流石王です」
呆れたレイアに反してドライアードはフェルをヨイショとする……ブレないドライアードである。
「そうだろう? まあ、それはともかくーー」
褒められた事に嬉しそうに笑ったフェルはそのまま機嫌よく説明し始めた。
彼の話をまとめると、ドライアードは精霊界で精霊の女王とこっちで宰相兼ねて精霊と人間の仲介、アンナは宰相と研究部門の長、レイアは人間と精霊の仲介、ディアは将軍、そしてルナは宮廷魔術師という役割が与えられた。
「「「……」」」
「んで、言いたいことがある」
説明を聞いたアンナ達はしばらく沈黙を保っていて、それを見たフェルはテーブルに手を翳すと彼女たちの名前が書かれてある小さな黒い箱が現れた。
「む?」
ドライアードは何かに気付いて、目を細くして箱を睨む。
「自分の名前が書かれてある箱を取って、開けてみてくれ」
「こ、これはーー」
「指輪?」
戸惑っていながらも全員は箱を開けると中には飾り一つもないシンプルな黒い指輪を見つけた。
「……王、はめてくれませんか?」
フェルの隣に座っているドライアードは真っ先にその指輪の意味に気付いて、若干赤くなっている顔で指輪を箱ごとフェルに差し出した。
「あ、ああ……その、なんだ、俺と共にこの国と精霊達をーー」
「はい、喜んで」
女同士であるアンナ達でさえ魅力する程の笑みを浮かべるドライアード。
「最後まで言わせてくれよ……」
せっかく勇気を出したんだぞ? とそんな彼女にフェルはしょんぼりしながら指輪をドライアードの左薬指にはめた。
「……フェ、フェル!」
誰もが今の光景に反応出来なくて固着してしまった他の女性陣の中、これはプロポーズなのでは? とルナは気付いて、一番早く我に返った彼女はドライアードと同じく箱をフェルに差し出した。
「お、おう! ルナ、宮廷魔術師として俺と共にーー」
「はい! いつまでも、どこまでもあなたに付いていきますっ!」
だから最後まで言わせてくれよ……とまたしょんぼりしているフェルは指輪をルナの左薬指にはめた。
「あー! ルナさんずるい! フェル、あたしにもーー」
「いいえ、わたくしが先ですわ!」
ほぼ同時に箱を差し出したレイアとアンナはお互いを睨み合っている。そんな彼女達に迫られているフェルはおろおろとしている。
「ここは公平なじゃんけんでいく! いいわね!?」
「望む所ですわ!」
そしてそのまま二人はすごい気合が入るジャンケンをして、勝手に盛り上がった……。
「ふふーん、あたしの勝ちね!」
「くーっ!」
悔しそうにアンナは自分の手に視線を落とす。
「フェル、あたしにーー」
「ーー不安はあるが、その……よ、よろしく」
レイアたちが魂をかけるジャンケンをしている間、ディアは自分の箱を持ってフェルに指輪を嵌めさせてもらったのだ。
よく頑張りましたね、ディア……と真っ赤な顔になった自分の妹にルナは内心で感動している。
「ちょっとディア! あたしが先でしょう!?」
「そうですわ! その後わたくしの番ですわ!」
……さっきのギズギズとした空気はまるで嘘かのようにレイアとアンナは仲良く抗議している。
「とにかく、フェル! あたしにもはめて!」
「あ、ああ、その……これから俺とーー」
「うん!」
また遮られて、もう諦めたフェルはただ苦笑して満面の笑みを浮かべているレイアの左薬指に指輪をはめた。
「フェ、フェルさ〜ん」
「はいはい、アンナは俺に付いてくるよな?」
「はい! 末永くよろしくお願いします!」
最後になったアンナは泣きそうな顔でフェルにせがむと彼は彼女の頭を優しく撫でて、指輪をはめた。
桃色の雰囲気には……ならない。さっきからプロポーズがガバガバだ。
「それにしても指に驚くほどぴったりよね!」
レイアは嬉しそうに左手を掲げた。
「……確かにサイズはちょうどいいですね。いつ測ります?」
「ああ、それは簡単。魔力を使ったんだ」
フェルの説明からすると魔力を巧みに使えば物の形全部伝わるのだ。
「確かに私達はみんなフェルの魔力にぶつかられた事ありますね……」
フェルは自分の魔力を飛ばして人、動物、物、この世界に物理的に存在する物の位置を探せるのだ。これはとっても便利かつ効率がいいけど、使う魔力は膨大で相手に絶対にバレる、特にある程度魔力に敏感な者なら眩暈はするのだ。
「っ! 待ってーー」
と、そこでルナは突然ある事に気付いた。
「全部分かります?」
「ああ、全部だ! 身長、髪型、スリーサイーーあっ……」
しまった! と得意気だったフェルの顔は急に焦りに染まって、顔を背けた。
「フェ―ルー?」
「ま、待て! 弁明を!」
さっきまで嬉しそうに指輪を見ていたレイアはフェルにジリジリと近付いてくる。
「信じられません!」
「まさかとっくに私たちの形、サイズ、全部探られたとは……」
「こ、この男、生かしておくには危険すぎますわ!」
それは……まあ、魔力を相手にぶつけるだけで相手の肉体を全部知る事が出来るから、危険と言えば危険だ。
特に女性にとって。
「ちょ、待て! 頼む! 話を聞いてくれ!」
その後フェルの悲鳴は居間に響いた……。
▽
「ーーと、そんな事がありました」
話を聞き終えた女王はしばらく呆然とするとーー
「捕獲しろ……」
ーーそうプリムに言った。
プリム「フェルさん! あなたを拘束します!」
ジューナ「観念しなさい!」
フェル「え!? な、何だ!?」
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