67。ただ見学させてもらいますわよ
2025年7月29日 視点変更(物語に影響なし)
「な、なあ、疲れてないか?」
昨夜、風呂場でちょっとしたハプニングについて正座しているフェルはさっきから自分を説教しているレイアに訊いた。
「疲れてるに決まってるでしょ!?」
なら説教やめろよ! こっちも疲れてるんだぞ!? もう一時間ぐらいだぞ!? 見られたのはこっちだぞ!? 理不尽だああああぁぁぁ! とまあ心の中でしか叫べないフェルは半眼でレイアを見ている。
「はぁ、レイアさん、そこまでにしてください」
「おおぉー、救せーー」
「反省の色が見られませんので、これ以上は時間の無駄ですわ」
流石この中にフェルの事を一番理解しているアンナだ。
本のように読んでいる!
「……そうね、事故だったし」
「そうだそうだ! 事故だっーーいえ、何でもありません……」
……レイアの一睨みで調子に乗ろうとしているフェルは黙ってしまった。
「ま、まあ、それより以後の話だ」
ちょっとダルミアに頼んで遅めの朝食を食べながらフェルは計画を説明する。
「すでにエイオンから聞いたと思うが、この森に建国しようと思ってるんだ」
この前フェルはレイアたち宛の伝言をエイオンとドライアードに預かった。
しかし事の詳細はまだだ。
「相手は中央大陸の最大王国と東大陸の最大帝国だ。小さな国であるロダール女王国がこの二つの国に敵視されないようにしたい」
その為に二つの国の注意を自分に向かせる必要がある。
もちろん無茶な計画だとフェルはちゃんと分かっているけど、これしか方法がない、っていうか思いつかない。
「まあ、迎え撃つ側だから事前準備できるのがせめての救い」
「ですがあちらの注意をこちらへ向かせられますか?」
「向かせざるを得ないようにするさ」
種は既にフェルによって撒かれたのだ。
「精々迂回して無駄足をしろよ、くっくっく」
「ねぇ、ルナさん、ほっといていいの? ものすごく悪い顔してるよ?」
「わ、私たちは正しい選択をしましたよ、たぶん」
「おい、聞こえてるぞ?」
心外だな、とレイアたちのコメントを聞いたフェルは肩を落とした。
「コホン! まあ最悪のケース戦争が起こるだろう」
「なんともないように言ってるね……」
肩をすくめながら起こり得るケースを話したフェルにレイアは呆れた。
二つの大きな国と戦争になりそうだから彼女の反応はわからなくもない。
レヴァスタ王国は元からフェルを捕える、あるいは殺すつもりで勇者三名と兵隊を送って、マセリア帝国の場合皇子が狙っている女はいきなり知らない国の王に奪われたようなもので相当な恥晒し。
二つの国に戦争を仕掛けられる理由は十分あるのだ。
「はぁ、トラブルが多すぎるんだよなぁ」
「全部自ら突っ込んだじゃない」
確かにレイアの言う通り、問題は勝手にフェルの所に来たわけじゃなく彼自ら迎えに行ったのだ。
「まあ、戦争が起こったらお前らを安全な場所へ送ってやるさ」
「「「え?」」」
「ん? なーー」
バン!
「あたし達をなめてんの?」
善意から来るフェルの言葉を聞いた女性陣はみんな驚いて、最初に我に返ったレイアは怒りで食卓を叩いた。
「な、何だ? 何いきなり怒ってんだ?」
「はぁ、今のはあなたが悪いですわよ、フェルさん」
アンナにそう指摘されたフェルは何かまずい事言ったっけと言わんばかりに首を傾げている。
「自覚なし、見たいだな」
「……」
そんな彼を見てディアとルナは揃って首を横に振った。
「表に出なさい!」
「えぇー?」
チンピラみたいな事を言っているレイアにフェルは引いて、先に部屋を出ている彼女をただ見ている。
「付き合えば?」
とルナはレイアの後を追って、残されたアンナとディアは早くいけと言わんばかりに視線でフェルを促す。
「朝食、まだ終わってないのに……」
悲しい表情で自分の朝食を見ているフェルだった……。
▽
「あたしと勝負しなさい!」
屋敷から少し離れた広場でレイアはフェルに振り返って仁王立ちする。
「力づく納得してもらうわ!」
「そうですね、いつもなめられてもいやですし、私も参戦させてもらいます」
「ふむ、なら二人は魔法使いだから私が前衛をやろう」
「えぇー! ルナとディアまで!? ま、まさかーー」
「ん? わたくし? ただ見学させてもらいますわよ? 戦いは得意じゃありませんわ」
一人、また一人と名乗り出したルナとディアに驚愕して、アンナもノリで参戦するじゃないかと思ったフェルは彼女を見ると彼女は肩をすくめた。
それは嘘だな、と集まっているみんなは内心で思っているけど。
毎回フェルの後に素早く回って彼を捕まえる彼女は戦いが得意じゃないなんて誰が信じるのだ?
「はぁ……作戦を考える時間をやる。準備が出来たらいつでも全力でこいよ」
レイアと戦うのは初めてで、彼女の強さを知る良い機会だと思ったフェルは話を呑み込んで、魔法ポーチから短剣を取り出しながらそうレイアたちに言った。
「ならそうさせて貰おう」
初めて一緒に戦うから自分たちの役割について一度話し合う必要があると思ったディアはフェルの言葉に甘える事にして、レイアたちの所に戻った。
しばらく時間が経つとーー
「もういいか?」
「ああ、待たせたなーー行くぞ!」
言うや否や、ディアは高速でフェルに迫ってきて、右手にある剣を振り下ろす!
下手に受け止めたら吹き飛ばされる。回避のために下がっても今度はレイアたちの魔法を食らうとフェルは自分が置かれている状況を分析した。
ならどうする?
「アースウォール!」
相手の勢いを殺すために自分の前に壁を作る。
それがフェルが唯一取れる選択肢だ。
「なら壁ごと吹き飛べ!」
現れた土の壁をフェルごとに切るつもりで、ディアは振り下ろされている剣に魔力を込めた!
壁によってお互いの姿が見えなくなった今、下がってもレイアたちからの魔法攻撃は来ないだろうと思ったフェルはいざ下がろうとしている時ーー
「アースウォール!」
ルナの声がした同時に彼の背後に土壁が現れた!
「っ! なんて反応の早さだ!」
まるで自分の行動を予測したかのように魔法を発動したルナにフェルは思わず舌打ちした!
キーン!
「なっ!」
「相変わらずいい連携だ!」
しかしその壁のおかげで吹き飛ばされる心配はなくなったフェルは壁に片足をつけて、予測した左上から来るディアの剣を短剣で受け止めた!
「吹き飛べ、ブーーっ!」
カウンターとして彼は前の壁に手をつけて魔法を発動しようとしていると、左方から風の槍は弧線を描いてるかのように飛んできた!
前後は壁、前の壁越しから未だに圧が掛けられているディアの剣を受け止めるためにフェルは動けない! 高速に左から迫って来ている風の槍を回避するのは不可能だ!
パッシュ!
風の槍は見事に命中した!
「やったか!?」
「……それは〝フラグ〟っていうんだよ、ディア」
「「「……」」」
既にレイアたちの所に戻ったディアに舞い上がっている砂煙の中からフェルは言った。
「やっぱりそう簡単にいきませんね……」
「いやいや、いい攻撃だったぞ……おかげで右手使えなくなった」
その言葉と共に砂煙が晴れて、だらりとぶら下がっている右手から血が垂れているフェルの姿が現れた。
「だ、大丈夫なの、フェル?」
「敵に情けをかけるな! 全力でこい。それにーー」
フェルは視線を右手にやると灰色の光がして、酷い怪我をしているはずの彼の右腕は元通りになった。
「この通り治療は簡単だ。さあ、続けようぜ!」
ニッ! とフェルはレイアたちに笑みを見せた。
「なんだ、心配して損しちゃったわ」
「……そうですね」
「以前心臓が突き抜かれてまだ生きている変人だぞ?」
「フェルさんですからね……」
呆れた女性陣だった……。
ディア「フェル、〝ふらぐ〟ってどういう意味?」
フェル「旗だよ?」
ディア「???」
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