46。羨ましいか、ディア?
2025年6月9日 視点変更(物語に影響なし)
「よし、着いたぞ!」
振り返ったフェルは避難者たちにドヤ顔で言った!
「こ、ここはルーゼン、ですか?」
「すげー!」
「本当に一瞬じゃったわい!」
「はいはい、驚愕してるのはいいが、ちゃんと並べ、入れないぞ?」
ここはルーゼンの城門の外だ。
盗賊たちとの戦闘の翌日、フェルの魔法で全員ルーゼンの門前に転移させた。二〇人以上を一斉に転移したのはこれで二回目だけど、内心で彼はずっとはらはらだった。
もし失敗したら……と思うたびに身震いするフェルである。
「どうしましたか、フェルさん?」
「あ、いや、何でもない、アハハハ……」
実はこんな人数を転移するのはこれで二回目なんだ、ちょっと不安だったよ……とまあ、そんな事ルーガンたちに言ったら確実に怒られるから、フェルは言わない事にした。
「コホン! それよりお前らもちゃんと並べよ? 入ったら避難者たちを連れてディンゼール商会に行け」
「いいけど、フェルはどうするの〜?」
「ディンゼール商会に話を通しに行く、色々準備が必要なんだ」
「なるほど〜、りょうかい〜」
相変わらずのびのびとした話し方でネアは返事した後、ルーガンの腕を絡んで町に入るための列に入った。
「……」
「羨ましいか、ディア?」
黙って動かない、夫婦のやりとりを見ているディアにフェルは自分の肘を出した。
「そ、そんなわけないだろう!?」
と、フェルの行動の意味を理解したディアはちょっと赤面になった。
「……」
「な、なんだ?」
「……いや、何も? まあそういうことだから、ディンゼール商会で待ってるぞ」
「言いたい事があったらはっきり言え!」
「だからないって、じゃあな!」
「ちょ、逃げるな!」
じーっと目で見られているディアはその視線を耐えれずフェルに突っ掛かって、相手にしたら面倒だと思ったフェルは転移で逃げた。
「覚えてろよ!」
もうフェルに聞こえるはずないのに、それでもあんまりの怒りでディアは思わずそう言った。
周囲の目に気付いた彼女はその後さらに赤面になった……。
▽
「んん〜! やっと入れたね!」
門をくぐったフィリーは身を伸ばした。
「ディンゼール商会に辿り着くまでまだ終わっていないぞ?」
「そんなの分かってるよ、けど町の外より安全でしょう?」
そりゃあそうだ。外には魔物、猛獣、凶悪人、いくらでも脅威があるからな。それに比べたら治安が完璧とまでは行かなくても町の中は安全だ。
「まあ、とりあえず避難者たちが集まったら東南へ行くぞ。門番の話によるとディンゼール商会はそこにーー」
「ーーたく、どこへほっつく歩いていますの、あの男は?」
「人探しっていいーー」
ディアは次のやるべき事を説明している最中に大通りの方から彼女にとって馴染んで、聞き覚えがありすぎる声が聞こえて、彼女は思わずその声の方向へ振り向いた。
しかし論争が開かれている時期だ、人が多すぎて彼女は声の主を特定出来なかった。
(今のは確かにルーー)
「ーーア? ディア聞いてるの!?」
「え!? あ、あぁ、どうした?」
「急に黙っててどうしたの?」
ディアを心配して彼女の顔を覗き込んだ後、フィリーは同じく大通りへ振り向いた。
「い、いや、何でもない」
凄い人混みの中だ、とてもじゃないけど人を探すのは無理だ。
(……きっと気のせいだろう)
そうディアは期待を抑えて、自分に言い聞かせた。
「それにしても人多いね」
「ああ、もうすぐ論争が開かれる時期だから」
前も説明したけど、毎年この時期に世界中の研究者はルーゼンに集まって論争を開くのだ。
自分の研究の成果を発表し、他人の成果を指摘、否定、肯定する、まさに知識の争いだ。
まあ、今年の論争はちょっと一味違うけど、何せ今回は最近流行っているフェルが作った魔法鞄についての論争があるからな。
「なるほど、よく知ってるのね」
「さっき門番から聞いたんだ」
「い、いつの間に……」
「ふふふ、町の情報が欲しいなら門番に訊いた方がいいぞ、フィリー」
「ま、まあいいわ。それよりみんなをまとめよう!」
自称情報屋のフィリーはちょっと驚いた後、気を取り直して避難者たちのところへ歩き出した。
「……」
ディアはもう一度大通りに振り向いたけど、そこにあるのはただ東奔西走している人々の風景だけだった。
(……やっぱ気のせいだな)
そう彼女は結論して、フィリーの後を追った。
▽
「お待ちしておりました。当店の案内役、エンジュと申します」
「「「おおおお!」」」
目の前の建物と人物を見て、避難者たちは驚愕している。
ディンゼール商会に着いたディアたちは一人の女性に出迎えられた。
タイトスカート、白いシャツの上にくすんだ茶色のベストの恰好は彼女がこの商会の人だと主張している。
「フェル様から話は伺っております。どうぞこちらへ」
「フェ、フェル〝様〟!?」
「どうかしましたか?」
驚きの声を上げたネアに歩き出そうとしているエンジュは振り向いて、少し頭を傾げた。
「い、いえ、何でもないです」
「そうですか……ではこちらへ、はぐれないように」
驚愕している自分の妻の代わりに、ルーガンはそう答えるとエンジュは不思議そうな顔をして、再び歩き出した。
「ね、ねぇ、ルー、フェルって一体何者?」
「し、知る訳ないだろう? そんなの四年前からの疑問だよ」
まあ、フェルは自分の事をあまり喋らないし、よく隠密行動をするからな。
要するに自分を隠しているのだ、フェルは。
「……二人とも、行くぞ?」
ディアも内心で同じ疑問を浮かべているけど、考えても無駄だと思い直してルーガンたちを促した。
「お? 来たか」
やがて大きな会館に着いたディアたちの姿を見ると奥のベンチに座っているフェルとディンゼール商会会長、ディンは立ち上がって出迎える。
(まるで訓練所だな……)
会館と言っても天井はなく、レンガからできた床と前後左右の壁がディアにそう思わせた。
「フェル様、会長、ミシーからの皆様を連れて参りました」
「ああ、ありがとう。ちょっとの間ディンと俺に任せて休んでいいぞ」
「はい! ありがとうございます!」
「はあー、うちの会員なのになぁ」
勢いよく頭を下げてベンチに行ったエンジュを見てディンは肩を落とした。
「別にいいじゃないか。それよりお前の出番だぞ」
「はいはい……」
と気を取り直したディンは前に出て避難者たちを見渡したあと話を切り出す。
「えー、当商会の会長、ディンと申します。この度の思いもかけぬご災難、心よりお見舞い申し上げます。さて、今後のことですがーー」
流石会長、話が長い。
まあ彼の話をまとめると避難者たちにはディンゼール商会で働くか、フェルについていくかという選択肢が提供されて、それぞれのメリットとデメリットの説明を受けた上で決めてもらいたいとの事だ。
「一日をやります。その間当店を見て回って、町を歩いても構いません」
突然の話だから、避難者たちは時間がいるとフェルとディンは分かっている。しかしフェルには計画があって、ディンも彼からの依頼で忙しいから二人はあんまりのんびりで居られないのだ。
「あー、以上ディン会長の話だ。質問は?」
ディンの長い話が終わって、下がった彼の代わりにフェルは前に出て、少し待っても誰も質問して来ないから話を続ける。
「エンジュ、彼らの案内また頼めるか?」
「はい! 皆様、こちらへどうぞ」
指示通り、エンジュはミシーから来た人たちを商会の中へリードした。
「あー、ディアは残れ」
当然ディアもエンジュに付いて行こうとしたけど、フェルに止められた。
「……」
一体どういうつもりだとディアは彼を睨み付けて、その場に残った。
ネア「ねぇ〜、街回ろうよ〜、ルー」
ルーガン「ちょ、ネア、人の目があるだろう?」
ネア「いいの〜」
フィリーとディア「「……」」
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