41。相変わらず遠慮はないっすね……
2025年6月1日 視点変更(物語に影響なし)
「うわぁ……」
論争が開かれた次の日、一行はとある商会の前に辿り着くとレイアはそんな声をもらした。
「やはりフェルさんはディンゼール商会と繋がりを持ってますわね」
〝ディンゼール商会〟、それはフェルが四年前ミシーの門前でお世話になった男商人が経営する商会の名前だ。
「有名なのか?」
「新型の魔法鞄を扱っている商会ですからね。どうしてあなたが知らないのですか?」
自分の作品なのに、とルナは呆れて言った。
「おっしゃん、おおきいね」
「確かに。前訪れた時より大きくなったな」
肩車されているソフィマは目の前の建物を見上げていて、彼女の言葉に昔のディンゼール商会を思い出させたフェルは記憶の中にあるその姿を現在の商会の姿と比較する。
木材から出来た一軒の家だった目の前の商会は今も変わらず木材から出来たけど、三階に窓が沢山ある幅広い建物になった。
天井が高かく、左右にそれぞれ柱が四つ、そして床に赤い絨毯が置かれている玄関。
まるでホテルである。
「お家と比べればどっちが大きい?」
まあ、答えは明らかだけどフェルはあえてソフィマに訊いてみた。
「う〜ん、おうち!」
自分の頭に両手を置いている彼女から予想外の答えが返ってきて、フェルは思わず彼女を見上げて理由を訊いた。
「きがたくしゃん!」
「森全体がお前の家かよ!?」
「ふふふ、とりあえず入りましょう」
驚愕している彼を置いて、アンナ達は先に商会に入った。
中は外見通り広く、左右にいくつかのドアがあって、中央の奥には受付カウンターとその左右に二階へ上がる階段がある。
「……間違いなくホテルだな」
まあ、ホテルだろうな。
「……当店へようこそいらっしゃいました。本日はどんなご要件でしょうか?」
そのままカウンターに行くと、受付嬢は頭を下げて要件を尋ねた……間があったのはフェルがソフィマを肩車しているからだ。
「えっと、ディンはいるか?」
「失礼ですが、予約ありますか?」
水色のおかっぱ頭の受付嬢はそう問いて一冊の分厚い本を取り出した。
「あんた、予約したっけ?」
後ろからレイアは話に割り込んだ。
「え、えっと、予約はないんだが?」
「申し訳ありません。予約無しにお取り次ぎできません」
そう言って受付嬢は頭を下げた。
「はあ、じゃあ伝言ーー」
「あれ? まさか!?」
仕方ないと思ってフェルは伝言を頼めようとした時、右の階段の方から声がして、みんなはその声の方へ見ると階段を降りてきている一人の男子の姿がそこにあった。
「あー、ヘイン、一ヶ月振りだな。どうだ? ディンゼールでの学びは?」
男子はこの前フェルがミシーで買い物している時雑貨屋で会った店員、ヘインだ。魔道具とその技術に興味がある彼はディンゼールに行った方がいいとフェルに勧められた。
「……あ、はい! おかげさまで順調です!」
不思議そうにフェルを見ている彼は慌てて質問を返事して頭を下げた……フェルの肩に乗せられて、彼の頭を両手で掴んでいるソフィアが気になるだろう。
「あの、へインさん、こちらの方々のお知り合いですか?」
「はい。こちらのお方は会長の友人、フェル様です」
「っ! フェ、フェル様!? も、申し訳ありません! すぐに会長を呼びます!」
フェルとヘインのやりとりを見た受付嬢はヘインからフェルの名前を聞いた途端、慌てて旧型電話みたいなものを取って、受話器を耳にやる。
「ん? あれは……魔道具?」
微かな魔力を感じたルナは首を傾げた。
彼女が感じたのは受付嬢が受話器を耳にやった直前に彼女が流したほんの少しの魔力だ。
「おねえしゃん、なにしてるの?」
好奇心のスイッチが入ったソフィマは旧型電話みたいなものに手を伸ばしていて、彼女のためにフェルは受付カウンターに近付いた。
「よく気付きましたね。あれは〝フォーン”〟という魔道具です。魔力を流して暗号を念じることで、任意の同じ魔道具と会話できるのです」
とへインは説明を入れた。
「聞いた事のない魔法道具ですわね……」
「そうですね、このパターンはーー」
「「「……」」」
と女性陣は一斉にフェルに視線をやって、何も言わずにただ黙って彼をジッと目で見ている。
「「うん?」」
受付嬢を邪魔しているフェルとソフィマはその視線に気付き、首を傾げた。
「???」
「な、なんだ?」
一体どういう意味かまだ分からないソフィマは両手でフェルの頭を掴んで、アンナたちの無言の威圧に当てられた当のフェルは焦りを覚え始めた!
「や、やめてくれないかなぁ……? なんちゃって……」
そして小声で言って、彼は必死に彼女たちの視線を耐えていた……。
▽
「おお! 久しぶりっすね、フェル!」
受付嬢に案内されて、事務所に辿り着いたフェルたちは一人の男に出迎えられた。
「……ディン、お前また太ったな?」
「最初の言葉はそれっすか!?」
褐色トラウザーとサスペンダー、そして白いシャツを着ているディンにフェルは容赦なく言った。
「それより、後ろにいるのは?」
「あ、あぁ、紹介するよ。白衣を着てるのはアンナ、白いワンピースはレイア、黒タイトワンピースの方はルナで、可愛い服はソフィマだ。ソフィマ以外全員俺の妻だ」
結婚してるよ、とフェルの急な報告にディンはしばらくポカーンとしていてーー
「……おまっ! 結婚式に何で招待しなかったっすか!? しかも全員!?」
フェルの胸ぐらを掴んだ!
「ど、どうしよう、アンナ? ツッコミ所が多すぎる……どこから始めるの?」
「そうですわね……とりあえず服装から紹介した方からどうでしょう?」
てっきり最初にツッコまれたのは〝妻〟の所だと思ったフェルは寂しい思いになった。
「コホン……みんな、こいつは友人のディンだ」
覚えている方はいると思うけど、ディンは四年前フェルがミシーの門前で世話になった行商人だ。フェルが世界を一周している時彼に色んなものを調達して貰ったから、彼らの関係はとても良い。
「最後に来たのは……去年か? それにしても色々変わったな、この商会、そしてお前も」
「な、なんっすか?」
意味ありげな言い方をしたフェルにディンはたじろいた。
「いや、お前、体重はどうなってるのかなぁと思ってるだけだ」
「相変わらず遠慮はないっすね……」
「いやぁー、褒めても何も出ないよ? はっはっは」
「……はぁー、うちはディンゼール商会の会長、ディンでございます。以後お見知りおきを」
このままだとずっとフェルのペースに巻き込まれてしまうと思ったディンは溜息を吐いて女性陣に自己紹介した。
「あら、これはご丁寧に。フェルの妻の一人、アンナ・ゼ・ロダールですわ」
しまったあぁ! と自分の妻ジョークにアンナは必ず乗る事に完全に忘れていたフェルは内心で叫んだ。
「おおおおおおお王女様!? フェル、どどどどどうなっているっすか!?」
しかもわざとフルネームで自己紹介したのだ。
商人だけあって、名前を聞いた途端直ぐに彼女の身元に気付いたディンは再びフェルの胸ぐらを掴んで、彼を揺さぶっている。
(くっそー! やられたー!)
揺さぶられているフェルの視界に悪戯成功だと子供みたいに舌を少し出しているアンナの姿が入った。
「ディ、ディン! やややめろ! ゆ、ゆゆゆゆさぶるなあぁぁ!」
ディンが落ち着くまで、しばらく時間が掛かった……。
▽
「なるほど、そういう事っすか……では後ほど商会の者を派遣するっす」
ディンが落ち着いた後、フェルは今回の訪問の目的を説明し、ディンゼール商会に依頼を出した。
ちなみに女性陣はディンの事務室の右壁にある長いソファーで待機している。
「ありがとう。それとしばらくしたらへインを連れて行きたいんだが、いいか? あー、もちろん本人がいやじゃなかったらな」
「大丈夫っすよ。元々お前が見つけた人材っすからね、後で話を通すっすよ」
いい人材であるヘインはフェルの推薦で来たから、もしフェルは彼をディンゼールから引き抜きたいなら仕方がないとディンは思っている。
「ちなみにミシーからへイン以外誰か来ないか?」
「うーん、いないっすね」
「そうか……へインはいつからここに?」
「一、二週間前からっすかね?」
遅いなぁ……とディンの答えを聞いたフェルは思う。
ミシーからルーゼンまで約一ヶ月半の距離があって、へインがミシーを出るのは幻想の森での出来事、事件の数日前だった。
つまりーー
(時間的にはピッタリだ……)
ならフィリー達は? 彼女たちとへインは一、二日間の差しかないから彼女たちももう到着してもおかしくない。
「……ありがとう。さっきの依頼たのんだぞ?」
立ち上がってフェルはディンに言った。
「おうっす、任せとけっす! その代わり、一枚嚙ませてもらうっすよ?」
「ああ、構わないぞ。じゃあ行くぞ、みーー」
頷いて、フェルは女性陣を見るとルナに抱かれているソフィマとルナにもたれかかっているレイア、そしてそのルナ自身もレイアにもたれかかっている、三人が寝ている姿がそこにあった。
「……どうしてこうなった?」
やけに静かだなぁっとディンと交渉しながら思っているフェルだったけど、今の光景を見て納得した。
まあ、仕方ないことだ。
彼女たちにとってつまらない話だから途中で寝落ちてしまったのだ。
「よく寝落ちしなかったな……」
「ふふふ、自分の未来がかかっている話ですわよ? 寝ませんわ」
唯一起きているのはアンナだけだ。
「なぁ、これどうすんだ……?」
気持ちよさそうに寝ているルナたちを起こすにはちょっと抵抗があるフェルは頭を掻いた。
「そのままにしたらどうっすか? 自分は構わないっすよ?」
「ありがたい提案だが、そうはいかないよ」
この後やる事があるフェルは彼女たちをここに置いていく訳にはいかない。そうしたら絶対ボコボコにされる……主にレイアに。
「はぁー、アンナ、俺の側に」
フェルの意図に気付いたアンナは頷いて、フェルの腕を絡む。
「……ディン、ありがとう。頼まれた物を用意出来たら連絡をくれ」
「了解っす!」
アンナの行動にちょっと思う所あるけど、ツッコんだら彼女のペースに流されるだろうと思ったフェルは彼女を無視して、寝ているレイアたちを魔法で浮かせた後宿に転移した。
後々自分たちは魔法で運ばれた事に不満を感じて、ルナたちはフェルを問い詰めたけどその話は別の機会にしよう……。
ルナ「せめて手で運んでくださいよ……」
レイア「レディの扱いになれないわね」
フェル「レディ……」
レイア「なに? 文句ある?」
フェル「なんでもありません!」
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