20。ごめんね、ディア
2025年3月31日 視点変更(物語に影響なし)
「準備はいいな?」
後方にいるルナたちにディアは問いかけた。
「ええ、いつでもどうぞ」
「勇者サトウ」
ルナの答えを聞いたディアは頷いて、目の前にいる勇者を呼ぶ。
「ほーい」
間抜けな返事しながら祭壇の上にいる勇者サトウは刺さっている剣の柄を握る。
フェルとの戦闘後、ディアたちは一日休憩を取らざるを得なかった、それだけフェルは彼らにとって強敵だったのだ。
そして彼らは今聖剣フォレティアの前にいる。
ルナの手によってフェルの結界が消され、さらに四年前の報告のおかげで聖剣のある場所に辿り着けるのは数時間しか掛からなかった。
(あいつの忠告によると剣が抜かれた後、森が消えて中に潜んでいる生き物たちは暴れ出す)
フェルが言った事だけど、それでも無視することはディアには出来ない。
「やるぞ?」
祭壇から勇者サトウは振り向いて、頷いた仲間を見た後、剣を抜く。
「んんんぐぐぐぐぐ!」
息を止めて勇者は全力で剣を抜こうとしても、剣はビクッともしない。
「はぁ、はぁ……ぐうぅぅぅ、だあぁぁぁ!」
息を整って、彼はもう一度チャンジーしたらーー
ズシン!
「だあぁぁぁ! はぁ……抜いたぞ!」
ついに剣が祭壇から抜かれて、それを高く掲げる!
「おぉ! おめでとうございます、勇者様!」
「おう! これであの野郎をやつけるぞ!」
普通、異界の勇者という者は魔王を倒すために召喚されたけど、勇者サトウの中に魔王よりフェルを倒すのが最終のミッションになったのだ。
もっともーー
(聖剣一本手に入れただけであいつには勝てないだろう……)
先日の戦闘を思い出したディアはそれは無理だと思っている。
「ディア様、どうしましたか?」
「あ、ああ、何でもない。さあ、ここを出よう!」
「まあ、そう焦るな。この剣があればどんな敵でもーーっ!」
るうぅぅおおおぉぉぉおぉぉおお!
調子に乗っている勇者が聖剣を適当に振りながら階段を降りている最中、遠くから獣の遠吠えが聞こえ、全員は思わず硬直してしまった。
ルナ以外。
「っ! ルナさん、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫、です。気をつけて、ください……膨大な魔力を、感じます」
「……魔力酔いか」
真っ青な顔でルナは口元を抑えて深呼吸する。
生き物の体は周囲の魔力を自然的に吸収して自分の魔力に変換する。しかし周囲の魔力があまり濃かったら自然変換が追い付けなくて、自分の魔力以外が体内に入ってしまってルナみたいに、魔力酔いという現象が起こるのだ。
「と、とにかく、離脱するぞ!」
ディアはそんなルナを背負って、他の連中と一緒に洞窟を出る。
そしてその光景が目に入った。
「なん、だ、これ?」
「木々が……」
半透明な木々、空へ舞い上がっている無数の小さな光玉、そんな光景だ。
「う、うぅ……」
一見綺麗な景色だけどそれらは魔力であって、ルナの具合はさらに悪くなった。
魔法使いにとってこの膨大な魔力は毒と同じだ。
食べ過ぎる時気持ちが悪くなるという現象と同じ。
「ルナさん?」
「だ、大丈夫です、少しい目眩をしているだけです」
(早くここを出ないと……)
自分の姉が強がっている事をディアには丸わかりだ。
「お、おい、なんだ、あれ?」
しかし勇者が指差している方向を見てそれは無理だと彼女はすぐ理解した。
るうおおおぉぉぉああああぁぁぁ!!!
「う、うそだろう……」
その先には大きなシルエットがあって、護衛の代表は信じられないと言わんばかりに呟く。
「っ! みんな、ミシーへ! 早く!」
「あ、ああ! 流石にあれはやべぇぞ!」
聖剣フォレティアを手に入れたけど、それでも勇者一人には流石に荷が重すぎる。
ここにいる誰もがそれをわかっていて、全員はミシーに帰還することに賛成した。
▽
「ぐぅるぁぁ!」
「ぜぇあぁ!」
飛びついた頭に角がついている狼、ホーンウルフを予備の剣で切り落としたディアは周囲を見渡す。
「グルルルル!」
「ろおおぁあぁぁ!」
「っ! 数が多すぎる!」
勇者たちも戦っているけど、片手で戦っているディアと彼らだけだと数が多すぎて、このままだと彼らを待っているのは全滅の未来だけだ。
(どうすればーー)
焦り始めたディアは周囲を見渡して突破口を探しているその時ーー
「……ディア様、もういいのです」
「ルナさん!?」
「今の私は足を引っ張っている荷物同然、です……」
「そんなーー」
そんなことない、と言える前にルナはさらに続ける。
「それに、もう来ます」
ズドーン!!!
「るおぉぉああぁ!」
「ちっ! おい、早くしろ、ディア!」
最初に見たシルエットが段々大きくなって近付いてきている事に勇者たちは焦りを感じて足を止めているディアを促した。
「……私が足止めをしますから、逃げてください」
ズドーン!
「おい、ディア!」
「……」
どうするとディアは迷っているとーー
「もう……そんな顔しないで、ディア」
深刻な顔で考えているディアの耳元にルナは優しくそう呟いて、彼女の背中から降りた。
「ル、ルナねぇ!」
「生きるのよ! さあ、行きなさい!」
振り向いたディアを押して、ルナは強く言った!
「ディア、早くしろ!」
「っ! ルナねぇーーごめん!」
姉は自分の状態を一番わかっているはずだ、そしてどういう意味で言ったかちゃんと理解したディアはルナに言われた通り踵を返して、魔物を屠りながら勇者たちと逃げた。
(……ごめん、ルナねぇ!)
彼女が出来ることは謝るくらいしかなかった。
ズドーン!
「馬鹿ね……〝ごめん〟じゃなく〝ありがとう〟ですよ」
妹の後ろ姿を見ているルナは呟いた。
「グルルル!」
「ショックウェーブ!」
自分を中心にして範囲に雷の波動を広げることでルナは迫ってきている魔物たちを撃破した!
もっと早く使えよ! と思うかもしれないけど、さっき仲間がいたから使わなくて使えなかったのだ。
ズドーン!
(っ! かなり近いですね……!)
何かの足音がかなり近くて、さっきまでルナを襲っている魔物たちは怯えて逃げ出した。
(助かりましたけど、どうしましょう……?)
今のルナは逃げる力はないからどうしようもないのだ。
そもそも迫ってきている何かを引き留めるために残ったから逃げたくても彼女は逃げれない。
ズドォォォーン!
そしてついにその時がきた。
「るぅぅおおぉぉあぁああぁぁ!!!」
激しい目眩がして思わず膝に付いてしまったルナは辛うじてそれを目にした。
「っ! う、そ……!?」
大きな翼、金色の目、立派な牙、そして美しい白い鱗。
「ライトドラゴン……!」
かつて勇者と共に魔族たちを撃破して世界に平和をもたらしたドラゴンの一種。他のドラゴンと違ってライトドラゴンは知性が高く、魔法も使え、人間の言葉を理解できると言われているドラゴンだ。
「ま、待ってください、ライトドラゴン様!」
だからルナは話しかけてみた。
「るぅあ?」
(通じました!?)
「るぅぅおおぉぉ!」
(通じませんでした!)
通じる所な、ブレイズをプレゼントされた!
「マジックシールド!」
無理やり立ち上がったルナは自分を中心にして魔力のドームを作った。
ビキッ!
しかし伝説のドラゴンの前にすご腕の魔法使いでもただの人間同然で、彼女が張った魔力のドームにすぐひびが入った!
「はああぁぁぁぁ!!!」
それでも彼女は必死に魔力を注ぎ込んでドームを維持しようとしたがーー
パリン!!!
「っ! ごめんね、ディア……」
長時間と感じるほどの数秒でドームが破られ、ブレイズが彼女に迫る!
ドゴーン!
そしてルナの意識はそこで闇に落ちた。
ドゴーン!
ディア「っ!? ルナねえええぇぇぇ!!!」
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