135。やめてよね? あの人たち可哀想になるから
「領主様、件の人間を連れて参りました」
「……入りなさい」
失礼します、と許可が下されてレイアの前にいる執事はドアを開けて彼女に道を譲った後、退室した。
「うちの人がごめんなさいね」
レイアは中に入ると他の魔族同様に頭に角が付いている、彼女とほぼ変わらない歳の美しい女性に出迎えられて、謝られた。
「……仕方ないじゃない?」
消したくても消せない、差別はそう言う物だ。
表面こそ何もないかのように過ごしているけど、人間と魔族の関係はあまりよろしくない。
だから執事の自分に対しての態度にレイアはなんとも思わない。
逆の場合なら人間も同じ態度を取るだろうと思っているからだ。
「あら、思ったより心が広いね」
「何それ? 嫌味?」
「いえいえ」
てっきり自分の執事を貶して、愚痴をするかと思っているコーゲン領主はそうしないレイアに本当に感心しているのだ。
「……まあいいわ」
それで? とレイアは話を促した。
「まずは名前を聞かせてくれる?」
「あのねぇ、人の名を聞く前にまずは自分から名乗ると教わらなかったの?」
「あらこれは失礼」
当たり前の事に指摘されてコーゲン領主は苦笑した。
「イェリア・エル・ヴァハールよ」
そう名乗ってコーゲン領主、イェリアは握手するために手を差し出た。
「出来るじゃーーえ!?」
その手を取ろうとしているレイアはイェリアの名を聞いて、動きが止まった。
無理もない。
「王族なの!?」
イェリアの名に中名はあるからだ。
この世界に中名を持てるのは王族のみだ。
例えば今精霊王国の王妃であるアンナ・マクスウェル。彼女の旧姓はアンナ・ゼ・ロダールで、ロダール女王国の姫だ。
その常識は当然レイアにもあって、まさか王族が領主をやっているなんて思いもしなかった彼女は驚いたってわけだ。
「現魔王の許嫁よ」
ふふふ、とイェリアはドヤ顔を浮かべる。
「あー、なるほどね」
そう来るか、とイェリアの顔を見てレイアは全てを悟って、目を閉じる。
「態度を改めなくていいわよ」
ただ黙っているレイアはどんな態度を取るか悩んでいると思ったイェリアはそう言った。
「でも人の前だと敬語をつかーー」
「レイア・マクスウェルよ」
「ーーえ?」
そう、レイアは取るべき態度ではなく、自分の正体を明かすか、明かさないかと悩んでいたのだ。
そして決意に着いた彼女は自分の正体を教える事にした。
「レイア・マクスウェルよ。現精霊王であるフェル・マクスウェルの妻で、人間の大陸のはるか北にある精霊と人間が住んでる国の王妃よ」
「……え!?」
聞いた言葉をやっと呑み込んだイェリアは信じられないと言わんばかりに目を広く開いた。
「それで? あたしに何の用?」
できれば早く終わらせたいんだけど? そうレイアは更に言った。
まあリーブリからコーゲンに着くまで歩けば一日間、ゆっくりでなら二日間が掛かるけにも関わらず、深夜にリーブリから出たレイアはとパルメトンはその日の昼過ぎの頃にコーゲンに着いた。
つまりかなりハイペースで移動していた、という事だ。
そしてその後すぐに呼び出されたから彼女の休みたい気持ちは分からなくもない。
「待って! え!? 本当に精霊王の妻なの!?」
「そうだけど?」
まあ証拠は出せないけどね、とレイアは肩をすくめた。
「それで?」
「だから待ってってば!」
なに普通に話を進めようとしているの!? と言っているイェリアにレイアは呆れた。
「あのねぇ、話が全然進まないけど?」
あたし結構忙しいから用がないなら行くわよ? そうレイアは更に足した。
「ま、まさか精霊の女王とは……」
やっと情報を整理できたイェリアはまじまじと目の前いるレイアを見ている。
「へぇ、信じるんだぁ」
自分は精霊王の妻、つまり精霊の女王よ! とまあ何も知らない人は聞いたら普通こいつ大丈夫か? みたいな反応をするだろう。
「それはまあ、はい」
しかしイェリアは何も知らない人ではない。
「聞いたのよ、シェイドちゃんから」
情報はすでに持っているのだ、彼女は。
「え!? 闇の大精霊この土地にいるの!?」
情報の提供者の名を聞いたレイアは驚いて、目の前に置かれたテーブルに身を乗り出してしまった。
「こ、この土地というか、この大陸?」
「た、大陸? 近くにいないってこと?」
ちょっと引いたイェリアを見て、我に返ったレイアは再びソファーに掛けた。
「ええ。大陸の中央にいると思うよ」
ていうかシェイドちゃん最近忙しいらしい、そうイェリアは更に説明に足した。
「そっか……ん? あんた、闇の大精霊とどんな関係?」
さっきからイェリアは闇の大精霊を親しい存在のように呼んでいる。
精霊の女王であるレイア、何より精霊の事に目がない彼女は気になってもしょうがない。
「えっと、ライバル? ん? 友達???」
自分と闇の大精霊の関係をピッタリに表す言葉を検討しているイェリアは首を傾げた。
「何で疑問系なの……?」
「改めて訊かれるとよく分からないのよ……」
「仲がいいか悪いか、どっち?」
実にシンプルな質問だ。良いか悪い、この二つだけで答えられる。
「うーん、いい方だと思うよ?」
「あら、それは嬉しいわね」
「精霊の女王として?」
確かに上に立つ者としては自分の下にいる者たちの幸せは大事だ。
しかしレイアには別の理由がある。
精霊の女王になる前に彼女は精霊の仲間と呼ばれていた。精霊と共に育てられた人間と知られていた。精霊と遊んで、精霊と歩んで、精霊と色々と悩んでいた。
言い換えれば人間の友達はあまりいなかったのだ。同じく精霊が見えて、仲良くしている人間の仲間はいなかった。
だからイェリアは大精霊と仲良くしていると知った彼女は親近感を覚えて、やっと仲間を見つけたかのように嬉しい気持ちになった。
「それで? 用は?」
まあ、彼女はそんな事を口にしないけどな。
「えっと、人間が町に入ったと聞いて、目的を確認したいだけよ」
「あー、なるほど」
かつて敵対していた種族は自分が管理している町に入るから、領主であるイェリアは町の住民の安眠を兼ねて国に報告するためにその人間を調べたい、あるいは呼んで本人から直接情報を聞きたいのだ。
「うーん、その前に闇の大精霊は本当にこの大陸にいるよね?」
「そうだけど、それは?」
闇の大精霊の存在とレイアの目的に何の関係があるか、気になるイェリアは一応訊いてみた。
「……約一年前、人間の大陸から飛んできた光玉見た?」
「光玉???」
「見なかったのね……」
闇の大精霊と仲が良いイェリアならもしかして光玉を見たと期待していたレイアは彼女の反応を見て残念そうに溜め息を吐いた。
「住民たちに訊いてみようか?」
たくさん人の中に見た人いるかもしれないしな。これはレイアにとって異郷の地で又とない情報収集チャンスだ。
「ううん、必要ないわ」
しかし彼女はイェリアが差し伸べたその手を取らず、その理由を言い出す。
「訊いても情報が散乱で、当てにできる情報を見つけるまで時間が掛かるのよ」
っていうか掛かりすぎ、と経験から学んで理解したレイアは肩をすくめた。
「そっか……」
「まあ闇の大精霊は何か知ってるかもしれない」
力になれない事にちょっと残念そうにしているイェリアにレイアはそう言って、ぜひ闇の大精霊であるシェイドの居場所に案内して欲しいとお願いした。
「うーん、そう言われてもね……」
何処にいて何をしているか分からないのは大精霊という生命体なのだ。
頼まれてもそう簡単にはいと言えない。
「まあ魔王に訊いたら分かるかもしれないけど」
「へぇ、ぜひ案内したいわね」
どう? とイェリアの表情からその質問を察したレイアは笑みを浮かべて言った。
「じゃあ明日にでも王都に出発しよう。メイドたちに部屋を準備さーー」
「いや、ウゲザーさん達の所に泊まるからいいわ」
人間である自分の存在はここであまり歓迎されていないと悟ったレイアはイェリアの優しさから来た提案を断った。
「えー? じゃあ私もーー」
「やめてよね? あの人たち可哀想になるから」
とまあレイアのいう通りもし領主であり魔王の許嫁であるイェリアは庶民であるウゲザーたちの家に泊まってきたら、彼らは自分の家で気を休めなくなるだろうな。
「っていうかさっきのあんたどこ行った?」
さっきの、とはマウントを取ろうとしていたイェリアのことだ。
一応領主だから人間であるレイアに舐められないように自分のステータスを明かしたけど、相手が悪かったから丸くなったーーなってしまったのだ……。
「その、できれば忘れて欲しい……」
自分の行動に恥を覚えるイェリアだった。
レイア「すごい上から目線だったけど?」
イェリア「やめて〜! もう言わないで〜!」
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