132。幕間 お主育児に向いておらんのう
「ーーとまあそれで帰れたんだ」
「はぁ……それ程の相手なの?」
話を聞いた領主は信じられない顔をしている。
「想像以上だった……」
出来ればもう相手したくない、関わりたくないくらいだとネヴァテオは肩をすくめた。
ここは領主の館だ。
洞窟での戦闘から数日が過ぎて、ネヴァテオは今洞窟で起こった事を語っている。
「っていうか俺生かされたんだよ……」
「どういう意味?」
「そのまんまさ」
確かにその気になればネヴァテオが足留めされていた時、レイアは彼を殺せたのだ。
例えばネヴァテオが瓦礫を飛ばしてファイアボールを対応した直後、もしレイアはウィンドカッターでもいい、何らかの魔法を使ったらネヴァテオはもうこの世にいないだろう。
「申し訳ないけど、魔族の子を盾にしてなんとかなった」
「まああなたがこうして無事で帰れたからそれでいいわ」
誘拐は良くないがそれは自分の娘を助ける、治すために必死な母親の命令だった。だからその手段になり得るかもしれないモノを個人の判断で手放したネヴァテオは申し訳ないと思っている。
「それでテープは?」
「あぁ、ちゃんとある」
魔族の子と交換したからな、とネヴァテオはアイテム袋から魔法道具テープを取り出す。
「はいーーん……?」
「?」
差し出されたテープを受け取ろうとしたけど、差し出している本人は急に手を引こんで、領主は思わず首を傾げた。
「……領主、俺のこと信じてるか?」
「突然なに……?」
それは本当に突然の質問だった。
長い間ずっと共犯者であるネヴァテオのその質問に領主は軽い答えはよくないと感じた。
「……このテープは嫁の身代わりになるんじゃね?」
「……」
計画通りだとネヴァテオはここでテープを使って交渉で自分の妻を取り戻すけど、いざの時に彼は戸惑っている。
「まるで私があなたの妻を監禁しているような言い方ね」
「実質そうだろう?」
そのせいでネヴァテオは領主の言いなりになったしな。
「それで何をする気?」
「そうだな……一つ、約束ーーいや、取り引きしないか?」
持ち掛けた言葉に領主は眉間に皺を寄せて険しい顔になった。
「そう警戒すんなよ……」
簡単な事だ、とネヴァテオは後ろ頭を掻いた。
「……一年間だけ」
沈黙をしばらく保ってから出てきたネヴァテオのその言葉に領主はただ黙って続きを待っている。
「一年間だけ耐えてくれ」
「……なんの話?」
何を耐えて、何に対して忍耐するか、話が全く見えない領主は要点だけ言って、とネヴァテオを促した。
「一年間だけ人を攫わず、娘だけ看病し続けるんだ」
「娘を見捨てろ、と?」
「誰もそんな事言ってない」
そんなの酷すぎるだろう? っていうか交渉もなんもねぇよ……そうネヴァテオはさらに足した。
「じゃあ何!?」
「落ち着けって……」
別に悪いことじゃない、とネヴァテオは溜め息を吐いた。
「真っ当な手段で自分の娘を看病する」
つまり人攫いーーいや、悪事その物から手を引くんだ、と真剣な顔で彼は領主の目をまっすぐ見て言った。
「……なんでそんな事をーー」
「伝言だ」
「え?」
抗議してきた自分を遮ったネヴァテオに領主はキョトンとした。
「ちゃんと守れたらーー」
次々と並べられた言葉に彼女は目を広く開いてしまった。
▽
時はレイアとネヴァテオが戦闘していた日の夜に遡った。
「う、うぅ……?」
目が覚めた少年は天井、ではなく暗い空と虫の鳴き声に挨拶された。
「……ん」
「……え?」
突然自分の顔を覗き込んだ目に少年は一瞬反応が遅れた。
「目が覚めたわね?」
「っ!」
そこで一人の女性が来て話しかけると少年の意識は一気に鮮明になって警戒を高めた。
「まあまあ落ち着いて」
そんな彼に女性は近付いて優しい口調で宥めた。
「名前は?」
「……」
「何でリーブリに行ったの?」
「……」
沈黙……訊かれても少年はただ黙って女性を睨んでいる。
「自分に起こった事覚えてる?」
「……」
少年の沈黙はつづーー
「あーもう! 黙ってないで答えなさいよ!」
「っ!」
ーーついに切れた! そのせいは少年はビクンっとなってしまった!
「……」
「お主育児に向いておらんのう」
「な、何よ? 全然答えないこいつが悪いじゃない……」
そんな女性に少女と老婆は呆れて頭を横に振った。
「ん……」
「ちょ、ヴァリヌーちゃん!?」
全然だめと思っている少女、ヴァリヌーはそんな女性、レイアを退かせて少年の前に来た。
「……お姉ちゃんいい人」
と、彼女は後ろにいるレイアを指差しながら相変わらず無表情のままで少年の目を真っ直ぐ見ている。
「名前」
「……パルメトン」
歳があまり変わらないヴァリヌーにジーっと見つめられている魔族、パルメトンは答えた。
「……パルメトン」
「え、えぇ、ありがとう」
っていうか聞いたよ? と自分の所に帰って報告したヴァリヌーにレイアは苦笑して彼女の頭を撫でた。
「あんたの仲間の所に送るから準備ができたら行くわよ」
帰りたいでしょう? とレイアの言葉にパルメトンは頷いた。
「本当に魔大陸に行くつもりじゃのう」
「まあね」
やる事あるからね……そうどこかに寂しい気持ちをしているレイアを見た老婆はそれ以上何も言わないことにした。
「……」
「ーーっ!」
決意が固いレイアにヴァリヌーは心配そうに見て、勢いよく彼女に抱きしめられたレイアは驚きを隠せなかった。
「……大丈夫よ、必ず帰ってくるから」
「ん……」
そんなヴァリヌーにレイアは優しく撫でて、彼女の視線を合わせて笑顔を見せた。
「よし! 行くよ、パルメトン!」
「明日にしない……?」
「ダメよ」
呼ばれた当のパルメトンはいやそうに提案したけど、日がすでに暮れていて今動けば南の門を簡単にすり抜けると思って、門が閉ざされる前にレイアは移動する事に決めた。
「えー」
「……」
「わ、わかったよ」
駄々を捏ねていて、ヴァリヌーにまたジーっと見られているパルメトンは罰が悪そうに顔を背けた。
「あんた弱いわね」
「……」
何も言い返せないパルメトンだった……。
老婆「帰ったら育児について教えようかねぇ」
レイア「……あたしまだ子供いないけど?」
老婆「未来に備えるのじゃ」
レイア「えー」
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