126。頭痛の種ですよ……
「報告します! 魔族たち接近しています!」
「また来たか……」
手にある書類に視線を落としているままリーブリ衛兵団の団長は溜め息を吐いた。
「……領主様をここに案内してくれ」
今日来たばかりの領主に申し訳ない気持ちを抱えながら団長はそう部下に頼んだ。
「必要ないわ」
「こ、これは、領主様!」
しかし当の領主はすでに来ており、団長の事務所に入った。
「状況を教えて」
衛兵を退室して部屋に置かれてあるソファーに座ったあと、領主はそう団長を促した。
「魔族たちは日々に段々国境線に近付いてきています」
最初は遠くから、しかも一人、二人でやって来た魔族たちだけど、話が全然聞いてもらえなかったから段々近付いてきて、大勢で来るようになった。
「そんな事件ないのに相手は全然聞いてなくて頭が痛いのです」
団長は頭を抑えた。
「じゃあ既に調べたのね?」
はい、と領主の質問に答えた団長は更に続ける。
「そのような事件はありません。あったとしても誘拐じゃなく街に魔族がいる、というの方が騒ぎになるはずです」
しかし何もありませんでした、と団長はさっき読んでいた書類を領主に渡した。
「……目撃者はいない、どこ訊いても情報はない、か」
何も起こらないと同じだ。
「魔族たちにこの事を?」
「もちろん説明しました」
一応団長は事を穏便に済ませようとしていた。衛兵団が調べた結果をちゃんと魔族たちにも共有したけど魔族たちはその答えに納得できなくて、今も一点張りしている。
「彼らの言い分聞いた?」
「一応、はい」
当然、述べた理由が受け入れられなかったから団長はその理由を訊いた。
「それで?」
「教えて貰えませんでした」
しかし〝俺たちには分かる〟としか答えられなかったのだ。
「何それ? ただの根拠のない非難じゃない……」
証拠もなく、理由もはっきりとしない。
確かに非難だ。
「……話はわかったわ」
「前に出ますか?」
ええ、と話を聞き終えた領主は立ち上がって、団長につけられて部屋を出る。
「どう説得するかな……」
移動中、領主はそう悩んでいた。
▽
「諦めろ!」
「魔族なんかいねぇぞ!」
南の門から少し離れた魔族たちに衛兵たちは城壁の上から唾を飛ばした。
「惚けるな!」
「分かってんだぞ!」
「息子を返せぇ!」
一方、魔族たちはそれをものともせずに人間を誘拐犯だと言い張っている。
「ずっとこの調子なの?」
その光景を見て、同じく城壁の上にいる領主は隣にいる団長に振り向いた。
「頭痛の種ですよ……」
頭を抑える団長は溜め息を吐いた。
まあ団長からしてとんでもない非難だから仕方がない。
「何度も説明しーーって領主様!? どこへ行くのですか!?」
色々試みた事を団長は話そうとしたらリーブリ領主は踵を返して城壁から降りる。
「人間供め……どこまで俺たちをーーん?」
「おい、何か出てきたぞ?」
「また話し合いか?」
門から一人で出てきたリーブリ領主を見て、魔族たちは動揺している。
「ごきげんよう。レヴァスタ王国の国王、グレン・レヴァスタ王様にこの土地の経営を任された者よ」
領主だと!? とか、今なんて? とか、魔族たちは近付いた人物の正体を聞くと様々な反応を見せた。
「ここ最近リーブリ付近に随分と騒ぎを立てーー」
「けっ! こっちの者がテメェらに攫われたんだよ!」
「騒いでも当然だろうがっ!」
そうだそうだ! と領主の言葉を遮った魔族たちは声を上げて、そんな彼らに領主は確かにっ! と全員の注目を集めるように力強く前置きしてから続ける。
「あなた達の気持ちはわからなくもない! しかし部下から聞いたはずでしょう? 魔族が誘拐される事件はない事を」
衛兵団に集められた情報によるとそうだな。
「んなのオメェらの言い分だろう?」
「ではなぜそれを信じようとしない?」
誘拐事件はない、よって証拠もない。つまり何も証明できないのだ。
なら信じるか信じないか魔族たちの自由だけど、領主は後者を選んだ魔族たちにその理由を聞きたい。
何かできる事あるかもしれないと思っているからだ。
「俺たちにはわかるんだよ」
「それだけじゃあ説明にならないわ」
そう言っている根拠はなに? と領主は更に足した。
「オメェら人間には理解できねぇんだよ」
「これは俺たち魔族にしかわからない事だ」
しかし魔族たちは頑にその理由を隠している。
「あなた達がやっている事はただの非難だよ?」
「非難だとぉ? オメェらが誘拐ーー」
「だからそう言い張っている理由を言いなさい!」
「「「っ!」」」
話が進まない、埒が開かなくてずっと同じ事を言っている魔族たちに領主は頭にきて、彼らを睨んでいながら怒りに満ちた声で強く言った!
「……わかった」
「おい、いいのかよ!?」
「仕方ないだろう?」
しばらく押し騙された魔族たちの中からやがて一人の男魔族は前に出て、異議を持っている他の魔族たちを無視して話し始めた。
「俺たち魔族はお互いの魔力を感知できるんだ」
魔法に優れる種族である魔族は高い魔力を持つから、隠さない限りそれによって生まれた波動は自分の位置を晒す。
魔族たちはそれを使ってお互いの位置を確認するのだ。
ちなみにドライアードやノームみたいな大精霊たちはフェルの呼び声に応えて、すぐ彼の元に現れるのもこの方法を使う。
「……それでその方法であなた達は仲間の位置を知ることができると?」
魔法の事あまり詳しくない領主には俄かに信じ難い話で、そう確認すると頷かれた。
「そしてそいつはリーブリにいると?」
「……いた」
「いた?」
どういう意味だ? と他の魔族の呟きを聞いた領主は目の前にいる、魔族たちの代表をして前に出てきた男魔族を見る。
「もう感知できないんだよ……」
最後に感知したのは数日前だと男はさらに説明した。
「だけどそれは必ずしも誘拐された訳じゃないでしょう?」
まあ、フェルがやったように、行方知らずの魔族は魔力を抑えて感知されないように身を潜めているという可能性がある。リーブリから自分の意思で去ったという事も有り得る。
領主が言いたいのはそれらのような可能性があるのだ。
「確かにそうかもしれないが、あいつの位置を感知できない時点で何かがあったんだよ」
しかし男魔族はそれらの可能性を否定し、確信している顔でハッキリとその理由を告げる。
「あいつはーー」
と誘拐されたと思われている魔族の正体を聞いた領主は広く目を開いた。
領主「あぁ〜頭痛いわぁ……」
団長「やっとわかりましたか……?」
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