119。幕間 あ、それはただのグレープジュースですわよ?
2025年9月1日 マイナー編集。
「ん~! はぁ……いい空気ね」
お日様は出たばかりの朝、空気を精一杯に吸ってから長くなった銀色の髪が微風に靡かされていながら彼女は空を見上げる。
「……」
そして自分の左手の薬指に嵌められている指輪に視線を落とした。
「不安か?」
改めて決意を確認した彼女は見ている手を強く握ると背後から声掛けられた。
「ディアか……別に不安とかそういうんじゃないわよ」
「はいはい、そういう事にしておくよ」
声の主は反論を適当にあしらいながら荷物を馬車に乗せているディアだった。
「こらディア、レイアちゃんをイジメちゃダメよ?」
「いや、イジメなんてしていないよ、ルナねぇ」
そうですか? とディアの言葉を聞いたルナはさっき拳を握っていた女性、レイアに質問して、その答えに彼女はただ肩をすくめた。
「まあ、とにかくこれで全部だな?」
最後の荷物を馬車に乗せたディアは手から埃を叩き落とす。
「っていうか思うんだけど、こんな荷物いらなくない?」
「何を言っていますの? これは足りないくらいですわ」
荷馬車はもう圧迫だけど、やってきたアンナはまだまだと言って一つの木箱を乗せた。
「……過保護よ!」
その中身は色んなポーションだった……。
「お? 本当ね! 見た事ないポーションまである。これ何に使うの?」
好奇心が勝ってしまって、レイアの背後から箱の中身を覗き込んだフィリーは紫色の液体が入った瓶を指した。
「……見るからにはやばそうだけど、これ何?」
その瓶を取り出して、レイアはアンナに見せた。
「あ、それはただのグレープジュースですわよ?」
「何で入れたの!? ややこしいよ!」
あー、ポーションがいっぱいある箱の中に入れたらそりゃあただのジュースでも何かの効果があると思い込んでしまうだろう。
「他にスペースはありませんでした」
「じゃあ入れないでよ!」
「いけません! そうしたら逆に隙間は生まれて中身が固定しませんわ!」
「ポーションでいいじゃん!」
「……」
と、その反論にアンナは黙り込んでショックを受けている。
「盲点って顔をしているね」
アンナの顔を覗き込んだセルディはそう結論した。
「そそそそんなわけありません! 道中でレイアさんの喉が渇くないように用意しましたわ! ええ、きっとそうですわ!」
「「「きっとって……」」」
〝きっと〟という言葉は不確定な要素がある時に使うのだ。
つまりアンナは自分が述べた理由を疑っている。
他の連中は呆れても仕方がない。
「もう集まってーーん? どうした?」
そんな彼女たちに突然現れたドライアードは首を傾げた。
「む? なぜワレのグレープジュースはここにあるのだ?」
「え?」
そしてレイアが持っている紫色の液体が入った瓶を見て、どういう事だと彼女は困惑する。
「アンナ!?」
「ふ~ふ~」
「口笛全くなってないからね!」
「どういうことだ?」
「それはですねーー」
なぜレイアは突然アンナを呼んで、呼ばれた本人は顔を背けたのかドライアードはルナから説明を受けた。
「……何故ポーションの箱に入れた? ややこしくなるだろう?」
まあ、ポーションは色んな種類があって、色の違いで何のポーションかわかるからな。
紫色の液体が入った瓶を他のポーションと一緒に格納したら誰でもそれはポーションだと思い込んでしまうから、ドライアードの言う通りややこしくなるのだ。
「ほらね!」
「丁度いい瓶なのに残念ですわ……」
「元々レイアのために作ったから別に構わんがな」
ポーションに間違わなければけどな、と肩を落としたアンナを見てドライアードは言った。
「え? あたしですか?」
なんで、と言わんばかりにレイアは自分を指さす。
「いやな? お主もうすぐ出発するだろう? 道中で喉が渇くなるだろうから用意したのだ」
「「「……」」」
この時アンナとレイア以外全員は黙り込んで、実はドライアードとアンナは同レベルじゃないかと思っていた……。
「それで、準備いいな?」
「……はい、大丈夫です」
ドライアードに訊かれたレイアはちょっと不安な顔で荷馬車を見てから頷いた。
「なら出発した方がいいよ。次の村までかなりあるからね」
「そうね、そうするわ」
セルディの言葉に同意したレイアはそう言って、荷馬車の状態を確認し、やがて何も問題ないと結論に出て頷いた。
「じゃあ行ってくるわ」
そして振り返って、集まったみんなにそう言った。
「ああ。一人旅になるけどあんたなら大丈夫だろう」
「当たり前よ」
ふん、とディアはレイアの自信に満ちた顔を見て安心して笑みを浮かべた。
ディアの言った通り、レイアは今一人で旅立とうとしている。
「レイアちゃん、気を付けてくださいね……」
「ルナさん……うん、気を付けるわ」
ルナに強く抱き付かれた後、レイアは真っ直ぐに彼女の目を見て頷いた。
「なるべく野営しないようにね。どうしてもやるしかないなら安全マージン取ってよ」
「大丈夫よ、こう見えて元探検者だから。まあでも宿で休めればそれに越した事ないからそうするわ」
そうだったね、と微笑んだ後セルディは下がって、代わりにフィリーがやってきてレイアに抱きつく。
「っ! どうしたの?」
「いい、レイアちゃん? 情報によると最後に目撃されたのは南方で一年前だからね?」
「わかってるわよ」
「わかってない!」
「ちょ、フィリー!?」
勢い良くフィリーはレイアから離れて彼女の肩を掴んで、深刻な顔をして目を見つめる。
「一年前の情報だよ!? あまり頼りになれないし南方だから場合によって大陸をーー」
「フィリー!」
「ーーっ!」
「大丈夫だよ……信じて」
「……うん」
心配しているフィリーを抱きしめて、レイアは優しくそう言うとフィリーは涙を拭いて安心して下がった。
「レイア様、お弁当を用意してあります」
「ありがとう、ダルミアさん」
「いいえ。お礼を言うべきなのは私たちです」
「大袈裟だね」
ダルミアたちキツネ一家はやってきて、レイアは受け取ったお弁当を魔法袋に仕舞った。
「どうか見つけてください」
「……任せて!」
ダルミアとレーダスの真剣な顔を見て、レイアは力強く頷いた。
ソフィマ? まだ寝ているのだ。
「皆さんしんみりになり過ぎますわ」
「あんたはいつも通りだけどね」
「あら、心外ですわ」
とやってきたアンナは肩をすくめた後更に続ける。
「こう見えて内心だと皆さんと同じですわよ?」
「じゃあもっと表に出してよ」
「そうですわね……それじゃあレイアさん、必ず連れ戻してください」
言われて、さっきまでふざけているアンナは真剣な顔でレイアに告げた後、下がった。
「なんだ、やれるじゃない……」
「まあ、アンナはワレらの中で一番頑張っているから大目に見てやってくれ」
「それは、分かってますよ」
ドライアードの言う通り、フェルが亡くなってから精霊王国マナフルを経営しているのはアンナだ。
他の女性陣はやらないわけじゃなくて、やれないのだ。
「左手を出せ」
「はい? こうですか?」
急にどうしたと思いつつ、レイアは言われた通り左手を差し出すとドライアードはその手を取って優しく握る。すると緑光がしてレイアは目を細めていながらドライアードの手の温もりに染められつつある自分の手を見ている。
「こ、これは?」
やがて光は消えて、そっと離されたレイアの手甲には木の模様をしている絵があって、それを見た彼女は困惑した。
「加護だ。お主にワレの加護を与えた」
精霊という存在は古代神の眷属だから、大精霊になったら格下の相手である精霊と人間に加護を授けられるのだ。
加護を持つと授けた大精霊の属性関連の様々な恩恵は得られる。
例えば今ドライアードに加護を持っているレイアは森の中にいると魔力は普段より早く回復するという恩恵がある。
「ド、ドライアード様、これはーー」
「だからーー」
「「「っ!」」」
大精霊の加護はどれ程の物か、どういう意味か理解しているレイアだからこその慌てっぷりだけど、ドライアードの突然の行動に彼女だけではなく、この場にいる全員は驚きを隠せなかった。
「どうか見つけてくれ……」
「ドライアード様……頭を上げてください」
あのドライアードが頭を下げたのだ!
「当たり前じゃないですか……彼も私の旦那ですよ?」
「レイア……」
そんなドライアードの肩に手をやって、頭を上げたドライアードに笑みを見せたあと自信に満ちた顔でそう告げた!
「じゃあみんな、行ってくるわ!」
荷馬車の御者台に乗って、精霊王国マナフルの唯一城門の前に集まった仲間たちの顔を見渡した後レイアはそう言って、荷馬車を走らせた。
(待っててね、フェル!)
そう、彼女の旅の目的はフェルだ。
(必ず見つけてやるから!)
最後に仲間に手を振りながら彼女はそう内心で決意した!
レイア「ドライアード様、料理出来ますか?」
ドライアード「いや? 出来ないな」
レイア「じゃあこのジュースは?」
ドライアード「それは料理とは言わんだろう?」
レイア「……確かに」
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