112。はい、お姉様!
2025年9月1日 視点変更(物語に影響なし)
自分の命がもうすぐ尽きる時、自分の周りの出来事の進行は遅くなると人が言う。
マセリア帝国の指揮官は今それを経験しているのだ。
艦隊陣形の中心に突然現れた水の竜巻。
空が爆裂しているかのように大きな音と時々艦隊を襲う雷。
一つ、また一つ中心にいる艦隊は空に舞い上がってくるくると竜巻に振り回されている。
結構大きな船はまるで子供に振り回される、玩具みたいになっている。
陣形の後方にいる指揮官たちはまだマシだ。
「ーーっ! 全艦錨を下ろせ!」
魔力たっぷりの〝ブルホーン〟という声を拡張する風魔法を使って、指揮官は全軍に指示を出した。
こうでもしないと彼の声は届かない、それだけ嵐がうるさいのだ。
彼の指示通りに艦隊は動いて、中には既に錨を下ろした艦船は魔法使いの船員に大きな石を作らせてロープでしっかり縛ってから追加の錨として海に投げた。
嵐は今も激しくなっている中、それはいい考えだと思った指揮官はすぐに同じ事するようにと艦隊に指示を出した。
陣形の中央にいた艦船もその付近も竜巻に持って行かれたのだ、彼らは追加の錘がいくらでもいる。
「クソ! 何か他に出来る事はーー」
ドーン!
「「「うわああぁぁ!!!」」」
「かみなりぃ!!!」
雷の事すっかり忘れていた指揮官は近くにいる他の艦船がやられる事を見て、頭を抱えた。
「おい、何が起こってーーなんだこれ!?」
艦船はすごく揺れていて、皇子専用の護衛の一人は状況を確認するためにかデックに出て来て、驚きの声を上げた。
無理もない。
暗い上空に破壊された艦船のがれきはグルグルと回され、海に投げ捨てられた、時々人は投げられたのも指揮官たちの目にしっかり映った、悲鳴も聞こえた。そして落雷とその音……こんな地獄を急に見せられたら誰でも驚愕するだろう。
そしてこの時指揮官は精霊王国マナフルの軍力を甘く見すぎたと後悔し始めている。
相手の軍にこんな魔法を使える人がいる事を思いもしなかった。
直接魔法で攻撃したら魔力の壁でなんとか出来るのだろうけど、この嵐を起こしたのは魔法だとしても今はもうただの嵐で防ぐようがない。
「総員ウインドウォールを船から数メートル上に展開しろ! 瓦礫を防ぐぞ!」
ウインドウォールは風を圧縮して壁の形にして、その圧で来る物を阻むという魔法である。
この魔法で落ちてくる瓦礫はなんとかなるだろう。
「それとマストの上に大剣を固定しろ!」
そしてこれは雷も対策になる。
まあ、船が激しく揺れている中にマストの最上まで登るのはきっと大変だけど、指揮官としては部下が頑張ってもらうしかない。
「見ての通り、大嵐だ」
「っ! 何が〝大嵐だ〟だ!? これは明らかに魔法じゃないか!」
「そんなこと分かっている! だが今はただの大嵐だ!」
驚愕している皇子の護衛は我に返って、指揮官を睨む。
「とにかく今は皇子様をなんとか宥めてくれ!」
「チッ!」
「……返事なしか? まったく皇子専用の護衛たちは勘違いしているようだ」
ここの指揮官は俺だぞ? と去っている皇子の護衛を見て指揮官は呟いた。
▽
「「「……」」」
遠くの海上にいるマセリア帝国の艦隊は大嵐に荒らされていることを見て誰も喋れない。
「……殺すなと言われなかったか、ルナねぇ?」
戦争が始まる前に彼女たちはフェルにそう言われた。
「何言っているのよ? 誰も殺していないのよ?」
「え? でもあれーー」
「あれは自然現象」
「え? でもあれはルナねぇがーー」
「自然現象よ」
「……わ、わかった」
笑顔を浮かべているけど、そのルナの笑顔の後ろにある威圧は半端なく、ディアは思わずたじろいだ。
「自然現象だから誰も殺していない、いいよね、みんな?」
「「「はい、お姉様!」」」
「だから〝お姉様〟呼ばない!」
「「「はい、お姉様!」」」
「はぁ……」
完全に兵士たちからお姉様として慕われている……。
そんな彼らにルナは溜め息を吐いてディアを見る。
「とにかく自然現象だから対応は的確だったら耐えられるのよ」
錨を下ろしたり、マストに剣を結んだり、まあ色んな対策方法はあるから確かにそうだ。
「次の魔法のーー」
ディアは指示しようとした時、遠くに空を貫くように炎の柱が突然現れた。
「ーーあの方!? 西国境だ!」
そう、その炎柱はフェルがいる所にあるのだ。
「……大丈夫よ、フェルなら大丈夫」
元レヴァスタ王国の宮廷魔術師であるルナはその魔法はなんの魔法か、どれくらいも威力をもつか知っている。
まるで自分にも言い聞かせるように彼女はそうディアに言った。
「……そうだな。ルナねぇの最上級火魔法を耐えた彼ならきっと大丈夫」
うん、とルナは炎柱を見ているまま頷いた。
「とりあえず次の手を打とう!」
「そうね。早くこっちを済ませましょう」
と二人は前向きに振る舞っているけどーー
((死なないで、フェル!))
内心では愛する男の安否を心配している。
▽
「報告します! ウィンドシールド、及びマストの天辺に大剣の設置完了しました!」
「ご苦労! 登ったやつに休むようにと伝えろ!」
「はいっ!」
艦船が凄く揺れている状態の中、よく天辺まで登れたのだ。少しの間休憩させていいだろうと指揮官は思った。
「これでこの嵐を耐えられるだろう」
そうでないと困るからな、マセリア帝国の艦隊にとって。
「各部隊の隊長に被害の確認と報告をしろと伝えろ」
どれほど被害を受けたかをわかれば作戦を練れる。このままやられる訳にはいかない。それに敵も既に大魔法を使ったから、似たような魔法はもう打てないだろうと指揮官は思っている。
「指揮官、敵軍に動きが見られます!」
「何、また魔法か!?」
「い、いえ、それがちょっとはっきりしません。敵軍数人は突然地面に伏せてーー」
「は? 何言っている?」
戦争の真っ最中でしかもマセリア帝国の艦隊の状態を考えれば普通追い討ちするから、報告を聞いている指揮官は精霊王国マナフルの動きに疑問を覚える。
「その、手に何かを持ってこっちに向けさせました」
「……単眼鏡を持ってくれ」
いい上司である指揮官はすぐに部下を叱らない。だからまず自分の目で確かめる事にした。
「どれどれーーむ?」
そして彼の目に何かを持っている精霊王国マナフルの兵士は地面に腹這いになって伏せている、という光景が入った。
「何だあれは? 新型単眼鏡? 効率が悪いな」
彼らが手にしているのは単眼鏡を載せる長い鉄棒だ。
それは何なのか知らない指揮官からしたら効率が悪い単眼鏡でしかない。
しかしーー
バキッ!
「ん? 何の音だ?」
「し、指揮官、マストがっ!」
「今度はなんーー」
「マストが折れてますっ!」
ドーン! とその報告の直後雷の音は鳴り響いた。
船員A「マスト登りおつかれ。指揮官から休め! だってよ」
船員B「……それだけ?」
船員A「ん? そうだけど?」
船員B「給料上げろよー! トホホ〜」
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