108。なら手を組まないか?
2025年9月1日 視点変更(物語に影響なし)
「ナリタ、準備いいか!?」
「ったりめぇだろう!」
精霊王国マナフルの森の縁に野営してから二日がすぎてその日の朝、勇者二人はとても気合いを入れた声掛けした。
「総員、出動の時がきた! 案ずるな! 我々に勇者様が付いている! 誰一人も不可欠帰ろう!」
「「「おぉー!!!」」」
こういう時勇者がやるべきなのだが、隊長の中に勇者たちは頼りにならないから先にやると決めた。
まあ勇者たちを出汁にしたのがいい判断かは彼の中でずっと疑問だったけど。
「総員、出動!」
「何故お前が指揮取るんだよ!? 勇者である俺たちに譲れ!」
「細かい事気にしないでください、ミウラ様」
しばらくすると遠い空の上に赤光が空に浮かんでそれを見た隊長は先陣を切ったけど、勇者ミウラの気を触ったようだ。
「馬いたらもっと格好いいのによ……」
残念なことに馬はいない。軍人である隊長は森の中に馬で移動するのはいいアイディアじゃないと理解しているから馬をわざと置いた。
映画の中にたまに森の中に馬を乗って移動するシーンはあるけど、それは映画だからな。
「オッケー、そこまでだ」
「っ! 総員止まれ!」
やがて進んでいる勇者たちは前方からの声に止められた。
「やれやれ、大勢で武装して何する気なんだ?」
かつてカメラを持って悪霊を退治するゲームの中に鏡から出てくる幽霊みたいに、声の主は靴のつま先から何もない所から少しずつ現れたのだ。
「貴様が、あの犯罪者か?」
やがて完全に姿が現れた男を見て隊長はそう問いかける。
背がやや低い、白髪混じりの黒髪、黒Tシャツと黒ジーンズ、〝ふぅ、勝った〟と勇者二人は心の中で勝ち誇る気持ちになってしまったくらい冴えない顔。
そう、現れたのはフェルだった。
「犯罪者? 人違いだな」
何言ってるのだ、と言わんばかりな顔をしているフェルは逆に勇者たちに問いかける。
「んで? さっき答えてくれなかったからもう一度訊くぞ。何をする気なんだ?」
「……外見……いや、さっきは……」
「おーい? 大丈夫かこいつ?」
ぶつぶつと何か言っている隊長の様子を見て、まともな反応が返って来ないと理解したフェルは勇者たちに言った。
「まあいいや。要がないならここを去れ」
「おいおい、ガキ、要があるから来たに決まってんだろうが」
「……お前より年上なんだけどなぁ」
今のフェルの外見も実の年年齢も確かに勇者たちより上だ……。
まあ背中が低いから子供だと思われがちだけどな。
「とにかく帰れ」
しっしっ、と勇者たちを追い払うようにーーいや、実際に追い払ったフェルは踵を返す。
「待て!」
すると隊長は待ったをかけた。
「あのなぁ、今はまだ間に合うから帰れ」
再び勇者たちに向いたフェルはうんざりそうに言ったけど、助言を出した。
「そうはいかない。こっちは国から任務があるのだ」
「どうせくだらない任務だろう? 武装して大勢でくるからな」
「くだらないだと!?」
「他人の平和を乱すことはくだらない以外なんていうんだ?」
「「「……」」」
正論だった……勇者一行もそれをわかって何も反論できなかった。
「おい、ガキ、俺たちは誰だとおもーー」
「あー、知ってるぞ? 脳が股間にしかない性欲塗れ勇者たちだろう?」
「な、何だと!?」
「「「……」」」
自分たちの正体を主張しようとしている勇者ミウラを遮って、わざと彼らの気を触る言い方にしたフェルに驚愕した二人の勇者をよそにして他の連中、つまり隊長たちは笑いを堪えている。
「よーし、テメェをぶっ殺してマナフルの連中に見せつけてやる」
それはスイッチになったのか、勇者ナリタは腰に吊るされている聖剣を鞘から取り出した。
「無理無理、お前なんかじゃ俺を殺せないさ」
すごい自信で言ったフェルはこうしよう、と前置きして続ける。
「お前らの中から一番強いやつを相手してやる。俺が勝ったら帰ってくれ」
「……お前が負けたら?」
「おいおい、お前バカか? 俺が負けたら死ぬだろう?」
まあフェルが負けたら当然殺されるだろう。
「オレ様がテメェの相手だ」
「んだよ、お前じゃ俺を殺せないって言ったろう? 何ならお前ら二人同時に相手してもかまわんぞ?」
挑発のつもりでフェルは勇者ミウラの目をまっすぐ見ながら言った。
「……ナリタ、やるぞ」
その効果は絶妙で勇者ミウラ先に前に出たナリタの隣に並んだ。
「手を出すんじゃねぇぞ、ミウラ。こいつはオレ様の獲物だ」
二人でやればより早く済ませるだろうに……プライドが高すぎるのだ。
「いいから行くぞ!」
踏み出して高速で勇者ミウラはフェルに接近してから、抜いた聖剣を振った!
勇者だけあってその速度に付いていける人間はそうそういない!
(もらっーー)
そして攻撃を放った勇者ミウラの目に遠ざかっているフェルの姿が映って、やっぱり自分の速度に反応できないだろうと思った彼は違和感を感じるとすでに遅かった。
「ガハッ!」
肺から息が漏れるような感覚がして、次の瞬間背後から強烈な痛みを感じた勇者ミウラは地面に落ちる。
「「「勇者様!」」」
「な、何が、起こっーー」
ドゴーン!
「グァ!」
混乱している勇者ミウラのちょっと離れた所に今度は勇者ナリタがいつの間にか現れた土の壁にぶつかって、最後に地面に倒れた。
「「「勇者様!」」」
「言っておくが、別にここでお前らを消してもいい。だがな、無駄な事したくないんだ。だから帰ってくれ」
溜め息を吐いて、フェルは肩をすくめた。
「ふ、ふざける、な……が、ガキが何、偉そうに言ってるんだ」
「く、あぁぁ……結構、効いたじゃ、ねぇか」
立ち上がるのに精一杯二人の勇者はそんなフェルを睨む。
「……勇者様、大丈夫ですか?」
「く、くぅ……ふぅ、大丈夫だ」
「どうやら普通の人じゃありませんね」
「そりゃ、よく分かっーーくっ! たんだよ」
腹辺りに手をやって、勇者ナリタは勇者ミウラと隊長の所にやってきた。
「どうします?」
「どうもこうもねぇだろう? こいつを倒さねぇと進めねぇぞ」
「問題はどうやるか、だけどな」
倒さないと進めない、しかし目の前の相手は只者じゃない。
速さに自信がある勇者ミウラでさえ自分がくらったさっきの攻撃は見えないのだ。
「……交渉をやってみます」
いい判断だ。
勝てない相手だとと悟った隊長はこの方法しかないと結論に出た。
「作戦会議終わったか?」
「……わざわざ待っているとはな」
「さっきも言っただろう? 無駄な事したくないさ」
実際にその気になればフェルはさっきのカウンターで二人の勇者を殺せるのだ。
「なら手を組まないか?」
「……は?」
と、隊長は突然提案を出した。
「無駄な事したくないだろう? だから手を組まないか?」
「何でそうなる?」
「レヴァスタ王国に来ればそれなりの待遇を約束しよう」
「……」
「どうだ?」
突然の誘いにフェルはポカーンとした顔を浮かべた。
悪くない提案だ。普通の相手なら多分揺れるだろう。
普通の相手ならな。
「は、はっはっは!」
と、フェルは大笑いした。
勇者ミウラ「っていうかどうやって現れたのだ、クソガキ?」
フェル「気になるか? 気になるだろう? だが教えない!」
勇者ミウラ「クッソガキがああぁぁ!」
よかったらぜひブックマークと評価を。