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2日目ー恨みの正体ー

 

今日一日で分かったことは、僕は担任の教師なのに彼女たちについて全く知らないということ。だから報告書の最後に

「早く生徒たちの資料をください」と要望を付け加えておいた。

 

早々に報告書の提出を終えた後は街に出て何軒も武器屋を物色して定番から変わり種まで多種多様な武器を調達した。


そして、だ……。


「師匠、いますか?」

 

この世界では珍しい、というかほとんどの人が興味を示さない本という読み物、さらにその中でも変態しか読まないと言われる歴史書が壁一面に収められている師匠の研究室。

 

ここの端に僕の部屋があり、それ以外は全てが師匠の生活スペースとほんの少しの研究を行う場所である。


「ん、ショウか。思っていたよりも早かったな」


「大事な話なんですから急いでくるに決まってるじゃないですか」

 

部屋の脇で壁と面向かっていた師匠が振り向き、読んでいた本を閉じてゆっくり近づいて来たかと思うと、近くの椅子に腰掛けた。


「ショウもそこに座りなさい」


「はい。あ、その前に飲み物用意しますね。コーヒーでいいですか?」


「ああ、いつも通りで頼むよ」

 

この研究室で唯一の助手である僕が師匠の飲み物を用意すること、甘党の師匠に合わせて見るからに体に悪そうなほどたっぷりの砂糖とミルクを入れて出すこと。これが僕と師匠のいつも通りだ。

 

ちなみに僕は眠気覚ましのためにコーヒーを飲むから濃いブラック派だ。師匠に対して優越感を感じることのできる数少ないポイントだったからちゃっかり自慢しておきます。


「それで、師匠とルウマさんはどういった関係なんですか?」

 

コーヒーのマグを受け取った師匠は「いつもありがとう」と一言添えてからコーヒーに口をつけ、軽く息を吐く。


「そうだな、どこから話すべきか……。うむ、まずはこれだけは伝えておく。私と彼女との関係は彼女の言った通りだ。私は彼女にとって憎むべき存在であり、復讐する対象だよ」

 

あの時のルウマさんの様子を、表情を見ていればアレが嘘や茶番だったとは到底思えなかった。

 

それでも、改めて師匠の口からそうだと聞くとやっぱり心が重くなるな……。


「どうしてそんなことに……。それに、あの子が今いくつなのかは知りませんけど、ルウマさんが師匠を恨むようになったのって、多分僕と出会った後ですよね? 僕が知る限り師匠が人の恨みを買うようなことをしたことはないはずです」


「ああ、私が彼女に恨まれるようになったのは今から三年前のことだ。そして私があの少女をマホガクに連れてきたのもな」

 

三年前……なら僕がマホガクの卒業試験のために忙しくしていた年か。マホガクの卒業試験は半年以上前から準備をしていないと合格できないって聞いて最終学年に上がってすぐから必死に準備していたから。

 

それなら確かに師匠と会う機会も減っていたし、その間に僕の知らない何かがあったとして不思議なことじゃない。


「連れてきたってことは、まさか誘拐してきたんですか?」


「まさか、私に孫ほど歳の離れた少女を攫う趣味はないさ。彼女は出先に立ち寄った村の子でね、奇跡的に一人だけ助けることができたのだよ」


「助ける? それが本当なら、どうしてルウマさんは命の恩人であるはずよ師匠のことを恨んでるんですか?」


「……そうだな、ここからはあの子の命に関わる話になる。ショウが受け持った生徒に責任を持ちたいと思っているのなら、自分に何ができるかを考えながら聞くといい」

 

言われずとも、人が人を殺したいと思うほど恨むには相当の経験をしているのだと理解しているし、僕がそれを知っていると師匠も分かっているはず。

 

それでもわざわざそんな前置きをするということは、ここからがルウマさんの経験してきたことを知る本題に入るということだ。そしてそれと同時に、師匠にとって話をするのに覚悟が必要だったということだ。


「分かりました。聞かせてください、ルウマさんと師匠に何があったのかを」

 

またコーヒーを一口喉を潜らせた師匠は、思い出すように目を閉じる……。


「あの日は個人的な用事があって外に出ていてな。その道中あの子の暮らす村に立ち寄ったのだが、その村では病が、いや、呪いが蔓延していたのだよ……」

 

思い起こされるのは、昼間だというのに黒い雲に覆われて空も地も暗闇に包まれた景色。

 

見渡せるほどの小さな村なのに、一つの灯りもない異様な光景が心に小さな不安を募らせる。


「そこにいたのは人の身体に獣の耳と尻尾が生えた、まるで獣人のような姿になった村人たちだった」

 

以前訪れた時には笑顔の絶えない、決して豊かではないが満たされた生活を送る人々だったはずなのに……そこに一人として笑顔はなく、あるのは人としての生活そのものを感じさせない荒れた村とただ本能のままに闊歩する人々だけ。


「異様。ただただそう感じたよ。そして、平和だったこの村で何が起こったのか、それを考える暇もなく……村人たちは訪れた私に襲いかかってきた」

 

恨みがあるという様子でもなく、殺しの衝動があるというわけでもなく、目の前に獲物が、ご飯が現れたと嬉々とした表情で飛びかかって来る者がいて、せっかくの獲物を逃すまいと回り込んで退路を断とうとする者がいて、獲物の仕留めかたを伝えようと少し離れた場所によだれを垂らして食事を待つ村の子供を集める者がいて。

 

……それはまるで、野生の肉食獣の狩りの現場に巻き込まれたかのような状況だった。


「……実のところ、中には見知った顔もいたのだが、人としての理性を完全に失った彼らのためにできるのはこれしか残っていないと、私は杖を振るったよ」

 

せめてもの弔いとして一人残らず全ての村人の最期を一生抱えていこうと、使う魔法は小さく、一人一人確実に、その顔を見ながら殺していく。

 

杖先から放たれた水の槍は真っ先に飛びかかってきた若い男の胸を貫く。目の前で立ち上がった炎は畑仕事の格好をした恰幅のいい男を焼く。斧を持った木こりのような男は閃光と一瞬遅れて来る雷によって命を刈り取られる。隙をついて懐に潜り込んできた青年を身を翻して躱し、その際で首を絞め骨を折って殺す。狩りを先導する男たちが死ぬと、今度は控えていた女、老人が飛びかかってくるが、それもまた一人、また一人と心の中で謝罪と祈りを唱えながら殺していく。


「最後に残ったのは、狩りの仕方を知らない子供達だけだった」

 

子供たちは狩る側ではなく狩られる側だ。それでも本能なのか牙を剥き、唸りをあげ、その様子は間違いなく獣だった。だからこそ悩んだ。この子達は今すぐは襲ってこない、けれど正体も解らないこの状態から救うことができなかった時には結局はこの子達の命を奪らなければいけない。なら一層、ここで楽にしてやることが一番の救いになるのではないかと……。


「そんな時だったよ。子供のうちの一人に違和感を感じたのは」

 

子供たちの中でも一際小さな女の子が、周りの子供達同様唸りをあげているのにその出来があまりに悪いことに、牙を剥くために歯を見せているのにその口元に牙がないことに気づいた。


「その女の子だけが、私に向けて恨みの籠った目を向けてきたのだよ」

 

違和感の正体を探るために土魔法を繰り他の子供達を閉じ込め、その少女の前に立ち、「君、もしかして話すことができるんじゃないかい?」と尋ねた。


「その時の返事は『マーのパパと返せ! 村のみんなを返せ!』だった。私は確信したよ、この子だけは獣になっていないと。この子からここで何があったのか聞き出せるのではないかと」

 

まだ人間を失っていない者が残っていたことに喜びを感じたが、それと同時に私のしたことが許されることではないと、恨まれて当然のことだと理解していた。


「それでもこの子を、残った子供達を救う方法があるのではないかという希望を捨てたくなかった私は少女を問いただしたよ。私のことを恨んでいるであろう少女から情報を聞き出すために脅しかけるような言葉で迫ったよ。そのせいで余計に少女の恨みを買っただろうけど、それでも真実だけは知ることができた」

 

その真相は長く魔法の世界で、いやこの世界で生きてきた私にとって衝撃的なものだった。

 

私が訪れる数日前、村に勇者が訪れた。世界を魔族の脅威から救った最強の勇者だったから村をあげて歓迎をしたそうだ。

 

しかし勇者は、心から来訪を喜ぶ村の者たちをよそに不機嫌そうな表情を一度として帰ることなく、「まあ、ここでいいか」と一言漏らした後、水を被った直後のように体を振るったという。


「村の人間が残らず倒れたのはその直後のことだったそうだ。そして目を覚ました時には、村人が揃って獣となっていたと……。勇者が何をしたのかを知るために私はすぐに少女を調べたよ。するとすぐに魔法の痕跡が見つかった。ただの魔法じゃない、魔法をが使えないはずの人が唯一使うことのできる魔法……呪いだったよ」

 

呪いは魔法を使えない人間が使える唯一の魔法で、その命を媒介にして発動させる命を賭した魔法だ。もちろんどの属性にも属していないために多く知られてはいないが、その特性は闇魔法に近い誰かを内から苦しめるものが多い。

 

それもそのはずだ、何せ呪いは殺したいほど憎い相手を苦しめて殺すため、願うままの効果を命を代償に発動させる魔法なのだから……。

「呪いの発動者は獣人族だった。対価として払われた命の数は数十名ほど。その効果は呪った相手を魂から獣に落とすというものだ」

 

勇者に恨みを持った獣人族が勇者を殺すために命を賭してかけた呪いは、世界から力を与えられた勇者にとってみれば身震い一つで他者になすりつけられる程度のものだった。

 

呪いを放った獣人族も、自らの都合だけで呪いをなすりつけられた多くの罪のない村人も、誰も彼もあの勇者の被害者だった。


「さらに調べていくと、その呪いは一度獣まで落としてしまえば再起は不可能な代物だった。そしてつまり、たった一人の少女を除いて全ての人が手遅れだったということだった」

 

全てが私のせいだと思っている少女はひたすらに私を睨み続けていた。

 

そして少し間を置いて、覚悟を決めた私は少女を一度眠らせると、魔法の中に閉じ込めたもう名前を尋ねることさえできない、これから先夢見ていた将来を掴むことのできない子供達を殺した。


「呪いは魂に直接刻まれる魔法だ。私がどれだけ魔法の研鑽を重ねようと、無力にも取り払うことはできなかった。唯一できるのは発動を遅らせることだけ、そして魔法の最先端であるマホガクに入れて、奇跡的に救う方法を見つけることができるまで……いざという時に真っ先に私の手にかけることだけだったのだ…………」


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