404 not found(ドロシー視点)
***************************************************
叙勲式には大勢の貴族が詰めかけていた。どれも顔だけは見かけことある。式典の前に寄ってきては「この国が守られるのは聖女様のおかげ」「今後は侯爵家とも親しいお付き合いを」とかおべっかばかり並べていた。
けれど、みんな昔は『酒樽』だの『のろま』だのと大っぴらにバカにしていた。ちゃんと覚えている。みんなそうだ。どれだけピカピカの服で着飾っていても中身はみにくくて汚い人ばかりだ。うんざりする。
昔からそうだった。奴隷の子供だからと生まれてすぐに孤児院に捨てられた。そこでも嫌な事ばかりだ。おしおきとかいって、シスターにつねられたり食事を抜かれたり、神父は変なところをくすぐってきたのでイヤだと手をかんだら気絶するほど殴られた。逃げ出したら、捕まってまた殴られた。
聖女見習いになったのだって、おなかいっぱい食べられると聞いたからだ。でも王宮に上がってもみんな身分がどうのとバカにする。貴族はもちろん、使用人まで。『結界』がなかったら魔物に食い荒らされちゃうくせに、それを保つ聖女はつまらない理由でバカにして、遠ざける。
真っ先にならったのは『結界』の張り方ではなく、行儀見習いだった。たくさんの教師に言葉使いが悪い、行儀が悪いと、ムチで叩かれた。
おかげで言葉使いや立ち居振る舞いはそこらの貴族なんかよりお上品になった。でも、相変わらずバカにされる。お前なんか全然聖女らしくないって。
王宮に来てから背も伸びて年も取った。もう二十五歳だ。子供とは呼べない年齢になっても、心の中には十歳のドロシーがひざをかかえてうずくまっている。この子はいつも泣いて恨み言ばかりだ。
王様から奴隷まで、この国の人間はドロシーをバカにする。
みんなみんな死ねばいい。
バカにしなかったのは二人だけ。
一人目はベサニー様……先代の聖女様だ。
ベサニー様は見た目も心もおきれいな方だった。何も知らないドロシーに親切丁寧に教えてくれた。失敗しても泣いても優しくなぐさめてくれた。がんばったらほめてくれた。初潮の時だって、何をどうすればいいのか全部教えてくれた。大好きだった。本当の姉のようにしたっていた。
気に入らなかったのは、第一王子……今の王太子の婚約者だったことだけだ。『結界』を守っていた。でも、魔力と引き換えに注がれる澱のせいでどんどん弱っていった。何度も聖女なんか辞めて逃げようと手を引いたけれど、それだけはダメだと首を縦に振らなかった。
「わたしがいなくなったらこの国の人たちは大勢命を落とすことになる。それだけはできないの」
泣きじゃくるドロシーに、ベサニー様は歴代の聖女だけが知る秘密を教えてくれた。
王都の西に『アプデの泉』という神聖な泉があって、そこなら体に溜まった澱を消せるのだという。だったら今すぐにそこへ行こうと無理にでも引っ張ってきたかったけれど、もうベサニー様には泉に向かうだけの力は残っていなかった。思い切って第一王子に訴えたけれど無視された。
結局、ベサニー様は聖女になって三年もしないうちに命を落とした。お葬式も終わらないうちに、第一王子は別の女と婚約した。
「あんな女は聖女だから仕方がなく婚約していただけだ。そうでなければ、平民上がりの女、誰が相手にするものか」なんて言っていたのを聞いて以来、ドロシーはあいつも大嫌いだった。結局、今回の騒動で王都を守り切れなかった責任を取って、王太子の座を追われたらしい。いい気味だ。
もう一人が、エクス。この王宮で……私の出会った中で一番まともで真っ当な人。
そして、ドロシーの騎士様。
ベサニー様みたいに心の真っ白な人じゃない。怒るし、頑固だし、マジメすぎるし。でもいけない事をしたら叱る。弱い者は守る。ダメな事はダメと言う。礼儀や言葉使いは変われど、誰に対しても態度が変わらない。感情豊かで、心の温かい人。
聖女見習いで王宮に来てから、落ち込んでいるドロシーに何度も声をかけてはげましてくれた。
もしかしたらこの時、エクスに全て打ち明けていたら、何かが変わったのかも知れない。ベサニー様だって助かったのかも知れない。
でも出来なかった。エクスは、第三王子の近衛騎士だから。もしあいつに告げ口されたら、と思うと言い出せなかった。
あの王子は一番ドロシーをバカにしていた。婚約者のくせにほかの女の人と仲良くして、能無しのくせに威張り散らして何もしない。しようともしないのに自分こそ一番できる人だと信じ切っていた。あいつこそ世界一のバカなんじゃないだろうかと、あの頃からドロシーは思っている。
本当なら貴族になんかなりたくもない。今みたいに三人で旅をする方がよっぽど楽しい。でもしょうがない。どうあがいたってドロシーの望みは叶わないのだ。だったら、少しでもあの人が幸せになれるようにするだけだ。大好きなあの人のために。
「ドロシー・エーメス、これへ」
国王に呼ばれて叙勲式だということを思い出した。恭しく前へ進み出る。
「此度の功績、誠に見事であった。よってそなたに領地と侯爵の地位を与えるものとする」
偉そうにしているけれど、こいつこそドロシーは大嫌いだった。あのひとでなしとバカを育てた父親なのだ。一番悪い奴に決まっている。どうせ、ドロシーを囲い込んで利用したいだけだ。いっそ見捨てれば良かったのに、エクスは見殺しにはできない、と真っ先に助け出した。
「謹んでお受け致します」
もちろん口だけだ。こんな奴に忠誠を誓うつもりなんか更々ない。地位も領地も欲しくない。ただ、あの人の幸せのため。
そのための段取りもすでに付いている。この式が終わる頃には整っているはずだ。それが終われば、ドロシーはどこかへ消えるつもりだ。
「では、ただ今を以て、ドロシー・エーメスを侯爵と……」
「承服しかねますな」
気味の悪い声とともに天井が砕けた。破片とともに落ちてきたのは、大きくて黒い鎧だった。兜が丸っこくて、肩幅も広い。足下の地面が砕けているあたり、かなりの重さだろう。分厚そうなのに、繋ぎ目のようなものが見当たらない。
「私の領地と爵位を勝手にこのような女に譲り渡すなど、言語道断」
低い、男の声だ。聞き覚えがある。ドロシーが正解にたどり着く前に、国王が呻くように言った。
「貴様、カーネル・ロングホーンか」
ヴィストリアの父で、元・侯爵。『新結界』を私物化しようとした罪で爵位を取り上げられた。この前の騒ぎの時は領地にいて、大勢の騎士が捕まえるために向かったとは聞いていたけれど、ここまで逃げてきたようには見えない。目の前にいるのは、追い詰められた手負いの獣ではなく、冷徹に獲物を追い立てる狩人だ。
「侯爵ですな。陛下」
間違えていただいては困りますな、と鎧の下から笑い声がする。
「き、貴様、よくも顔が出せたものだな」
威勢はいいけれど少しずつドロシーの後ろへと回り込もうとしている。これが王様とは情けない、とドロシーは舌打ちしたいのをこらえる。
王宮のあちこちから爆発音と悲鳴が聞こえる。さすがにたった一人で敵陣に乗り込むほど無謀ではないようだ。このままでは貴族どもはともかく、エクスやおばあさんにも被害が及ぶ。
「お望みはご息女ですか」
ドロシーが前に進み出る。
「それでしたら、王宮の地下牢にいらっしゃいます。早く迎えに行ってあげてはいかがですか」
王宮内のウワサでは、カーネルは娘が大好きだという。ヴィストリアの奪還が目的ならば、さっさと返してやればいい。あの女がどうなろうともう関係ない。
「勘違いするなよ、小娘」
せせら笑う気配がした。ドロシーは眉をひそめる。顔こそ見えないがいやらしくて気持ちの悪い、貴族の笑い方だ。
「ヴィストリアには既に、配下を向かわせている。ワシの用は貴様だ」
背中の大剣をゆっくりと抜いていく。
「時間と大金を費やした『新結界』を奪い取った挙げ句、ロングホーン家から爵位と領地を奪い、愛するヴィストリアを牢獄に押し込めた。この屈辱、何としても血であがなわねば祖先に申し訳が立たん」
***************************************************