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「何故、貴様がここにいる!」


 国王陛下を助け起こした途端、メレディスが飛び起きる。ようやく起きたか、とエクスは呆れながら元の主を冷ややかな目で見る。這いつくばって気を失った振りをしていたくせに、助かったら威勢がよくなる。


「聖女様の指示でこちらに参りました」


 ドロシーとともに王都まで飛んできた後は二手に分かれた。魔法で国王陛下の危機を察知したため、エクスが救援に来たのだ。その際、筋力強化、敏捷性上昇、物理障壁、魔法防御、精神汚染耐性、魅了完全防御など補助魔法を何重もかけられたのには参ったが。


 ドロシーの名前を出したせいだろう。メレディスの顔が醜悪にゆがむ。


「あの女はどこだ!」

「外です」と天井を指さす。


「今頃外の魔物を殲滅している頃でしょう」

「馬鹿を言うな。あの無能にそんな芸当が」


 無能は貴様だ、と心の中でつぶやきながら国王陛下に肩を貸して階段を登る。魔物用の煙玉を武器庫から引っ張り出してきたのだが、人間には少々体に悪い。


「さ、陛下。こちらへ」

「おい待て。無視をするな」


 もちろん、待つもりは更々ないので無視して陛下ともども地上へと戻った。


 地上へ出ると小雨が降っていた。地面がぬかるんでいる。静まりかえっていた。


 ここに突入するときには王宮の近くまで魔物が入り込んでいたのだが、遠吠えやうなり声も壁を打ち破る音も聞こえない。人の悲鳴や怒号も。


 どうやら、ドロシーの魔法で倒したようだ。ほっとしたのもつかの間、瓦礫の崩れ落ちる音とともに魂を削るような咆哮が耳をつんざく。


 遅れて地上に上がってきた護衛の騎士に陛下を預けると、近くのハシゴを駆け上がり、城壁の上に出る。


「なんだ、ありゃあ……」


 雲に頭がかかるほどの、巨大な黒い獣が王都の外に迫っていた。落雷のような咆哮を上げ、二本足で歩いてくる。


「あんなデカブツがいつの間に……」


 あれだけの巨体がいたのなら絶対に気づいたはずだ。目を凝らすと、表面の毛皮に当たる箇所から黒い粒のようなものがパラパラとこぼれ落ちているのが見えた。エクスはそこで気づいた。粒に見えたのは一匹の魔物であり、あの巨大な魔物は幾万もの魔物の集合体なのだ。


「『合体』したのか」


 小魚が群れをなして巨大な魚に見せかけるように、魔物たちも集まり固まることで巨大な魔物に化けている。


 地響きがエクスの肌を振るわせる。一匹一匹は弱くても、あの『合体獣』の脅威は本物だ。生半可な攻撃は通用しないし、踏みつぶされれば、挽肉に変わる。おそらくドロシーの魔法から逃れるための本能的に固まったのだろう。


 そうだ、ドロシーはどこだ?

 焦りながら目で探す。いた。


 王都で一番高い塔の屋根の上だ。鋭く尖った不安定な屋根の上にもかかわらず、まるで花畑の上かのように悠然と立ち、巨大な魔物……『合体獣』と対峙する。


 『合体獣』が雄叫びを上げる。爆音に一瞬遅れて暴風が王都を駆け抜ける。エクスは吹き飛ばされないように体を沈めて踏みとどまる。


 ドロシーは無事か、と顔を上げると、華奢な体は微動だにしていない。髪や衣服がたなびくのを風に任せていた。


 『合体獣』が前屈みになる。背を丸め、隙をうかがうように下からドロシー見上げている。理解しているのだろう。どちらが格上か。


 身を寄せ合ったのは、一匹では勝てないから。巨大な魔物に化けたのは、せめて体格だけでも上位に立って威圧するためのハリボテだ。


 幾千幾万の魔物が、たった一人の女に怯えている。圧倒的な魔力を持ち、桁外れの魔術を扱う聖女に。


 これは、鼠と竜の戦いなのだ。


 ドロシーが手を上げる。その手に光の粒が急速に渦を巻き、集まっていく。何かしらの魔術を使おうとしているようだ。


 最早逃れられぬと悟ったか、『合体獣』が身悶えしながら駆け出す。城壁を踏み砕き、家屋や倉庫、教会に集会所、ありとあらゆる建物を破壊しながら突っ込んでくる。どす黒い口が開き、彼女が立っている塔よりも巨大な顎が迫っていた。


「『終末神聖(ラスト・ホーリィ)』」


 ドロシーの手から放たれた光の粒が『合体獣』の中に吸い込まれる。刹那、『合体獣』が胸を押さえながら苦しみ出す。


 その胸に光る渦のようなものが生まれていた。渦は急速に勢いを増し、巨大化していく。竜巻のように荒れ狂いながら『合体獣』をバラバラに引き裂き、削り取っていく。光の渦は既にその体を半分近くを飲み込んでいた。


 空に向かって雄叫びが上がる。先程とは違い、悲鳴にも苦痛の叫び声にも聞こえた。それを最後に『合体獣』の姿すら保てなくなり、散り散りとなった魔物たちは『終末神聖(ラスト・ホーリィ)』の渦に飲み込まれる。こぼれ落ちていた魔物たちも光の渦に吸い寄せられ、雲散霧消していく。


 やがて光の渦が消えた頃、王都に魔物の姿は一体もなかった。


「『癒やしの輪(ヒーリング・サークル)』」


 続けてドロシーが空に向かって手を伸ばす。するとドロシーの周囲を光の球体が包んだ。光の球体は急速に範囲を広げていき、王都を包んだ。


 傷ついた民や兵士たちの傷が癒えていく。やがて歓声が王都中に響き渡る。助かった喜び、魔物の消えた安堵と興奮、そして名も知れぬ(・・・・・)美女がもたらした奇跡を讃えて。


「あれは誰だ?」

「誰でもいい、あれこそ聖女様だ」

「本物の聖女様だ」


 ふわり、とドロシーの体が舞い上がる。発光しながら鳥のように飛んでくると、エクスの隣に降りて来た。


「大丈夫ですか」

 エクスが声をかけると、返事の代わりに胸に体を預けてきた。


「さすがに疲れました」

「……お疲れ様です」

 そっと肩を抱いた。

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