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blue screen of death(メレディス視点)


***************************************************


 何故、こんなことに。

 傷ついた二の腕をさすりながらメレディスは何度目かの自問を繰り返す。

 満を持して作り替えた『新結界』が機能しなくなっている。


 最初は一部に穴が空くだけだった、穴も小さく、ふさぐのも簡単だった。時たま穴の中に入ってくる小型の魔物を倒せば良かった。『新結界』に注ぐ魔力が足りないのだろう、と『聖女』役の魔力補充員を倍にし、大気や大地から吸い上げる魔力量も増やした。ところが時間が経つにつれて、穴は数を増し、数も今では二十を超える。


 王家直属の騎士団だけでは数が足りず、『新結界』内部の貴族も自分の領地を守るので精一杯。とうとう、責任を取らされる形で、メレディス本人まで魔物討伐に駆り出される羽目になってしまった。


 王都の東にある街道で、荷馬車を襲う魔物の群れと戦った。エイト侯爵家が雇った傭兵や、国王陛下(父上)直属の騎士団の助けもあり、追い払うことに成功したが、護衛騎士三名が餌食となり、メレディス自身も負傷した。


 くそ、と腹立たしさを紛らわすために土を蹴り飛ばす。虎の子の『新結界』は不調続き、自身の剣術は魔物相手に通用せず、護衛騎士は身を守るのに精一杯で助けにも来ない。おかげでこの高貴な血が流れてしまった。何もかもが上手く運ばない。何故こうなった。『新結界』に何が起こっている?


「ご無事ですか、殿下」


 白銀の鎧を着た、大柄な男がやって来た。騎士団長のキューゴだ。伯爵家の出身で実力も本物だ。騎士団でも随一の腕前だという。


「遅いぞ! 何故もっと早く来なかった!」

「すぐに王都までお連れします」

 意に介した風もなくさらりと受け流す。


「そこまで行けば治癒魔法の使い手もおりますので」

「何故今すぐ治療しない」

「使い手は西側に回っております。あちらは特に魔物の被害が多いので」

「今すぐ連れて来い!」

「ですが、もう治療は終わっているご様子」


 確かに腕には包帯が巻いてあるし、血も止まった。だが、まだ痛みは取れないし気分も悪い。


「あの魔物は毒もありません。いずれ元通りに動くようになるでしょう。どうか今しばしのご辛抱を」

 いくら急かそうと、のらりくらりとかわされる。多くの魔物を退けてきた歴戦の勇士で、国王からの信頼も厚い。


 たかが第三王子ががなり立てようと、地位も名誉も小揺るぎもするものか。いくらでも叫ばせておけ、という面が癪に障る。確か三十四歳だったか。年の頃もあの平民上がりと重なる。


「ならば今すぐ私を連れて行け」


 馬なら小半刻【三十分】もかからない距離だが、道中何が起こるか分からない。また魔物に襲われたら面倒だ。


「申し訳ございませんが、私どもはこれから南側の応援に参ります。殿下はどうかご自身の御家来とお戻り下さい」

「あんな能無し共役に立つものか」


 護衛の騎士どもは普段は大口を叩いておきながら、主の身すら守れない。傭兵どもはさっさと逃げ出してしまった。

 キューゴはため息をついた。


「ですからエクスをお手元に置いておけば良かったのです」

 恨みがましい口調に、メレディスは鼻白む。何故、ここであいつの名が出て来るのか。


「あれこそ役に立つまい。どうせ腰を抜かすか、尻尾を巻いて逃げ出すくらいが……」

「あの男は私より強いです」

 鉈のような断言に、メレディスは面食らった。


「護衛に名声は不要、と普段は実力を隠しておりますが、剣技も体術も私より一枚上手です」

「戯れ事を」


 稽古の時だって、メレディスに木剣で腕を打たれて、さっさと降参するような腰抜けだ。そのはずなのに、キューゴが冗談を言っている様子は見当たらない。


「稽古であれば、私の方が三本に二本は勝つでしょう。ですが実戦ならば逆になるはずです。特に、誰かを守るためならば、おそらく十に一つも取れないでしょう」

「……」


 信じられなかった。信じたくなかった。今まで馬鹿にしきっていたあの平民上がりが、隠れた実力者などと。


「あれは誰かを守ることに精力を注ぎ、考え、行動する男です。もしここに千を超える魔物が現れたとしたら、私では殿下を守り切れないでしょう。せいぜい天に召される時間を遅らせるくらいです。ですが、エクスならば命に代えてもあなた様をお守りしたでしょう。あれは、そういう男です」


 不敬だと怒鳴る気力もなかった。メレディスは耳を塞いでしまいたかった。それでは、まるで自分が家来の実力一つ見抜けない暗愚のようではないか。



 結局、メレディスはわずかな手勢ととともに王都へと戻った。途中、護衛の騎士どもが媚びた表情で、心配や気遣う言葉を投げかけてくるのが鬱陶しかった。


 真実メレディスを案じているのではなく、主を助けられなかった我が身を案じているのだ。それが分かってしまった今では、心地よいはずの阿諛追従もただの騒音にしか聞こえなかった。


 幸い、魔物に襲われることもなく、王都へと戻ってきた。二つの門をくぐり、あとは内門をくぐれば王宮だ。ふと空を見上げると、薄桃色の膜には虫食いのように穴が空いている。


 ほんの半年前にはまんべんなく、王都周辺を包み、守護する無敵の盾だったはずなのに、今となってはネズミを前にしたチーズのように頼りない。


 ふと結界の隙間、青空の部分に黒い影が差すのが見えた。訝しむ間もなく、四枚羽根の黒い鳥が群れをなして『新結界』の内部に侵入してきた。背筋の凍るような鳴き声を上げると、銛のように鋭いクチバシを光らせながら急降下して来る。


 叫喚が王都を駆け抜ける。


「まずい、魔物だ!」


 護衛の誰かが分かりきったことを叫んでいる間に、メレディスは急ぎ王宮へと馬を走らせる。全身からどっと汗が噴き出る。魔物が王都の中にまで入り込んできた。猶予はない。


 王宮には、『新結界』とは別に魔物よけのまじないをいくつも仕掛けている。あそこまで逃げ延びれば、何とかなるはずだ。大切なのは、この国で一番尊き血の流れる我が身である。だから町の者が魔物に襲われようが、混乱する町中で馬を走らせるために何人かを跳ねてしまったとしても、些細な話だ。


「殿下、お待ちください!」

「どうか我々もお連れください!」


 後ろからすがるように護衛の騎士どもが馬で付いてくる。

「知るか! 死にたくなければ、さっさと来い!」


 だが護衛の騎士とはどんどん差が開いていく。馬術ではなく、馬の差である。メレディスが乗っているのは、国でも有数の名馬である。父上に無理を言ってねだった甲斐があるというものだ。


 怒号や悲鳴の響き渡る中、ようやく王宮への門が見えてきた。あそこまで逃げれば、とほっとした途端、頭上に黒い影が差す。顔だけで振り返ると、不吉な怪鳥音を上げて、黒い鳥が急降下してくるのが見えた。


 鉤爪のような足で捕獲しようとしているのだ。今も町のあちこちで捕らえられた人間が空高く、持ち上げられている。その行く末がどうなるかなど、想像するまでもない。


 馬に鞭を入れて加速する。バケモノに捕まってたまるものか。だが、黒い鳥の速度は名馬をも上回っていた。高度を下げ、滑空しながらメレディスへと迫る。陰嚢が縮み上がる。


 ふと横に気配を感じた。護衛の騎士が青ざめた顔で馬を飛ばしている。恐慌をきたしているのは明らかだった。走り詰めで速度の落ちた名馬に並ぶと、そのまま追い抜こうとする。


「貴様ぁっ!」


 自分より先に逃げるとは何事か。半ば反射的に手にしたムチを護衛の騎士に叩き付ける。突然の攻撃にバランスを崩し、落馬する。どんと鈍い音がした。振り返ると、首の曲がった騎士の元に黒い鳥が何羽も殺到していた。


「バカめ。私より先に逃げる奴があるか」

 忌々しそうにつぶやきながら、主のいない馬とともに王宮の門を潜り抜けた。


「早く閉めろ!」

 馬から下りるなり門番に命令する。


「し、しかしまだ外には兵士が」

「知った事か!」


 のろまなのが悪い。それでも閉めようとしない門番に、メレディスは剣を抜いた。


「早くやれ!」


 強引に門を閉めさせる。閉じていく門の間から護衛騎士だった男たちが見えた。絶望に沈む顔を一瞥すると、メレディスは背を向けた。


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