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いってきます

作者: 語部創太

 家を出てふと空を見上げれば、満点の夜空であった。

 いかに夏と言えども、朝4時半ともなれば空に日が射さずとも不思議なことではない。




 我が家があるこの住宅街も、すっかり静けさに包まれている。未だ白熱電球の街灯がジジッと唸り声を上げる以外には物音ひとつしない様は、日中の喧騒を知る私からすれば異様とも言える様相である。


 我が家の向かいにはそろばん塾がある。私は幼少の頃より一度として足を踏み入れたことのないその場所は、夕刻より開かれた扉の奥から聞こえてくる童子たちのはしゃぎ声で賑やかなのに対し、今その扉は固く閉ざされすっかり静まり返っている。


 我が家の前には、畑がある。いったい何を作っているやら、農耕経験のない私には皆目検討もつかないが、そこに枝豆が植わっていることだけは知っている。毎年御裾分けと称して渡される枝豆は非常に美味であり、茹でて良し、米と一緒に炊きあげて良し、麦酒のおつまみに良しと正に最強の食材である。

 農家の朝は早し。毎朝6時半に出勤のため家を出れば、何やら土いじりをしている壮年の男性を見つけることが出来る。とはいえさすがにこの時間帯、さすがの農家と言えども今はまだ厚い布団を蹴っ飛ばし腹を出して夢の中であろう。


 我が家から自転車で数分のところには製紙工場がある。私が残業でヘトヘトになりながら帰った深夜23時にも電気が点き、中からうっすらと機械の動作音が漏れ聞こえているその工場も、今は暗く静かだ。




 家を出て自転車を漕ぐこと30分と少し。空が明らみ鳩がデーデポッポポーと奇怪な鳴き声を響かせたと思えば、次に聞こえてきたのは野球の応援団と間違うような蝉時雨。

 急に喧しくなった世界に耳をしかめつつ、私は最寄り駅に到着した。


 駐輪場に自転車を止める。無人券売機は故障中のため、ご老人が100円硬貨と引き換えにホチキスで後輪付近のフレームに券を止めてくれた。

 駅のホームに上がり電車を待つ。始発まではあと20分前後ある。その間にも段々と明るくなる空とにらめっこをしていれば、私しかいなかったホームはすぐに人でごった返すようになる。この暑い日に朝も早くからスーツで出社するサラリーマン、どこに向かうのか団体でごちゃごちゃ喚いているご老体集団。遠くの学校に通っているのか、はたまた部活の朝練か。大きな鞄を背負う女子学生の姿も見える。


 周囲を見物していれば、いよいよともって電車が唸りをあげてホームに停止する。窓越しに見えるのは既にギチギチに詰まった人の群れ。


ああ、今日も憂鬱な1日になりそうだ。内心ため息を吐きながら、私は職場までの片道電車に足を踏み入れたのだった。

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