飛んで火に入る夏の虫。
NiO様の企画した、NiOさんチャレンジに参加させていただきました。
蟻地獄、というものがある。
厳密には「もの」ではなくアリジゴクという名前の虫なのだが、そいつが作った蟻の体液を喰うためのすり鉢状の穴をそう呼ぶことも多い。
幼いころの私は、大変、大変それに興味があった。
こんなことを思った理由は全く覚えていないが、蟻地獄を作って蟻を嵌めれたらどれだけ楽しいのか、などといつも考えていたのである。
もちろん(道徳的にちょっと駄目なので)考えていただけで実行には移していなかったのだが、ある日。
家の近くの大きい公園に連れて行かれたときのことである。
母が井戸端会議のために「大人しくしていてね」と私に言い残し、私を砂場に放置して。
手持ち無沙汰になってしまった私は砂場にぼんやりしゃがみこみ、砂場のサラサラな砂をジーッと眺めていた。
すると、黒い、黒くて小さな虫が這い回っているのが見えた。
蟻である。
それまで私が蟻地獄を作らなかったのは、「親に怒られそう」という思考からくるものであり、つまり。
(だれも、みてない、よね………)
そう考えて蟻の進行方向にすり鉢のような穴を掘ってしまったのは、不可抗力のようなものであったのだ。
だが、この蟻、なかなか穴に落ちない。
仕方なくその辺に落ちていた木の棒で蟻を追い落とし。
ばたばた。ざーっ。
なんとも言えぬ快感であった。
落ちるものかともがく様に喜悦を感じ、無駄な抵抗となって底に飲み込まれていく様子を見て嘲笑を浮かべ。
だが。
(たりない………)
それだけでは、当時の私は満足がいかなかったのである。具体的に言うと、あの程度では蟻が死ぬほどの威力はなかったし、数が足りなかった。
もっと、もっと。虐殺したい。惨殺したい。
そんな不満が浮かんだが、すんでのところで「生き物を死なせちゃいけません」という母の言いつけを思い出し、蟻に水をかけるために水道へ向かいそうになっていた私の足が止まった。
(そうだ、だめなんだった………)
幼稚園にもまだ入っていないほどの年齢の子供からすると、母親の言うことは絶対である。それから蟻地獄を作ることは、ついぞなかった。
………ら、よかったのだが。
当然のごとくそんなことはない。
実際は、少し思い止まってから周りに人が誰もいないことを思い出して、我慢が出来ず思いっきり蟻に水をかけた、というのが真実である。
もちろん蟻は死ぬ。
数秒経ってから完全に動きを止めた蟻を満面の笑みで眺めていたのが自分でもわかった。
それからはもう、ご想像の通りだ。
あっさりと弱小生物を殺せることがわかり、私は味をしめた。日常的に蟻を殺すようになっていったのである。
1日に1匹から、3匹に。3匹から5匹に。5匹から10匹に。
だんだんと蟻の死骸は増えていき、無論すぐに両親にバレた。
「なんでこんなことをするんだ!!」
父が怒鳴り、母が喚いた。しかし、私はやめなかった。蟻を殺す悦楽がまるで麻薬のように私の体を蝕み、まあ有り体に言うならやみつきになっていたのだ。
そしていつの間にか両親は私が蟻を殺していても何も言わなくなり、私が小学生になるまでその虐殺は続いた。逆に言うと、小学生になった頃に私は蟻の虐殺をやめることができたのである。
「お前、自分の顔見てみろよ」
その理由がこの言葉。
いつものように蟻に熱湯をぶっかけたりだとか足で踏み潰したりだとかライターの火に寄ってきた蟻を燃やしたりだとかやっているときに従兄弟が言ってきたのがこれだ。
「………?」
興奮も冷めやらぬまま、しかし私は蟻の分は親族の言うことを聞こうと思っていたので鏡台に向かう、と。
「えっ………」
邪悪。そう言っても過言ではないほどに醜く笑みの形に歪んだ顔。
その顔は、普段見飽きた自分のものであった。
「な? お前、そろそろそんなことやめろよ」
あまりにあまりな顔に私が絶句していると、従兄弟がこう言ってきた。
蟻を殺しているときの私は、あまりにも醜怪な顔で。
「………がんばる」
私は従兄弟にそう返事をした。
それからはどんなに嗜虐心が湧いてこようとも自制心を全力で働かせ、ついに小学生になったときには蟻を見ても踏み潰そうと足が動かないほどまでに成長していたのだ。
だが、だからといって私の心のもどかしさが除かれる訳ではない。私は自分のそれを発散させるため、趣味を作ろうと切磋琢磨していくことになった。
読書。駄目だ。私が変人なせいかは知らないが共感出来ないので面白くない。
運動。もっと駄目だ。普通の幼児が運動していたのであろう時間に蟻を蹂躙していたせいだろうが、私はあまり、というか凄く運動神経が良くないので面白くない。楽しくない。愉しくない。
そんな風に探していく過程で選択肢をすべて失った私は、選択肢を増やすために周囲の同級生を観察していて気付いた。
人間観察って楽しくね?
こんな人で、こんな性格で、これが好きで。そういう、人間の個人情報を読み取ることがどうしようもなく楽しく感じられたのだ。
だが、それもすぐにつまらなくなった。
私が好きなのは観察して知っていく過程であって、知った後の人間は、こう言うのもなんだが用済みだからだ。
観察するなら、私がまったく知らない他人がいい。そう思った私は、それはもう悩みに悩んだ。どうやって観察しようかと。
そして自分では何も決められないことを悟り、従兄弟に頼ることにした。
中学生と小学生だ、私とは発想力が違う。
「環状線でずっと人を観察しとくってのは、どうよ」
その結果出てきたのがこの案だ。
ちょっと意味がわからなくて聞き返すと、要するに、環状線でずっと同じところをぐるぐる回っていたら毎回違う人が乗り降りするからそれを観察したら? ということらしい。
一理ある。いや、一理どころか十理ある。
確かにそれなら毎回知らない人を観察出来るだろう。
出来れば平日にしたかったが、学生だから仕方ない。日曜日で妥協することにした。
そして、環状線での人間観察初日である。
昼だからあまり人は乗ってこないが、観察するのにはちょうどいい人数だ。
あのサラリーマンは目に隈がある。社畜という奴だろうか。なら、昨日は会社で泊まりだったとかそんな感じかな。仕事が無くなったら絶望しそうだ。
あの女の人………は乗り込んでこないみたいだ。ニコニコ微笑みながらこちら側を見ている。
鉄道オタクみたいなアレだろうか。そう思っていると、あることに気が付いた。
同じような人が、どの駅にもいる。
ニコニコニコニコこちら側………いいや、私を見ている。
もしかしたら同一人物かもしれないという考えが頭をよぎったが、いやいやそんなはずがないとすぐに否定した。
だが、やはり気になる。
髪が長くてニコニコしてる女の人、と特徴を頭に叩き込んでおき、女の人がよく見える位置に移動。
すると。
(あれ、やっぱり同じひ………え?)
笑みを、深めていた。見覚えのある笑みだ。
そしてゆっくり、ゆっくりと乗り込み口に近づいてくる。
反対側の。
反対側だからこっちには来れない、よかったと思いかけて、恐ろしいことに気付いた。
これは環状線で、ぐるぐる回っていて、そして。
次止まるのは、あそこだ。
(電車に入ってくる、つもり………?)
そのことに気付いた瞬間、私は閉まりかけているドアに体をねじこんで電車を降りていた。
恐怖にもたつく足を一所懸命に動かし、改札口を出る。
環状線を使わずに帰る方法を知らないせいで歩いて家まで帰る羽目になったが、あのまま電車に乗り続けているよりは、きっとマシだっただろう。
だが、一人で歩く道が心細くなかったかと聞かれれば、全然そんなことはなく。
「どうした、お前」
這う這うの体で家に帰って従兄弟がそう言ってきたとき、私は溢れる感情の奔流に耐えきれず、久しぶりに号泣することになったのだった。
(あんなこともあったなあ)
あれ以来まったく乗らなくなっていた環状線に乗りながら、昔のことを思い出していた。
向かいのホームからニコニコと笑顔でこちらを見つめている従兄弟を見ながら。
従兄弟は、私が中学に入る頃に線路に飛び込んで自殺した。
無視、暴言、挙げ句の果てには殴る蹴るの暴行など、酷いいじめがあったらしい。
そしてその飛び込んだ線路は、ちょうどここの………環状線の線路だったんだとか。つまり、あの従兄弟に見える何者かはもう死んでいるわけだ。
そんな私の思考など露知らず、従兄弟は向かい側のホームでニコニコしている。成長するにつれだんだんと表情が暗くなっていったからあまり覚えていないが、従兄弟が笑った顔はあんな感じだったような。けれど、どことなく拒絶する感じも漂っているような気もする。
ずっと、ずーっと眺めていたら、前の時と同じように従兄弟が少しずつ乗り込み口に近付いてきた。
乗り込み口までの距離と反比例していくように、従兄弟の表情はだんだん暗くなっていく。前とは違って。
『くるな』
口が、なんとなくそう動いたような気がした。
(………ごめん、にーちゃん)
申し訳なさが溢れ出てきて、心の中で謝る。
でも、駄目なんだ。楽しくないんだ。愉しくないんだ。まだ、殺し足りないんだ。
虫を。
今度はもう電車を降りるつもりはない。従兄弟のいる乗り込み口に停車するまで待つつもりだ。
そして、ついに。
ドアが開く。この世の終わりのような表情をした従兄弟が、こちらに向かってくる。
「うん、じゃあ、行こうか」
そう言って微笑んだ私に、もう生きてはいないのだろう従兄弟は驚愕と、絶望の眼差しを向けた。まあ、うん。わかっているのにわざわざそちらへ逝ってしまうのは、許してほしい。
(………だって)
あの、昔見た女性の笑みを思い出す。
愉しそう、だった。私が蟻を殺していたときの嗤いに、よく似ていた。
………ああ、あっちはきっと、こんなクソみたいなところより、ずっと楽しいに違いない。
従兄弟が死んでから、両親からの暴力を受けながら、ずっとそう思っていたのだ。ずっと、あの女性への羨望を胸に、生きてきたのだ。
だから、仕方ない、じゃないか。
蟻を殺すのが愉しかったんだから、人を殺すのも同じくらい愉しいんだろう。
罠にかかる愚かな虫達を殺すことは、きっと。
その快楽を想像し、恍惚な笑みを浮かべた。
私は嗤っていた。愚かにも、わざわざ火に飛んできた蟻を。飛んで火に入る夏の虫を。その喜悦は、今でも私の体を蝕んでいる。
あの女性と、そして蟻を殺していたときの自分と同じ嘲笑を顔に浮かべて、従兄弟の手を叩いた。
………だから、だからね。にーちゃんは、こっちに来ないでね。
「バトンタッチ、ってね」
ばいばい。
◇◇◇◇
某日。
あたしはいつもの如く環状線に乗り、会社へ向かっていた。
なんだか周りから冷たい視線を感じると思ったら、前にくたびれた様子のジジイがいる。あ、そういえばここ、優先座席だったか。
思わず舌打ちしそうになったが、電車の中なので抑えた。
(これだから、老害は嫌なんだよ………)
世間の役に立たない奴らが未だ当然のような顔をして生きているのが、堪らなく不快だ。『これだから今の若者は〜』とか言ってないで、さっさと死ねばいいのに。
もちろん席を譲る気はない。正面に立つジジイを見て不快になった気分をリフレッシュさせようと、窓の外に視線を向けると。
(何、あの子………)
ニヤニヤしながらこちらを見ている高校生くらいの女の子がいた。
向かい側のホームにいるから入ってくる心配はないが、不気味だ。今日は厄日かもしれない。
気持ち悪くなって携帯を取り出し、その少女が見えないようにする。
憂鬱な出来事が二つも重なって、やる気が出なくなってしまった。
そうだ、と思いつく。
(ズル休みしよう)
どうやって休もうか。ペットが死んだとかでいいかな。
上司が納得しそうなうまい言い訳はないかと考えを巡らせていると、さっきまで反対側のホームにいたはずの少女の顔が目の前に───
ある環状線には、都市伝説がある。
ニコニコこちらを見つめてくる人がいたら、たとえそれが見覚えのある人でもすぐに電車を降りなければならない。
降りなければ、『あちら側』に連れて行かれるのだ、という様な。
そんな都市伝説を検証するためにその環状線に乗る人も少なくないが、目撃情報は人によって異なるそうだ。
ある人には、OLが助けを求めるような表情で。
またある人には、幼稚園にも入っていないであろう幼児が無邪気な笑顔で。
そしてある人には─────まるで暴れる虫を残酷に殺す幼子のような、楽しげな表情の、高校生が。
見えていたという。
三つ子の魂百までって話。
登場人物紹介
私
弱小生物を虐殺することに愉悦を感じるちょっと頭のネジが外れた人。幼い頃に味わった快楽を忘れられず、『あちら側』に逝ってしまった。
従兄弟
「私」の従兄弟。いじめに耐えきれず自殺。
両親
虐待クソ親。「私」が失踪しても特に気にしないし、逆に「養育費が減った」と大喜びしているかもしれない。多分いつか『あちら側』に連れていかれる。
NiO様の作品はとてつもなく素晴らしいので、是非読みにいってくださいな。
深海の駅
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読んでくれてありがとうございました。