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第7話 新人捜査官は、推理する。

 今から一週間程前、貴族街にある下級貴族、サー・コンスタンティヌス・ホノリア、ナイト(一代貴族)邸にて当主のサー・コンスタンティヌス、ヒト種43歳が変死体で発見された。


「遺体発見者は、下働きのメイド、ヘレナ。夕食に来ない当主を呼びに行って、倒れておった当主を発見したとあるのじゃ」


 その現場は、僕も覚えている。

 異世界では見慣れないモノが発見されたので、連絡を受けてキャロリンと僕は急遽一緒に現場へ行った。


「遺体の左腕には注射跡、とかいうモノが残っておって、そこには注射器とかいうものが残っておったのじゃ」


 遺体は既に死後硬直が始まりつつあり、足元にはプラスチック製の使い捨て型注射器が落ちていた。


「その注射器とかいうものには、……。えーっとタケや。ここから説明を頼むのじゃ!」


 科学系に慣れていないリーヤじゃ説明は難しいだろう。


「では、警部補から説明を引き継ぎます。注射器ですが内容物はマヤク、正確には覚せい剤のアンフェタミン・メタンフェタミンでした。」


 僕達が現場入りした時点で、既に現場は荒らされていた。

 科学捜査というものを知らず、救命を優先すればそうなるのもしょうがない。

 しかし、証拠は何処かに必ず残っているものだ。


「ご遺体をAi(死亡時画像病理診断)及び司法解剖した結果ですが、サー・コンスタンティヌスの死因は覚せい剤のOD(過剰摂取)による血圧異常上昇を原因とするクモ膜下出血です」


 地方等では監察医という司法解剖をする医師は少なく、事件性があるにも係らず解剖をしないために異常が発見されない場合もある。

 それをカバーする為に、ご遺体をCTやMRIにかける事で画像より死因を判断するAiオートプシー・イメージングが近年各地で行われるようになっている。

 ウチではキャロリンが司法解剖をしてくれるので、助かってはいるけど。


 ……仕事の関係で解剖の現場に行く事も多いけど、僕は未だに慣れないなぁ。


「なんじゃ、そのクモ膜下出血とか、カクセイザイとかいう薬は?」


 リーヤが手を上げて、説明を求める。


「医学的なお話はワタクシから致しますわ」


 キャロリンが説明を代わってくれた。


「クモ膜とは、頭の中、ふわふわした脳、ちょうどこのお豆腐みたいなのを守る為に包んでいるカバーです。この膜の下で血管が破れて出血が脳内にいっぱいたまると頭蓋骨で抑えられている中は圧力、ようは溢れる血の勢いでパンパンになちゃいます。あまりパンパンになると豆腐みたいな脳が壊れて、生きていくのが出来なくなります。これがクモ膜下出血です。たぶんガイシャは殆ど即死だったでしょう。お薬関係はタケに任せますね」


 見事に簡単で理解しやすい説明。

 ちょうどさっき食べた豆腐を使う事でイメージが皆に分かりやすい。

 因みにクモ膜下出血の患者の脳内をCTで見ると脳内の隙間、シルヴィウス裂が血液で埋まるので診断しやすい、と僕はキャロリンに聞いた。


「はい、では続けます。覚せい剤とは麻薬の一種、精神、心に影響を与える薬物で、簡単に言えばキモチ良くなる薬ですね。脳の中にある気持ちよさを与える成分と似ていて、使えばキモチは良くなります」


「心に響く薬とは恐ろしいのぉ。で、キモチ良くなった後はどうなるのじゃ?」


 さすがリーヤ、既に反作用まで気が付いている。


「はい、薬が切れたら反動で幻覚や(ウツ)、気分がとことん落ち込む、等を起こします。更に薬に身体が慣れて薬が効きにくくなっていきますので、どんどん使用量が増え、最後には薬物依存症、薬がやめられなりますから精神を破壊されて廃人となるか、致死量まで使用量が増えて死ぬかのどちらかです」


 薬物依存患者の末路を聞いた異世界の方々は、顔が青い。


「最近、地球からヤクザやマフィア等の犯罪組織がこちらにも持ち込んでおり、貴族の間で使われているという話もあります」


 お金が沢山あって上客になる貴族を相手に薬物ビジネスをするヤクザ。

 地球ではマネーロンダリング対策や暴力団対策法等により、裏のビジネスを行う組織が動きにくくなっている。

 しかし、まだ警察組織が未完成なこちらでは、悪行もやりたい放題。

 ということで、こちらに進出している犯罪組織も多くあり、僕とリーヤが銃撃に巻き込まれたのも地元組織と、進出組織の山西組との抗争であった。


「今回の変死なされたサー・コンスタンティヌスですが、髪の毛からは簡易検査ですが薬物は検出されず、過去に覚せい剤を使用した痕跡はありませんでした」


 薬物使用をすると、成分が髪の毛にも残る。

 髪の毛を分析して覚せい剤が検出されなければ、過去に使用していない事になる訳だ。


「体内から大量、致死量の薬物が検出され、それは簡易検査では注射器に残った残留物と一致しています。注射痕もあることから、注射器から致死量の薬物を摂取したのが死因に間違いありません」


「つまり、いきなり死ぬ量の薬物を慣れない注射を使って被害者(ガイシャ)は摂取したという事かしら」


 マムは、核心をついてくる。


「はい、そういう事です。更に犯人(ホシ)は大きなミスをしました。注射器には指紋が残されていませんでした。ガイシャが注射を打ったのなら、ガイシャの指紋が注射器に必ず残ります」


「死に掛けの人間が指紋をふき取る訳も時間も無いでござるね」

「ええ、そんな事出来るのなら助けを呼んでいる事でしょうし、実際脳出血で即死だった様です。更に綺麗に指紋をふき取った痕跡が残っていました」


 ヴェイッコも事件の様相が見えてきている様だ。

 大半の異世界人は、指紋を捜査に使う事を知らないはず。


「タケ坊、つまりホシは地球と関係あるという訳かい?」

「おそらくは。少なくとも指紋が残ると捕まる可能性がある事を知っている人ですね」


 ギーゼラは、犯人について詳細に想像しており、実に良い読みだと思われる。


「怖い事件ですぅ。犯人は一体こんな事をして何をしたいのでしょうかぁ」


 事件慣れをしていないフォルは、怖がる。


「大丈夫じゃ、フォルちゃんには此方(こなた)達がおるのじゃ! しかしガイシャは貴族とは言え、ナイト称号では一代、せいぜい二代程度の短期モノ。遺産とかもそう多くはないであろう?」


 リーヤは横に座るフォルを慰めながら、犯行理由を探す。


「今のところの情報では、殺人事件である事までしか分かっていません。犯行理由はこれからの情報次第ですね。もうすぐ詳細検査結果が分かります。そうすれば薬物の出所が分かるので、ホシに繋がる情報が出る可能性があります。僕からの説明は以上です」


 僕からの説明を受け、マムは指令を出した。


「では、タケ。いや、モリベ巡査。説明ありがとう。検査結果が出て薬物が凶器と一致した事が確認出来次第、警察に逮捕されている山西組の構成員へ尋問を行います。同時に現場屋敷、周囲歓楽街や貴族街での聞き込みも行いますので、明日から皆さん頑張ってください!」

「イェス・マム!」


 ……さあ、僕が異世界に来て初の大事件だ。絶対解決してやるぞ。


 僕は、現場で泣き叫ぶ幼い姉弟(きょうだい)の姿を思いだした。

 それは、父を亡くした時の自分と妹の姿に重なるようで、僕は気になってしまう。

(追記)

 今回は、作中の検死で使われましたCT、MRIについて解説を致します。

 共に現在の医療では無くてはならない医療診断機器。

 新型コロナウイルス感染症でも独特の肺炎症状を確認するのに大活躍していますね。


 両方の機器とも体内を切り取ったかの様な画像を映すことが出来ますが、原理が全く違います。

 また、得意不得意があるので、用途にあった使い方をしています。


1:CT

 コンピュータ断層撮影の意味。

 放射線(主にX線)を用いて体内を走査して断層状な映像を得ています。

 X線を使用する関係で、放射線被曝をするリスクはありますが、有用な体内情報を患者に苦痛を与える事無く得ることが出来ます。

 得意分野として、骨、肺、消化器官、出血部の確認があります。

 MRIよりも短時間に検査が出来、体内に金属部品がある場合でも使用出来ます。


2:MRI

 核磁気共鳴画像法の意味。

 特定の原子(水素や炭素13、リン31、ナトリウム23等)は、強い磁場を掛けることで原子核が歳差(さいさ)運動(みそすり運動、コマが止まりかけの時に首を振る現象)を起こします。

 この時に歳差運動と同じ周波数の電磁波をかけると磁場と原子核の間に共鳴、核磁気共鳴が発生します。

 共鳴時には電磁波の吸収若しくは放出が行われますので、それを検出するのがNMR(核磁気共鳴分析)です。


 閑話になりますが、このNMRで有機物質の構造を調べることが出来ます。

 作者は大学時代に、有機合成した結晶のNMRを苦労して採取しました。

 ええ、だって一向に結晶化しないんだもん。


 さて、このNMRを使用して体内に多く含まれる水分の水素に注目して、体内の水分量の差を断層映像化したのがMRIです。

 利点として被曝をしない、水分が多い軟部組織が詳しく分かるなどがあります。

 欠点として、構造上機械が大きな音を出す、検査時間が長い、超伝導電磁石の冷却にヘリウムが必要、体内に金属部品(ペースメーカー、入れ歯、人工関節、金属染料使用の刺青)があると使用できない、機械が高額である)などがあります。


 因みに2020年の世界的ヘリウム不足は中国でのMRI増加も原因の一因です。

 (他にはアメリカの輸出禁止、アルジェリアの政情不安定など)

 作者も第5話で紹介したGC/MSによる分析でヘリウムガスを使いますが、とても困っています。


 おまけ話としてヘリウム。

 ヘリウムは、地球上では地下資源として天然ガスや石油と共に採掘されます。

 ヘリウム自体軽すぎて地球の重力では捕まえきれず、大気中には殆ど存在しません。

 光ファイバーの製造、GC分析、バルーン、そして超低温冷却など科学的に重要な戦略物資です。

 由来ですが、地中に存在するウラン鉱石等がアルファ崩壊をした際のアルファ線。

 アルファ線こそ、ヘリウムの原子核なんです。

 地中で発生したヘリウムはガス田や油田など地盤の隙間に溜まり、これを採掘して使っています。

 なお、ガンダムで木星からもって帰ってきているのは、核融合に使うヘリウムの同位体ヘリウム3。

 私達が使っているのはヘリウム4(原子量4)です。


3:Ai

 死亡時画像診断の意味。

 病院以外で死亡した場合事件性が考えられますので、通常は警察で検視が行われます。

 ここであきらかに病死と判別できなかった場合検死になるのですが、現在検死を行う司法医師が数少なく地方によっては存在しない場合もあります。

 これでは、事件性のある「死」を見逃すかもということで、行われ始めたのがAi。

 日本は世界的にも多くのCT・MRIを所有しているので、これを用いることで司法解剖を行わずとも、病死かどうかを判別するようになりました。

 主にCTを用いることが多く、既に御遺体なのでX線による放射線被曝を考える事も無く、強いレベルでの測定が行われ、多くの死から死亡原因を見つけることに成功しました。


 今回の事件の場合は、直接の死因は、脳内くも膜下脳動脈瘤(どうみゃくりゅう)破裂に伴う大量出血による頭蓋(ずがい)内圧力急上昇による呼吸中枢神経等の停止。

 画像検索をしてもらえば見られますが、くも膜下の窪みにヒトデ型(通称ペンタゴン)の画像がCT・MRIともに見られます。


 以上、医療診断機器とAiについて解説してみました。


 ふむ、今度この解説部分だけ取り出してみようかな?

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