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第5話 新米保安官は、水を綺麗にする。

「とりあえず、この家で飲む水は確保しましょう。他の家もおいおいなんとかしますし、皆さんの状態を確認しましょう」


 僕は、ギーゼラの実家にある工房で蒸留水製造用のユニットをくみ上げる。

 ここなら(かまど)もあるし、水を引き込むのにも便利だ。


「タケっち、一体これは(なん)だい? それとお父ちゃん達の病気はどういう事なのさ?」


 少し元気が出てきて、いつもの調子に戻ってきたギーゼラ。

 僕の行っている作業を興味深く見ている。


「これはね、蒸留水を作る器具なんです。ドワーフ族では酒を強くする、火酒にするのに酒を温めてから出てきた蒸気を集めていますよね」


「うん、そうするってアタイも聞いてるよ。この村にもその施設があるね」


「それは水とアルコールではアルコール、この場合はエチルアルコールの方が沸点、蒸気になるのが早いのを利用しています。アルコールが多い蒸気を集めて冷やせばアルコールが多い水が出来ますね。後は、これを中を焦がした酒樽に入れて保管すれば酒樽から溶け出た風味がつきますし、香りつけの実とかを入れますよね」


「タケって酒作りにも詳しーんだな。アタイもなんとなくだけど知っているよ。で、それとこれはどういう関係かい?」


 ドワーフ族なだけに、ギーゼラは火酒作りを知っている。

 なら同じ原理の蒸留水作りを説明するのは簡単だ。


「お酒を火酒にしていると、火酒側にはアルコールと水が、お酒の方には水と他のモノ、雑多な風味とか渋みとかの蒸気にならない成分が残ります。では、ここの毒が入った水を火酒作りと同じようにしたらどうなりますか? 今回の毒は金属なので蒸気にはなりません」


「うーん、毒は蒸気にならないのなら、蒸気は水だけだよね。あ、そうか。綺麗な毒の無い水が作れるんだ!」


「お見事です。流石、ギーゼラお姉さんは賢いです!」


「タケっちったら。アタイ褒めても何も出ねーぞ。褒めるんなら頭の一つでも撫でてくれや!」


 ……あれ? ギーゼラさんも僕に甘えているのかい?


「はいはいです。今はリーヤさんが居ないので、存分にナデナデしてあげますね」


 僕は、ギーゼラの頭を優しく撫でた。


「なんかタケっちって弟みたいな時とお兄ちゃんっぽい時の両方あるね。アタイ、今回は本当に困ったんだよ。村全体が病気になって誰も何が原因なのか、感染(うつ)る病気かも分からないし、どう治療したら良いのかも分からなかったんだ」


 ギーゼラは、涙目で僕を見上げる。


「そんな時、タケっちの事を思い出したんだ。タケっちなら、なんとかしてくれるんじゃないかって。本当に助けに来てくれるんだもん、ありがとう」


 ギーゼラは、また泣く。


「はいはい、泣くのはココまでですよ。ギーゼラさんには元気で居てもらわないと」

「うん、あんがと。あ、さっきから言っているけど、お父ちゃん達の病気は毒水を飲んだからなの?」


 ギーゼラ、やっと話のつながりに気が付く。


 ……かなり気を張っていたんだね、ギーゼラさん。


「ええ、まだ簡易検査段階ですが、この村で飲用に使っている水は毒、カドミウムに汚染されています」


  ◆ ◇ ◆ ◇


「キャロリンさん、村全体の状況はどんな感じですか?」


 蒸留装置を組み立てた僕は、一旦ギーゼラの家の工房から離れて、村の広場で診察をしていたキャロリンに状況を聞きに赴いた。

 点滴等の準備をフォルと一緒にしているキャロリンは、僕に日本語で話す。


「そうね、今のところ骨に障害が出ている人は少ないわ。流石は頑強なドワーフ族ね。ただ、貧血の人は多いから、急いで手を打たないと神通川(じんつうがわ)二の舞(にのまえ)ね」


 日本は富山県神通川流域で発生した鉱毒、カドミウム中毒によって起こった公害病、それが「イタイタイ病」。

 カドミウムによる腎機能障害とビタミンD障害による骨軟化症と酷い貧血。

 医者が脈を取る為に腕を持ち上げただけで骨折をするほど骨が脆くなり、最後は貧血と腎不全、骨折から来る寝たきりからの誤嚥性肺炎等で亡くなる、恐ろしい病気だ。


「ええ、日本人の僕が絶対忘れてはいけない公害病ですから。でもこの村の飲料水は井戸ですよね。井戸でヒ素が出た事例は知っていますが、カドミウムがどうして出るのでしょうか? 鉱脈から出るのなら、もっと以前から発病しているでしょうし」


「ワタクシは井戸は専門外だから、あくまで仮説ですが鉱山廃水が地下に浸透しているのでは無いですか? 川に流すだけで無く、地下に捨てているかもですわ」


 ……これは鉱山の現場を見ないと判断出来ないよね。


「では、マムと相談して鉱山へ視察へ行きましょうか」


 僕はマムに相談すべく、再びギーゼラの家に戻った。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「まさか、お貴族様が見舞いに来られるなんて。申し訳ありません。こんな『あばら家』に来てもらうなんてとんでもない事です」

「ええ、申し訳ありませんです」


 ギーゼラの両親は、キャロリンによって処方された栄養剤・利尿剤の点滴と各種投薬で少し楽になったのか、ベットから起きだしてきている。


「いや、ここは私の領内では無いが、盟友が治める地で留守の際の管理補助も頼まれておる。だから、私の領内も同じさ。領民の苦しみは領主の苦しみでもある。気にせず、今は元気になることを優先させなさい」

「ええ、ザハール様の言う通りですわ。今は魔族だ、ヒトだ、ドワーフだと言っている時代ではありません。皆助け合い、より高みを目指すのです。ですから、まずはお身体を治して下さいませ」


「もったいないお言葉でございます。ギーや、一体これはどういう事なのか? お前、いつのまに御領主様と知り合いになったんだ?」


 ギーゼラの両親はびっくり顔だ。

 いきなり隣領の領主ご夫妻が一般の民のところに見舞いにくるのだから、普通はあり得ない話だ。


 ギーゼラの父、グルルフは武具鍛冶一般、村でも有数の腕らしい

 ギーゼラの母、ゲルタは鍛冶手伝い、元気な時は肝っ玉お母ちゃんっぽい。

 共にヒト族なら40歳代半ば、ただ男性は成人したら年齢不詳のヒゲもじゃ、女性は比較的若いままでいる事が多いドワーフ族なので歳の差夫婦に見えるのは、しょうがない。

 ギーゼラの家は弟も含めて4人家族、弟のハイノはヒト族ならまだ10代前半、今は父親の元で修行中、家督と家業は彼が継ぐらしい。


「お父ちゃん。それはね、同僚に領主様のご息女(そくじょ)がいるの」

「そうじゃ、此方(こなた)こそが、お父様の次女にして警部補、副保安官のリーリヤじゃ!」


 ドヤ顔で自己紹介をするリーヤ。


「これ、病人の前で大騒ぎするではない! すまぬな、ウチの娘はバカですから」

「お父様ったら、此方を毎度毎度バカ呼ばわりするのはイヤなのじゃぁ!」


 軽くリーヤの頭を小突くザハール。

 それにいつも通り文句を言うリーヤ。


「あら、いつもの事じゃないの、このバカ娘は。リーヤ、少しは令嬢らしい御淑やかさを覚えてくださいな」

「お母様も、此方を遊ぶのではないのじゃー!」


 更にエカテリーナからダメ押しされて叫んでしまうリーヤであった。


 目の前で繰り広げられる、毎度の貴族による家族漫才にびっくりしたままのギーゼラの両親と弟。


 ……うん、僕も随分と慣れたけど、可笑しいよね、でも、リーヤさんの家族の暖かさは僕好きだよ。


「ザハール様、すいませんが、お約束のお時間ですの。そろそろ施設の視察に行きましょう」


 マムがザハールに視察の案内をした。

 ザハールは、今までの笑顔を消して表情を引き締めた。


「ああ、では参るとしようか、諸悪の根源へ」

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