第6話 新人捜査官は、鍋奉行をする。
「はい、皆さん。鍋の準備出来ましたよ」
「わーい!」
今は夜、僕は捜査室の皆の希望通り日本料理を作っている。
因みに食材は、密林さんで鍋セットを送ってもらった。
……最近は海外どころか異世界まで宅急便で直送してくれるので助かるよ。
「煮えるまで、もう少し待っていてくださいね」
「待ち遠しいのじゃ! タケや、もっと早くできぬのか。此方は我慢できんのじゃ!」
僕は、リーヤが羽根をピコピコさせながらテーブルをとんとんしつつ待ち遠しそうにしているのが、可愛くて可笑しくて笑ってしまう。
「リーヤさんって『お貴族様』ですよね。それがそのようなテーブルマナーで御宜しいのですか?」
「うみゅぅぅ……。タケよ、これが良い訳ないじゃろ? でもタケのご飯なら毒見もせぬで良いし、暖かいし、美味しいし。此方は、こういうご飯の方が好きなのじゃ!」
……まず毒見というのが出る貴族社会ってのは、僕嫌かもね。
「リーヤ姉さんじゃないでござるが、拙者も辛抱ならぬでござる」
こちらのわんこ、いやヴェイッコ、尻尾をフリフリして「待て」をくらっている番犬っぽい。
「ヴェイッコさん、毛が散るとイヤですから、尾っぽフリフリは辛抱してくださいね」
「う、分かったでござる。タケ殿」
しゅんとして、2m近い大きな身体をちぢ込め尻尾フリフリを止める白黒銀の毛に青い眼のシベリアンハスキー風狼男のヴェイッコ。
ヴェイッコ、騎士が多く輩出される家系ながら本人に事情があってお兄さん達が加入している騎士団に入れず、もんもんとしていた時に日本文化に被曝(笑)、時代劇にモロはまりして日本語を学習し、日本刀まで刀鍛治に注文したとか。
……ヴェイッコさん、狼男族特有の銀アレルギーだけでなく、魔法アレルギーもあって魔剣を使えないから、魔法を使わなくても切れ味抜群の日本刀に惚れたんだって。
「タケ坊、あと少しかい? アタイも我慢できねーぞ」
褐色ドワーフ娘のギーゼラ、身長130cmと小柄だけど「お胸」はかなりある。
焦げ茶色のおかっぱ髪を揺らしながら、同じく焦げ茶色の眼でじーっと鍋を見ながら待ち遠しくしている元気っ子、トランジスタグラマータイプだ。
なお、僕よりも倍くらいは生きていて、ドワーフ族としては成人になったばかりだそう。
因みにこの世界のドワーフ、女性にはヒゲは無くヒト族の小柄な少女に似た感じ。
ドワーフ男性は、古典的ファンタジー通りヒゲもじゃ年齢不詳なので、ドワーフ夫妻はヒト族から見れば歳の差夫婦っぽく感じられる。
「しっかし、この卓上コンロっての、便利だよな。見た感じサラマンダーもご機嫌良く燃えているし」
ギーゼラ、ドワーフとしては非常に珍しい精霊使い。
実家の鍛治作業を見ていて、炎の中のサラマンダーと意思疎通したという変り種。
そんなこんなで、本来ドワーフがするような仕事とは相性が悪くて、流れ流れて捜査室に来たそうだ。
……ちっこいけど、腕なんて僕の倍近くあるし、パワフルギャル。愛想よくって僕といるとボケ突っ込みしちゃう、太陽のような笑顔が可愛いお姉さんだ。
「ギーゼラさん、もう少しの辛抱です。で、僕の事『坊』って言わないで欲しいんですけど」
「なんでだい? 『坊』は坊だろ。アタイから見たら可愛い弟分だい。それとも『ちゃん』付けしようか?」
「あんまりなら、僕がやりますよ。ギーちゃん!」
僕は、ふざけてギーゼラをちゃん付けで呼んだ。
「あー、それ良いよぉ。今度からちゃんで呼んでよ、タケちゃん」
「此方もリーヤちゃんって呼ぶのじゃ!」
……あ、自爆した、僕。
リーヤとギーゼラが騒ぎ出した。
「す、すいません。歳上の女性に『ちゃん』等言ってしまいまして、申し訳ありません」
僕は、急いで2人に謝った。
……この事態、長引かせると危険だからね。
「あらぁ、じゃあわたくしも、エーちゃんって呼んで頂けませんか?」
「マムぅぅ!」
更にふざけてくるマムのおかげで、状況は更に混迷としてしまう。
異世界共通語とか英語なら一人称は簡単単純だけど、日本語は一人称が沢山あるし、役割語もいっぱい。
こういう言葉遊びにはピッタリだけど、それが異世界で行われるのはどうなのだろうか?
……あー、場が持てない。早く鍋煮えてよぉ!!
◆ ◇ ◆ ◇
「いただきまーす」
「これ美味しいですぅ!」
猫耳族、フォルトゥーナ・フェーリスが尻尾をぴくぴくさせながら、ホフホフとタラを美味しそうに食べている。
「フォルちゃん、猫舌だよね。舌を火傷しないように注意してね」
「はいですぅ」
フォルは、この捜査室で唯一僕よりも年下の17歳。
童顔巨乳のチャトラ系猫耳にゃんこ娘。
こう見えて優秀な事務・連絡員で共通語、エルフ語、ドワーフ語のみならず英語、日本語の会話・記述をこなすスーパーマルチリンガル・ガールだ。
「あー、其方! なんでフォルちゃんだけ『ちゃん』付けするのじゃぁ!」
「うん、リーヤん。これ駄目だよねぇ フォルんだけ贔屓しちゃ駄目やん!」
「はいはい、2人ともそんなこと言っているとタラや鳥が無くなりますよ」
僕は、鍋奉行をしつつ楽しく食べている。
今日のご飯は、密林経由の寄せ鍋セット。
白米は地元の新品種が先日送られてきたので、僕のだけでなくヴェイッコにも炊飯器を借りて、ご飯を沢山炊いている。
……ヴェイッコさんも白米派。毎日銀シャリ食べたいんだって。
「なんでコンナに旨いのじゃ!?」
「そーだよね、リーヤん。ヴェイっちは分かるけど、フォルんやマム、キャロんまでハグハグしているやん」
キャロん、いやキャロリン・ジョスリン・ショーネシー。
ウチの検視官にして法医学、バイオ系の検査員。
地球はアメリカ出身、長身スタイル抜群のアラサー才女。
どうやら彼氏に酷く振られて傷心のあまり、海外どころか異世界まで来ちゃったとは聞く。
「だって、やっぱり味が違いますもの。これは日本酒に昆布出汁? そこに練り物やタラ、キノコに鳥のアラからなる複合したウマミかしら?」
ダークブロンドの髪を邪魔にならない様に後に流しながら、薄茶色の眼でじっと鍋の具材を観察、的確に味を分析しながら鍋に舌鼓を打つキャロリン。
「お、ご名答です。キャロリンさん流石の日本通です」
「いえね、ワタクシこの間『ウマイゾー』って口からビーム吐く料理アニメ見ましたから」
……キャロ姉さんって、ヘビーアニメオタク。そのせいか昔から日本語堪能。 この間も新作アニメの録画送れって、僕頼まれたけど。
今回はじっくり水から昆布を漬け込み、お酒を加えて沸騰直前までゆっくり加熱、その後昆布を出してから味醂・醤油を少々、練り物、下茹でしたタラ、骨付き鶏肉、鶏肉団子、キノコを加えた。
アクを取りつつ肉類等に火が通ったら豆腐、白菜、春菊、くずきりを入れて煮立ったら、寄せ鍋の完成だ。
シメの「おじや」や「うどん」も準備済みだぞ。
◆ ◇ ◆ ◇
「ごちそうさま、タケ。とても美味しかったわ。さて、一息付きましたから、それぞれ今回の事件についての報告会にしましょうか」
鍋が終わって、オジヤ&うどんモードも一息ついた今。
マムからの指示にて食後の日本茶を飲みながら、事件についての報告会が始まった。
「では、ペトロフスカヤ警部補、最初から説明をお願いします」
「了解なのじゃ、マム! まず始まりは、ポータムの貴族街で発生した変死事件からじゃ!」
これから毎日、お昼に更新致しますので、よろしくお願い致します。
(追記)
今日は、科学からみた料理です。
日本人が特にこだわる「うま味」。
これは複数のアミノ酸、核酸が該当します。
では、以下にその一例を示しますね。
○グルタミン酸(アミノ酸)
昆布、トマト、白菜、チーズなど発酵食品に含まれます。
母乳にも存在するとか。
今はサトウキビ発酵から生産されています。
○イノシン酸(核酸)
肉類、魚類に多く含まれます。
○グアニル酸(核酸)
椎茸などキノコ類に含まれます。
核酸系旨味成分は、麹菌から生成されます。
○コハク酸
貝類、日本酒に含まれる。
○アラニン(アミノ酸)
アサリなど。
○アスパラギン酸(アミノ酸)
アスパラ、大豆。
○プロリン(アミノ酸)
コラーゲンの主成分、豚肉など。
これらが単独では無く、組み合わさることで、更に「うま味」が増すのです。
なので、食材を選ぶ際には、魚ベースならグルタミン酸系の追加、逆にグルタミン酸系ベースならイノシン酸系やグアニル酸系を追加すると美味しくなります。
肉類を使わない精進料理でも、グルタミン酸系とグアニル酸系を使えば、うまさ倍増ですよ、奥様。
なお、日本酒にも多く以下の「うま味」有機酸が含まれます。
乳酸
リンゴ酸
コハク酸
クエン酸
酢酸
他アミノ酸
これらが多すぎると重い味となり、少ないとすっきりした味になるとか。
熱燗が美味しいのは、コハク酸が際立つから。
リンゴ酸、クエン酸は冷酒、乳酸は、ぬる燗。
お酢になってしまう酢酸は無い方が良いようですね。
また、日本酒のフルーティな香りは、カプロン酸エチル(パイナップル)、酢酸イソアミル(バナナ)が主成分。
なお、うま味成分は、ビール1に対してワイン3、日本酒8の量。
日本酒に「うま味」成分が多いのは、他のと違い二段発酵だから(麹菌、酵母菌)。
因みに本来の麹菌類は毒、アフラトキシンを生成します。
日本では、無毒な麹菌を古来より選別してきました。
料理に「てり」を出すために用いられます「みりん」も日本酒の一種。
米麹+アルコール添加で製造する為に、酵母菌の活動を抑えて糖分が多く残ります。
以上、科学からみた料理、うま味でした。
なんか、本来の部分よりも筆が進むのは、どうしてだろう。(笑)