第3話 新米保安官は、隣の領主を迎えに行く。
「えーっと、リーヤさん。今回は、ザハール様がリーヤさんに会いに来るという名目でポータムに来られるのですよね」
「そうじゃな」
「で、僕がザハール様の送迎と途中の警護をする役目。ここまでは分かって頂けますよね」
「タケが送迎してくださるのなら、お父様も安心じゃ!」
「なら、なんでその送迎用の自動車にリーヤさんが乗っているのですか?」
「はにゃ?」
今は、アンティオキーアとポータムを繋ぐ街道を走る車中。
もう通り慣れた道、そして慣れた同行者。
しかし、……。
「リーヤさんが、この車でアンティオキーアへ行っちゃったら、意味が無いじゃないですかぁ! ポータムで会うのではなくて、向こうで会えることになるじゃないですかぁ!!」
僕は叫ぶ。
だって、マムがせっかく作ってくれた大義名分を完全に崩壊、斜め上に放り投げる所業だから。
「なら、なんでマムは止めなかったのじゃ? 問題があるのならマムは止めるじゃろ? それどころか、此方に乗っていけと言ったのじゃぞ」
どうやら僕が知らない間にマムとザハールの間では話が付いているらしい。
「もう僕は知りませんからね。そりゃ、リーヤさんと話しながら運転するのは楽しいですけれども」
「楽しいから問題ないのじゃ! 此方もタケと一緒で楽しいのじゃ」
満面喜色で笑うリーヤを横目で見て、僕も笑ってしまう。
「では、景気づけに何か音楽でも流しますか?」
「ならば、流行のアニソンを希望じゃ。新作もそろえておるのじゃろ?」
「そこはお代官様の仰せのままに」
「くるしゅうない」
思わず笑いが起こる車内だった。
◆ ◇ ◆ ◇
そしてアンティオキーアから出発する車内。
「あの……。どうしてレディもご一緒なのですか?」
「あら、何か問題でもあるのかしら。この自動車とやらではすぐに目的地へと着くのでしょう。それにタケ様の運転でしたら、これ以上に安全な旅はありませんもの」
「そうだな。タケ殿、宜しく頼む」
「さあ、タケや。此方の両親を頼むのじゃ!」
僕の運転する4WD車に、リーヤとご両親が乗る。
もちろん掃除済みだし、領主が乗られるという事でクッションやその他アメニティも準備済みだ。
ただ、レディまで一緒に乗られていくとは、僕は聞いていない。
「もしかしてマムはご夫妻が乗られる事を……」
「もちろん連絡済だが?」
……マムぅ! また僕で遊んだなぁ!!
「……はい、分かりました。では、道中お任せくださいませ」
「ああ、宜しく頼む」
「ええ、わたくし地球の自動車に乗るのは初めてなのです。楽しみですわ」
「お母様、車酔いは大丈夫かや? 馬車よりは揺れぬが、まったく揺れぬわけでも無いのじゃ。お父様も注意するのじゃぞ!」
自動車に乗り慣れたリーヤが両親を心配して話す様子が微笑ましくて、つい笑ってしまう僕。
「あ、タケや。何が可笑しいのかや? 自動車に慣れぬお父様達を心配して何が悪いのかや?」
「いえ、ごめんなさい。リーヤさんがご両親と仲良くされているのが嬉しくて笑ってしまいました。僕ではもう永遠に出来ない事ですから」
僕は父さんを思い出す。
「気を悪くしたらすまぬ。タケ殿のご両親に何かあったのか?」
「はい、父が次元融合大災害の時に。父は僕同様に警察に従事していました。住民を守る為に怪物と戦って命を落したのです。母は健在でつい一昨日も電話で連絡しました」
「あら、そうだったのですか。それはご愁傷様です。さぞご立派なお父上でしたのね。あの災害はこちらでも多くの悲劇を生みましたもの」
レディは、僕を慰めてくれる。
「ありがとうございます。そう言って頂ければ、父も草葉の陰で喜ぶと思います」
「湿っぽい話はコレまでじゃ。出発するのじゃ!」
雰囲気を吹き飛ばすリーヤの元気な声で僕は今やるべき事を思いだす。
「はい、では出発します!」
僕は元気に一路ライファイゼンへと自動車を発車した。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふんふん!」
助手席のリーヤはBGMのアニソンでご機嫌。
「随分と早いな。しかし殆ど揺れないし、乗り心地も良い。これはウチでも欲しいな」
「ええ、貴方の運転で領内旅行とか出来たらステキですわね」
後部座席で仲良さそうに談笑する領主ご夫妻。
「タケ殿、これは私でも購入できそうか?」
「そうですね、買うのは大丈夫だと思います。更に運転をするのに日本では免許という資格が必要です。こちらでは資格は不必要ですが、技術的な事を学ぶ必要はあります。もちろん優秀なザハール様ならすぐに覚えられるでしょう。ただ、燃料がポータムでは購入できますが、ザハール様の領地では難しいのでそこが要検討かと」
僕は、ザハールに自動車の維持についてざっと話した。
整備やタイヤ等の消耗部品問題はあるが、第一に問題となるのはガソリンの入手方法だ。
「ふむ、燃料が問題と」
「はい、揮発しやすくて引火しやすい危ない油なので、取り扱いも注意です」
異世界では、まだ油田の開発は進んでいない。
噂レベルでは、油が染み出る沼があるという事だが、そこまで地球の調査隊は動いては居ない。
今回の問題企業とかなら、環境破壊を考えずに油田開発しそうで怖い。
「なるほど、地球の科学にも弱点があると」
「はい、魔法なら魔力、自動車ならガソリン、電気製品なら電気。何にでも動かす元、エネルギー源が必要なのです。人でも食事や水が必要な様に、なんでも0からは動かせないのです」
この宇宙において永久機関は存在できないのだ。
「それで地球では燃料や資源を得る為に、科学を発展させたと」
「どちらかというと逆で、科学の発展の為に新たな資源や燃料を探している気はします。それが暴走すると環境を大きく破壊してしまいます。今回の案件も地球企業が迂闊な対応をしてしまったからです。地球人として謝罪させて頂きます」
最後には宇宙の秘密、核反応まで手を出して簡単には消せない汚染を残す。
人間の性、原罪とも言えよう。
「いや、それはタケ殿の責任ではあるまいに。逆に今回、タケ殿はこちらの民を守るべく働いてくれておる。私から陛下に成り代わり礼を申す」
「ありがたいお言葉にございます。あ、ザハール様。もし宜しければモエシア辺境伯がどういう方か教えて頂けないでしょうか? 保安官職を伯から拝命したのですが、まだ僕はお会いしていないのです」
「それは此方も知りたいのじゃ! 陛下と共に敵首魁を討った英雄とやらにご挨拶したいのじゃ!」
僕は、お礼ついでに辺境伯についてザハールに聞いてみた。
リーヤも英雄と言えるその人物について知りたいらしい。
「彼の事か。実は本人から秘密にして欲しい旨があってだな。私も釘を刺されているのだよ。恥ずかしいから絶対に公表しないでって。だが、何かあったら必ず駆けつけて、人々を守るって言ってくれているんだ。まだ若いのに凄い人だね。まあ、一言だけヒントを言うなら、辺境領出身じゃないよ」
とりあえず分かったのは、辺境伯が若い男性である事、恥ずかしがりやであること、しかし勇気と愛に溢れる、辺境領以外の出身者である。
「うみゅ、分かったような分からないような」
「素晴らしい方だとは思いますが、貴族である以上本来なら政治に携わる人としてはどうなのですか? 今は代理の方に全部まかせっきりですし」
僕は浮かんだ疑問について尋ねる。
貴族、それも領主格となれば政治を行う義務がある。
それから逃げているのはどうなのだろうか?
「それはな、彼が政治や貴族とかいうものとは元々一切無縁なヒトだからかな。彼の生まれが、身分制度が無く政治は専門の政治家が行う地域というのもあるし、彼は欲目すら薄いのもある。爵位を貰ったのも陛下の顔を立ててのモノで、名誉欲も全く無いのだ。それを理解して陛下自身も彼は政治には係らなくても良いという約束をしている。その代わり非常時には必ず飛んで来いという条約付きでな」
「欲も無く、政治に関せず、ただ英雄であろうとするか。本当に実在の人物かや? 此方は信じられぬぞ」
「あら、お父様の言う事を信じられないのですか、リーヤ? わたくし、一度だけお会いしましたが、立派な若者でしたよ。そう、どこかタケ様に似ていましたのよ」
領主夫妻の話は嘘では無いだろうが、そんな文字通りの英雄に似ているといわれる僕は、そんなに立派なのだろうか?
確かに名誉欲・金欲は人並みよりは少ないとは思う。
しかし、大事な存在のリーヤを守る為の欲は持っていたい。
案外、英雄たる辺境伯も、愛する人の為に戦っているのかも知れない。
そう、僕は思った。
大義名分は何処へ行く、マムの暗躍に弄ばれるタケ君でした。
さて、辺境伯って誰でしょう?(笑)




