第2話 ドワーフ娘は、新米捜査官に助けを請う。
「タケッち、科学の力でアタイの村を助けてよー!」
スマホ越しでギーゼラは叫ぶ。
「ちょ、ちょっとギーゼラさん落ち着いてくださいな。まずお話を聞かせて下さい。僕は出来る限りお助けしたいと思いますが、状況次第では捜査室の助けを借りるかも知れませんから」
僕はスマホをスピーカーモードにして全員に話を聞かせる。
「タケっち。あのね、あのね。アタイの村は……」
そこからギーゼラの村の惨状が話された。
ギーゼラの生まれ故郷の村、ライファイゼン。
そこはポータムと隣領アンティオキーアとの中間くらいにある山岳地域に存在する。
ドワーフ族が古くから沢山住み、山中にある鉱山から輩出される優良な金属鉱石を加工する工房が多く存在する。
ギーゼラの実家もここにある工房のひとつだ。
「つまり鉱山からの廃水で、川から魚が居なくなったと」
「うん、他にもすごく痛がって、歩けなくなったり骨を折ったりする人もいたりするの。前から鉱山近くの魚とかは食べないように言われていたんだけれど、今では村の周辺全部が変なの」
いつもとは違う口調で鳴きそうな声のギーゼラ。
生まれ故郷の村の惨状に驚き、助けて欲しい一身で僕に連絡してきたのだろう。
「という事は、変化が起きたのはここ最近の話なんですよね」
「うん、そうなの。アタイが村を出る前はここまで酷くなかったんだ。地球の会社が来てから給料も増えて皆喜んでいたのに」
……あら、もしかして?
「地球の会社は、鉱山で鉱石の加工とかしているんですか?」
「タケっち、よく分かったね。その通り、確かアメリカの会社とか言っていたけど、大規模に山を掘っているの」
これはおそらく、その会社が杜撰な廃水処理で有害物質が多い廃液をそのまま環境に放出しているのだろう。
症状からしてヤバイ重金属中毒が予想される。
……鉱山廃水と痛い身体と些細な事で発症する骨折。そこから予想される病気は、悪名高いアレだ。
「ギーゼラさん、どうやら案件は僕個人の力では済まない問題の様です。保安官として取り扱えるか、こちらで相談しますので少し待って頂けますか? 大丈夫、絶対なんとかしますよ」
「あ、ありがとー。アタイ、もうどうして良いか分からなくて。お父ちゃんもお母ちゃんも体調が悪くて……」
絶対、大泣きしているだろうなギーゼラの声。
「ギーゼラ、大丈夫よ。わたくしも力になるから安心してね」
「はい、マムぅ」
マムもギーゼラに優しく話す。
「ギーゼラや、絶対大丈夫なのじゃ! タケはスゴイのじゃぞ。大船に乗った気で待っておれ。此方も力を貸すのじゃ!」
「リーヤん、ありがとー」
リーヤ、えっへんと自分の事の様に僕を褒めてくれるのは嬉しいけれど、恥ずかしい。
「ギーちゃん。こちらでも情報を集めて治療方法を決めて行くから安心してね」
「キャロんも、あんがとー」
キャロリンは僕の顔を見て頷きながらギーゼラに話す。
「ギーゼラ殿、拙者も助けに行くでござるよ。仲間でござるからな」
「ヴェイっちは、何分かるんだい? でも、あんがとね」
ヴェイッコに対して半分茶化しながらも泣いて礼を言うギーゼラ。
「ギーゼラお姉さん、だいじょーぶ。皆を信じてね」
「うん、フォルちゃん。ありがとう。本当にみんな、ありがとう、ありがとー。うわーん」
ファルの声援で感極まってしまったギーゼラ。
「という事だから、ギーゼラさんはしっかりね。絶対助けに行くから待ってて」
「うん、待ってるよ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、タケ。いえ、モリベ保安官殿、今回はどういう事件なのかしら?」
マムは半分茶化しながら僕に聞く。
「まだ情報がギーゼラさんの証言だけなので確定ではありませんが、おそらく鉱毒事件です。地球から来た企業が廃水処理を満足にしなかった結果、住民に重金属障害が発生していると思われます」
「ワタクシとタケの診断では、重金属のカドミウム中毒が発生している可能性があります。これは急いで対応をしないと、沢山の人が亡くなる可能性がありますの」
キャロリンから僕の発言に対して補足説明がなされる。
「そうなると、その地球の会社の操業停止、処理施設の改善、住民の治療、生活保障、地域の浄化が必要となるのね」
「ええ、なのでポータム外では捜査権が働かない捜査室としてでは無く、領内全域で捜査できる保安官の立場で動く必要があるんです、困った事に。事態が地球との関係にも影響しますから、勝手には動けないんです。領主に連絡が取れたら内諾を先にもらえるのですが……」
僕は困ってしまう。
ここで僕が動くのは簡単だけれども、それが異世界と地球の政治問題になりかねないのでは、怖くて動けない。
「そうねぇ。では、ここはあのお方の助けを借りましょうか」
マムは、スマホで電話をし始める。
「あ、わたくしエレンウェです。急なお電話申し訳ありませんの。実は少し困った事になりまして、助けて頂きたいのです。え、リーヤかタケ絡みですかって? 少し違うのですけれども、タケが保安官として動きやすいようにして欲しいのです」
……あれ、この電話相手って?
「リーヤさん、この電話相手は……」
「もう言わぬでも良いわ。此方に会いに来る名目を作って飛んでくるであろうや、お父様は」
呆れ顔のリーヤ。
マムの電話相手を想像して、今から再会する際にどんな愛情表現をされるのか、うんざりしているらしい。
「はい、では宜しくお願いいたしますわ、ザハール様」
……やっぱりね。
「はい、これでOkよ。近日中にザハール様が公式にリーヤに会いに来られますの。その際の送り迎えと警護はタケ、御願いね。途中、中間点になるライファイゼンで休憩と鉱山視察をなさりますわ。わたくし達はお出迎えでライファイゼンにて待機します。以上の手はずで宜しくですわ、保安官殿」
マムの必殺、大義名分作り。
この技を再び僕に披露してくれた。
「ま、参りました、マム。これが政治力というのでしょうか?」
「そうねぇ。このくらいの腹芸とかコネの使い方は知っておくと役に立つわよ。ザハール様から辺境伯へ連絡なさってくれるらしいから、後は心配ないわよ」
マムは笑って僕に答えてくれる。
「お父様は辺境伯をご存じなのかや? 此方には教えてもらっていないのじゃ!」
リーヤは、自分の父親に辺境伯について教えてもらっていない事を愚痴る。
「わたくしも教えて頂けないのですから、リーヤにはもっと先かしら。どうやら大災害時に一緒に戦われたそうよ」
……ますます辺境伯の正体が分からなくなる。ザハール様が秘密にするくらい意外な人物で、大災害を起こした首魁を皇帝陛下と一緒に倒した風来坊。一体誰だ?




