第16話 新米捜査官は、事件解決後におでんの準備をする。
「タケ殿、『おでん』はまだでござるかぁ」
弱弱しく吼えるヴェイッコ。
彼は今、全身を包帯で「ぐるぐる」巻きにされて、病院のベットの上だ。
「あのね、ヴェイッコさん。全身凍傷で一歩間違えたら死んだり手足無くしていたんだから、大人しくしていてよぉ」
僕達は見舞いとしてヴェイッコの顔を見に来ている。
「だって、あの時約束したでござるのにぃ。それだから拙者頑張れたでござるよぉ」
しょんぼり顔のヴェイッコ。
「しょうがないのじゃよ、ヴェイッコ。其方は、あの時普通なら死んでいてもおかしくないダメージを受けて負ったのじゃぞ。マムやキャロの応急処置があったから、まだそうやって文句を言えるのじゃ!」
「そうそう、ヴェイっちは大人しく寝て、早く治しなって。アタイらもその間はタケのご飯お預けなんだから」
リーヤやギーゼラは、ヴェイッコを嗜めつつ慰める。
「そうよ、もうしばらく安静にしていたら体力も戻るわ。そうしたらマムが完全治癒魔法を使ってくれますから、それまでは辛抱ね」
ちょうど輸液の交換に来ていたキャロリンが、ヴェイッコを諭す。
「今は感染症も怖いから、外に出ちゃ駄目だし大人しくしていて下さいね。代わりにネット環境と漫画を持って来ましたから」
「わたし達からは、お菓子持ってきました。早く元気になってくださいね、ヴェイッコお兄さん」
僕は、ヴェイッコにタブレットと日本語で書かれた漫画を渡す。
フォルも皆で買った日本産の美味しいお菓子を渡した。
「これは、まさか!」
「ええ、池波作品のコミック化されたヤツです。ドラマ化もされた剣客親子の物語ですけど、面白いですよ」
「ありがとうでござるぅ。拙者、このドラマも見て日本に愛焦がれたのでござるよぉ。感謝感激でござるぅ」
ヴェイッコは、僕が渡した漫画で感涙している。
……池波作品って、ご飯の描写が美味しそうなんだよね。
「そうそう、タブレットでそのドラマも見られるはずですよ。時代劇専用チャンネルも入っていたし」
「タケ殿ぉ!! 拙者、感激しすぎで死んじゃいそうでござるぅ!」
「はいはい、良かったですね」
……これは、騎士団からの見舞い品として、日本刀が送られてくるのを知ったら、ヴェイッコさんって本当に感動で死にそう。しばらくは内緒かな?
「そういえば、マムは今日は来ないのでござるか?」
「マムは、アンニアの取調べの立会いです」
「そうでござったか。アンニア殿の罪はどうなりそうでござるか?」
ヴェイッコはアンニアの事について聞く。
自分が最後、命をかけてまで逮捕したのだから、気になるのだろう。
「今のところ、調べる事項や確認事項も多いから、当分は裁判にはならないそうです。ただ、アンニアが掴んでいた中央の魔術学校内での不正は大きな問題になりそうなので、アンニアの持つ魔法技術共々司法取引の材料にはなるのでは無いかって聞きました」
魔術学校内では、これまでの既得権を守る為に様々な不正や欺瞞が行われていた。
アンニアやリーヤを教えた老教授も、その不正に巻き込まれて命を落した。
正しい事を学ぶ学園が不正の温床となるのは間違っている。
それが魔法に対する技術力低下に繋がってるのではないか、というのはリーヤの意見。
「騎士団の魔術師共、『えんとろぴー』の概念すら知らなんだ。高等魔術では、『ぷらずま』や『かくぶつりがく』も知らねばならんのじゃ! さもなくば、自らの破壊魔法で自らを滅ぼすのじゃぁ!」
物騒な事に超上級魔法には、核融合攻撃すら存在するらしい。
地球の融合炉建設には、この魔術理論がとても役立っているのだとか。
「では、もしかすると命だけは助かるのでござるか?」
「そうですね、もしかしたらですけれども。少なくとも学校内不正の裁判と魔法技術の後進育成が確立するまでは延命でしょうか?」
「確かにアンニア殿はエサイアスの敵でござるが、あの技能はもったいないでござる。これで罪を償って欲しいでござるよ」
エサイアスが襲われた理由だけれど、結婚が近く幸せそうだったのと一度「邪魔」と言われたかららしい。
しかし、この「邪魔」は、そこに居たら危ないから避けて、という意味だったらしく、その時捻じ曲がっていたアンニアが悪く受け取ってしまったからだそうな。
また、騎士を殺した件については、その騎士が日頃から女性・術者・他種族蔑視の上、若くて見目麗しい女性には声を誰にでも掛けていたから、気に食わなかったかららしい。
「そうですね。悲しい事件でしたから、もうこれ以上命が奪われるのはイヤですよね」
僕達はしんみりと話す。
「そうだ、サイヤさんですが、エサイアスさんのご両親に認められて、生まれるお子さんはサイヤさん・エサイアスさん双方のお家で大事に育てる事になったそうですよ。どうも男の子の双子らしいから、どっちの家も跡継ぎが出来たと大喜びですって!」
フォルから、サイヤの状況がヴェイッコに報告される。
「もう男女の区別がつくのでござるか? しかし双子とは出産が大変でござるよ」
「獣人族は、3歳くらいまでは他の種族よりも成長が早いから、胎児でも男女の区別が分かるのは早いのよ。今なら超音波エコーで安全に胎内を見れますしね」
キャロリンから補足説明がなされる。
……しかし家督の争いが起きない事を祈るばかりだ。どっちがどっちの家を継ぐかで揉めたら可哀想だし。
「拙者、退院したらサイヤと両家に挨拶にいって、家督争いを起こさぬように釘を打つでござるよ。男の取り合いは悲劇を生むでござるから」
「そこはヴェイッコさんにお任せだね」
こうやって、事件は幕を閉じた。
1人の女性の人生が狂い、それが連鎖して多くの悲劇を生んでしまった。
もう、こんな事件は見たくない、そして事件になる前に阻止したい。
僕は、そう思った。
「これ、タケや。何シリアスモードなのじゃ? どうも事件が解決するたびにシリアスになるのは悪いクセじゃぞ。其方が事件を引きずってどうするのじゃ? 其方は、いつもどーり笑っておれば良いのじゃ!」
「はい、そうですね」
僕達は、その後他の病室から苦情が出るくらい笑いあったのだった。
(第三章 完)
これにて第3章、完結です。
今回は間隔を開けずに、第4章を開始します。
では、明日の定期更新をお楽しみくださいませ。
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