第15話 狼警官は、魔術師と向き合う!
「まさか、最初に殺した狼男の同族に負けるなんてね」
アンニアはヴェイッコを睨む。
「何故にそこまで外道に落ちてしまったのでござるか? ここまでの魔法、敵ながらアッパレでござる。拙者達は皆1人ではアンニア殿には勝てなかったでござるよ」
ヴェイッコは落ち着いてアンニアを見て話している。
……友人の敵を前に、よく冷静でいられるよ、ヴェイッコさん。
僕はアンニアから銃の照準を外さず、2人の話を聞く。
「全部、ワタシを認めない社会、世界が悪いのよ! 誰も彼もワタシを見てくれない。だからワタシは世界を壊すの。全部凍り付けばいいのよぉ!」
「それは誤解でござる。少なくとも拙者はアンニア殿の強さは怖かったでござるよ。これだけの人員全部を敵にしてアンニア殿は1人で立ち向かったでござる。行った犯罪は許されるべきものでは無いでござるが、アンニア殿の強さはホンモノでござる」
「そうじゃ。同じ師に教えを請うた者として此方も其方の強さ、優秀さは認めるのじゃ。実に惜しいのじゃ、その力を人殺しに使わねば……」
「そんな、今更……」
ヴェイッコとリーヤの説得に動揺するアンニア。
「も、もう遅いのよぉ!!!」
アンニアが叫ぶと同時に彼女の身体を巨大な氷が覆う。
そしてその氷はヴェイッコをも襲う。
「ヴェイッコさん!」
僕は、氷に吹き飛ばされたヴェイッコを心配して叫ぶ。
「は! 心配御無用でござる。この件、拙者にお任せ願えませぬか、保安官殿」
オレンジの防寒服を霜で覆われたヴェイッコ、呼吸器から荒く白い息を吐きながら、アンニアを狙撃しようとした僕を制止した。
「マム、どうしましょう?」
「そうねぇ。ヴェイッコ、絶対死なないと約束できますか?」
僕はマムに意見を聞く。
するとマムはヴェイッコに「死ぬな」と尋ねた。
「もちろんでござるよ。タケ殿、帰ったら熱い『おでん』を御願いできるでござるか?」
「うん、分かったよ。サービスで熱燗もだね。では、保安官として命じます。ヴェイッコ・スシ・カルヒ巡査長、必ず生きて帰ってきなさい!」
「それは楽しみでござるよ、御意!」
ヴェイッコは僕やマムに返礼をして、氷に覆われたアンニアへと向き合う。
「アンニア殿、心を閉ざしても何も良い事はないでござる。このまま死ぬつもりでござるか?」
「うるさい! 2人も殺したアタシは死刑間違いないの。ならば、自分で死ぬのも勝手よ! ここにいる人全員道連れにして死ぬの!」
アンニアは悲痛に叫ぶ。
確かに、2人殺人は基本的に死刑だ。
ただ、簡単に死刑にしてしまうには、惜しい才能に僕は思った。
「それは逃避に過ぎないでござるよ。世界と戦うのなら裁判で戦えば良いのでござる。このまま負け犬、ただの犯罪者として死ぬのと、裁判でアンニア殿や教授を陥れた悪諸共滅びるの、どちらがマシでござるか!」
「う、うるさーい! アンタなんか凍れ!」
アンニアは狂乱気味に叫び、ヴェイッコに氷の砲弾を撃つ。
「この程度、拙者は怖く無いでござる!」
刀でなんなく砲弾を捌いてアンニアに近付くヴェイッコ。
「うるさい、うるさい、うるさーい!」
叫びながら液体二酸化炭素やドライアイスをヴェイッコへ吹きかけるアンニア。
それを何事もなかったように刀で捌いていくヴェイッコ。
いくら電池式ヒーター内臓の防寒服とは言え、長時間の氷点下環境では電池が先に弱る。
化学反応で電力を発生する電池は、低温化では化学反応が進みにくく発電能力が低下する。
呼吸器の口元や手足の端に氷柱をぶら下げ、防寒具表面が凍ったままのヴェイッコ。
その歩みはゆっくりながらも、アンニアへ確実へ近付く。
「ヴェイッコさん、負けないでー!!」
「わんこー、がんばれー!」
「ヴェイっち、ふぁいとぉ!」
僕、リーヤ、ギーゼラはヴェイッコを大きな声で応援する。
マム、後方待機のシームルグ号にいるキャロリン、フォルからは声にならない声援がイルミネーター越しに聞こえる。
「怖く無いでござるよ。さあ、もう辞めるでござる」
ヴェイッコは優しくアンニアに囁く。
「だまれー!」
直近まで接近されたアンニアは氷の大剣を作り、ヴェイッコへと上から切り掛かった。
「なんとぉ!」
ヴェイッコは大剣を刀の鎬で受け流した。
ぱきん!
しかし、これまでの超低温状態での過酷な戦いで酷使されたヴェイッコの愛刀は、受け流した大剣と共に根元から折れた。
……不味い、ここで日本刀の弱点が出た!
日本刀が低温状態に弱いのは第二次大戦時、満州での戦いで明らかになった。
金属には低温脆性という性質があり、鋼のような体心立方晶構造をなす金属では、衝撃に対して脆くなり折れやすくなる。
「せ、拙者の刀が……」
「これでワタシの攻撃を捌く方法も無いわよね。もうお終い、死になさい!」
ヴェイッコは刀を失った悲しみから俯く。
「ヴェイッコさーん!」
「わんこー!」
僕達の悲鳴が雪原に響く。
「拙者、諦めないでござる!」
ヴェイッコは大型拳銃を腰から引き抜き、接射気味に連射をした。
どん! どん! どん!
アンニアを覆う氷に50口径の拳銃弾がめり込む。
そして弾が食い込む度に氷にヒビが広がる。
全8発の弾が撃ち込まれ、アンニアの顔周辺の氷は半分砕けた。
「このばかやろーーーー!」
ヴェイッコは拳銃を放り投げて、己の拳をアンニアの顔付近へ叩き付けた。
びしぃ!
ヴェイッコの一撃は氷を砕き、その手がアンニアの顔に触れる。
「ひぃぃ!」
「簡単に死ぬんじゃねー!」
ヴェイッコは拳を平手に変えてアンニアの頬を打った。
ぱしん!
「あ、あ、あーーーーー!」
その一撃は、アンニアの心を打ち抜いたのか、彼女の周囲を覆う氷が全て砕けていく。
「そう、最初からそうすれば良かったんでござるよ」
ヴェイッコは、泣き崩れるアンニアを抱えて、こちらを見て微笑む。
「どうでござるよ! 拙者、生きて勝ったでござるよ!」
全身を霜や氷に覆われ、白い息を吐く狼男。
その微笑は、獣としての凶暴さのかけらが一切ない実にさわやかな笑みであった。
ヴェイッコくん、かっこいい!
作者の私も惚れてしまいますぅ




