第12話 新米捜査官は、寒さに弱い。
「あ、そうだったのじゃ! この術式は、あの教授のモノじゃった!」
急にリーヤが叫ぶ。
「どうしたの、リーヤさん?」
今はどうやってアンニアを犯人と特定出来る物的・客観的証拠を集めるのか、捜査会議中だ。
「あのパペットの術式、砲撃部分は独特だったのじゃが、凍結部分が以前どこかで見た術式じゃったのじゃ。それを思い出そうとしていて、今思い出したのじゃ!」
リーヤは、興奮気味にしゃべる。
彼女の興奮具合に応じて背中の羽が激しく羽ばたく。
「あれは、此方が中央の魔術学校に勉強に行っておった時じゃ。異端と言われておった教授がおって、彼が描く術式がそれじゃった。地球科学がまだ知られる前に『えんとろぴー』とやらの概念を取り入れ、高熱系と凍結系呪文が表裏一体と言っておったのじゃ!」
独自でエントロピー、物質の熱=運動エネルギーという概念に気が付いていたのならスゴイ。
「その教授ってものすごいですね。なら、今はもて囃されているかな?」
しかし、その答えは悲しく、リーヤの顔を曇らせた。
「それが逆に妬まれて、政争に巻き込まれて病死したと後に聞いたのじゃ。実に惜しい者を失ったのじゃ」
優れた科学者が、世間に認められるとは地球でも限らない。
エジソンとテスラ、この2人の間には電流戦争や数々の論争があってライバル関係だった。
送電にはテスラの交流方式が選ばれたものの晩年のテスラは金銭苦に悩み、逆に直流電流を主張したエジソンは電力王となった。
「何処の世界でも天才が認められるとは限らないんですね」
「悲しいかな、そういう訳じゃ。その教授は研究室を持っておったはず。そこに関係した学生を調べるのじゃ。おそらくアンニアはそこ出身じゃ!」
「分かりました、リーヤ。早速中央へ問い合わせましょう。でもよく覚えていたわ。大災害以前の話ですよね」
「うむ、此方も教授の学説には半信半疑じゃったのじゃが、実際に術を使ったらその通りじゃったし、後に地球科学を知って納得したのじゃ!」
リーヤはマムに褒められてニコニコ顔。
「あれ、でもリーヤさんって凍結系の術を使ったのを僕は見たことが無いのですが?」
「……それは、のぉ……」
妙に歯切れの悪いリーヤ。
「あ、分かった。リーヤんもそうなんだ。アタイもダメ。真冬はお手上げ。最近は地球からコタツが入ってきたから、冬はコタツから出られないよ」
「ギーゼラもそうか。此方も冬はダメなのじゃ。じゃから、寒くなる術なぞもっての他なのじゃ!」
……あ、納得!
「つまりリーヤさんもギーゼラさんも寒いのが苦手なんですね」
「そのとーりじゃ。じゃから、凍結系は余程の事が無い限り使いとうも無いのじゃ!」
……寒いからってモコモコに着膨れした女の子2人。うん、可愛いや。
「わたしは、寒いのはそーでもないかな? ヴェイッコお兄さんは、寒いの強そう。わたしよりも毛皮多いし」
フォルは、寒いのについて楽しそうに話す。
猫はコタツで丸くなるのが普通だが、こちらの猫娘は案外寒いのが平気らしい。
……サイヤさんはどうなんだろうか? 全身猫毛皮だし。
「拙者は寒いのは平気でござるよ。両親の出身も北の山岳地方でござるし、拙者も雪山に修行に何回も行ったでござる。逆に暑いのはどーにもならんでござるよぉ」
分厚い毛皮のヴェイッコ、見ての通りの耐寒耐性らしい。
「あたくしも寒いのは苦手ですわ。女性がお腹を冷やすと何かと調子を崩します。皆さん、今回の敵相手でもお気をつけてくださいね」
「はい、マム!」
……あれ? 凍結呪文の話が途中から女性の冷え性対策になった気が?
「そう言えば、タケはどうなのじゃ? 寒いのは得意かや?」
「僕も寒いのは苦手です。出身は日本でも西の方ですし、家系上元々末端部の血行がそこまで良くないし、指がかじかんで物が掴めなくなります。そういう意味で軽くでも凍結呪文喰らったら、銃を撃て無くなる僕は戦力外になります」
「それは大変じゃ。タケよ、十分対策をしておくのじゃぞ!」
「はいです」
◆ ◇ ◆ ◇
「すいません、事務局長はおられますか?」
僕は騎士団の事務所に赴いている。
「申し訳ありません。今、局長は中央へ出張中です。何か御用でしょうか?」
人懐っこい感じのヒト族女性事務員が僕に話しかけてくれる。
「自分は異界技術捜査室の者ですが、少し見せて頂きたい資料がありまして、局長に御願いに参りました」
僕は警察手帳を示して、要件を伝えた。
「申し訳ありませんわ。副長のわたくしが対応致します。どのような資料が必要なのですか?」
副事務局長が出てきて僕に話す。
「実は、今回の案件に騎士団での資金運用問題が原因では無いかという話がありまして、帳簿を見せて頂きたいのです。まだ団長は入院中ですので、事務局にお頼みするしかないので……」
僕は帳簿を確認させてて欲しい旨を伝えた。
「それでしたら、こちらで準備しますわ。アンニア、貴方も手伝いなさい」
「……はい」
気弱そうで暗めに見えるヒト族女性のアンニア。
細身小柄で身長155cmといったところか。
三つ編みに結った黒髪に茶色の眼、もう少し表情が明るければ、まだ二十代前半、もっと可愛く見えるだろうに。
「お手伝い、ありがとうございます」
僕は、帳簿を全部スマホを使って写真に写す。
そのついでに事務員、アンニア含めて全員の写真を撮影した。
「これ、つまらないものですが、お手伝いして頂いた皆様にお礼です。僕のポケットマネーですからワイロでも無いですので、ご安心を」
僕はガラス瓶のラムネを事務員全員に配った。
もちろん手袋をして。
「あら、ありがとうございます」
「瓶はこちらで回収して置きますから、どうぞお飲み下さいませ」
僕もラムネのビー玉を押さえ込んで飲む。
プラスチックの口で、昔ながらのモノでは無いけど、これはこれで美味しい。
「あ、美味しいです!」
「なんかさっぱりしている!」
「これは病みつきになりそう。これは地球人向けスーパーで売ってますの!?」
「はい、そこまで高額では無いので、またどうぞ」
副事務局長他、皆気に入ったらしい。
アンニアも美味しそうに飲んでいた。
「あ、瓶は、この箱へどうぞ。回収して再利用しますから」
僕は瓶を回収して、事務所を去る。
「今日は、どうもありがとうございました」
……ごめんね、ホントは捜査経費で買ったんだよ。これでアンニア他全員の指紋ゲット!
タケ君、じつにエグい手で指紋をゲットです。
策士に順調に育っていますね。




