第10話 新米捜査官は、現場検証をする。
「これは人形?」
僕とリーヤはヴェイッコ達から連絡を受けて現在、狙撃犯が居ただろう場所にいる。
周囲は火炎球に焼き払われ、更にグレネードによる爆発で地面が掘り返され、燃え残った木々には沢山の金属片が突き刺さっている。
「うみゅみゅ、おそらくパペット。遠隔操作型ゴーレムの一種じゃな」
リーヤが見る先にあるのは、木製の人形。
それには僕が撃った銃弾とヴェイッコが撃ったグレネードの破片が幾重にもめり込んでいた。
「つまり本当の犯人は、ここに居なくて別の場所から操って襲っていたということですか?」
「うむ、そうであろうなのじゃ! そういえば先程はあえて言わなかったのじゃが、あの場所に扇動者がおったのじゃ。今になって思えば、扇動者こそが犯人だったのであろう。団長を襲ったのもコヤツでは無くて扇動者なのじゃ!」
リーヤが犯人について推理を述べてくれる。
そういえば先程マムも扇動者について話していた。
「じゃあ、コイツを調べたら犯人まで行き着きますか?」
「うみゅぅ、コントロール用の術式には、そこまで特徴的な記載は無いのじゃ。また、逆に氷の砲撃術式は見たことも無い術式じゃ。この術式から犯人追跡は難しそうじゃ」
リーヤは人形の胸に掘り込まれた魔法円を見て残念そうな顔をする。
なおヴェイッコとギーゼラは、他にも何か遺留物が残っていないか周囲を確認中だ。
「魔術方面では、ですよね。科学方面ならどうですか?」
「どうするのじゃ?」
僕は捜査キットから手袋と指紋採取セットを取り出した。
「だって、魔法円は術者が直接触らないと魔力を送れないでしょう? ならばそこに指紋が確実に残っていますよね」
「なるほどなのじゃ!」
「幸い人形は焼けていませんし、これなら……よしいけます」
ALSランプで照らし出された人形には、くっきりと指紋と掌紋が残っていた。
「あれ、この手形小さいですね。まさか犯人は……」
「どうやら、そのまさかじゃな。これはヴェイッコの亡き友人の婚約者に色々聞かねばならぬのぉ」
僕が最初予想したのとは違う犯人像が浮かび上がってきた。
◆ ◇ ◆ ◇
「サイヤさん。すいません、まだ喪中なのにお呼びしまして」
「いえ、モリベ様。エサイアスの為に色々と調べていただいています事に感謝しております。ヴェイッコが気が付いていなければ、ただの急死として片付けられていたかと思いますと、エサイアスの無念を思えばありがたい話です」
やつれた感じの猫系獣人女性、サイヤ・ヴァルマ・ヒエルペ。
彼女、猫耳と尻尾以外はヒト型のフォルよりも、獣よりの女性だ。
完全獣人のヴェイッコとフォルの中間タイプ、21歳との事。
「サイヤさんは、騎士団の事務局にお勤めと聞いていますが?」
「はい、今はお休みを頂いておりますが、そのとおりです」
今、事情聴取に参加しているのは僕、リーヤ。
ヴェイッコはお互いにあまりに知られすぎているので、今回は捜査室内に設置された取調室の鏡の向こうに待機してもらっている。
「そこでのお話をお聞きしたいのですが、宜しいですか? もしかしたらお答えしづらい事や悲しくなる事ををお聞きするかも知れませんが……」
「はい、大丈夫ですので御願いします」
僕やリーヤの眼をしっかり見て答えるサイヤ。
柔らかい猫毛に覆われた手がお腹に当てられている事に、僕は気が付く。
「すいません、これは事件とは関係ない事ですが、もしかしてサイヤさんのお胎内には……」
「はい、あの人の忘れ形見ですの。あの人も知ってはいましたので、お腹が大きくなる前に寿退社をする予定でしたのに……」
「それは……」
お腹を優しく撫でるサイヤ。
僕は自分から聞いておきながら、サイヤに対する答えに詰まった。
「そうでいらしたのですね、ご愁傷様です。分かりました、わたくし達捜査室が全力を持って事件を解決し、サイヤ様とその御子が安心して暮らせるよう致しますわ」
「はい、ありがとうございます」
リーヤが、うまくサイヤを慰めてくれた。
サイヤの眼に涙が浮かぶ。
……よーし、絶対事件解決しなきゃ!
「お聞きしたいのは、騎士団の内部事情についてです。騎士の方々と術者の間には問題があったのでは無いですか?」
「はい、騎士の中にはエサイアスのような獣人、ドワーフ族とかも多いのですが、術者はヒト族やエルフ族が大半です。人種差別的なものがまだ残っていますし、そうでなくても乱暴な騎士の方々に対しては事務局内部でも不満を持つ人が多く居ました」
やはり騎士と術者の間にシコリはあるらしい。
というか、事務局からもあまりよく思われていなかったとは驚きだ。
「サイヤさんは、その……大丈夫だったのですか?」
「はい。幸い私は事務局でも、荷物運びとか雑用の裏方だったので、同じ部署の叔母様達に大事にしてもらいました。事務方でも表の上位の方々には術者上がりの方が多くて、その方々からはあまり良く思われていませんでしたが……」
事務方内部でも上位と雑用の間では格差が生じている様だ。
しかし、どこの世界でも世話焼き叔母さんがいるらしい。
「事務方の術者あがりの方とは、例えば老齢で現役を引退された様な方ですか?」
「いえ、そういうのはごく一部ですね。大抵は、才能を認められずにしょうがなく事務方に落ちた若い方が多いです」
これも僕の予想外だ。
なら、もしかして……。
「すいません、わたくしからも質問宜しいですか?」
「はい、リリーヤ様」
リーヤが質問をしてくれる様なので、僕は聞き役に徹する。
「騎士団には、全体で女性の方々はどのくらい居ますか? わたくし騎士と術者の方の名簿は見せていただいているのですが、事務方の事は分からなくて」
「はい、私が知る限り、事務方で女性は12名。内、わたしのような下働きが5名、事務をなさっているのが3名、管理職が1名です」
なるほど、この中に……。
「管理職の方とは、副事務局長の方ですね」
「はい」
副事務局長は、確か騎士上がりのオバちゃんだったはず。
「事務の3名の中に魔術師上がりの方は?」
「確か1名、わたしよりも少し歳上の方でヒト族です」
……ビンゴ!
「お名前は?」
「確かアンニア様と」
その後、リーヤは色々と雑談めいた話をサイヤとした。
「そうですか、サイヤ様。本日は色々とありがとうございました。今回お聞きしました事は、騎士団の方々には内密にお願い致します」
「はい、こちらこそエサイアスの無念を晴らすようお願い致します」
捜査室から去るサイヤ。
その振る手は、肉球と柔らかい毛で覆われていた。
「あの手ですから、サイヤさんはシロですね。まあ魔力からして元々そうなのは分かっていましたが」
「そうじゃな。犯人の手は小柄な子供か女性、サイヤ様の様な肉球を持たないヒト族などの手じゃ」
玄関でサイヤを見送った僕とリーヤ。
僕達は、人形から入手した手形から犯人の全体像を得た。
女性、もしくは子供で身長150cm台、ヒト族と同類の手を持つ種族の高位術者。
そこに当てはまり、騎士団内部に詳しく、かつ恨みを持つ人物。
「アンニアですか」
「多分、そういう事じゃ。捕まえるにはアンニアの指紋を公式に入手するか、別の証拠を掴むのが肝心なのじゃ」
これから裏取りをして犯人を追い詰める必要がある。
しかし、巧妙な罠を仕掛けてくる犯人、油断は禁物だ。
いよいよ犯人像に近付いたタケくん達。
これから、どうやって犯人を追い詰めるのか、乞うご期待です。




