第5話 新人捜査官は、分析業務をする。
「えっと、これがサー・コンスタンティヌスの御遺体から採取した尿に血漿に肝臓、頭髪っと」
僕は、尿サンプルに分解酵素を加えて加水分解をする。
血液から分離された血漿にも同様な処置をする。
臓器や頭髪は、ヘキサンとかでホモジナイズして除タンパク処理に加水分解。
「ああ。こういう分析業務、法化学が僕の本当の専門なんだけどねぇ」
僕は今日、久方ぶりに白衣の袖に手を通し、ラボで分析作業をしている。
反応が終わったサンプル液を、僕は加圧送液して白い樹脂の筒、固相抽出カラムに通した。
「これで濃縮っと。昔は液・液抽出で3Lくらいの分液漏斗振っていたらしいけど、あれクロロホルムとかなら水よりも随分重いよね。20分間とかは人力じゃあ振っていられないよ」
現代の目的物質の濃縮作業は、昔に比べて楽だ。
昔は、何リットルもの有機溶媒を使って水溶液の中から成分を溶媒へ溶かしだし、その後有機溶剤を気化させて目的物質だけを残していた。
身体にも環境にも悪い有機溶剤を沢山使って、それでも目的物質の回収率は100%とはならない。
「後は、濃縮した固相カラムを遠心分離で脱水、窒素パージで乾燥っとね」
「おい、タケや。そんな事をしていて楽しいのかや?」
「うわ! びっくりした。リーヤさん、こっちにあんまり来ないけど、今日は一体どうされたのですか?」
僕は、いきなりリーヤがラボに顔を出したので、びっくりした。
作業がひと段落したので、使い終わったガラス器具を流しに運びながら、僕はリーヤと話す。
「此方は少々暇じゃし、タケを手伝えば早く美味しいもの作ってもらえると思ったのじゃ。」
「そうなんですか。まあ、洗い物とかは、今は超音波洗浄機と除タンパク洗剤があるからリーヤさんにお手伝いしてもらう事は、今のところ無いですよ」
僕は超音波洗浄機のヒーター温度をやや高めに設定し、そこに汚れた器具を放り込む。
そして強力アルカリ洗剤と水を入れて、タイマーを設定、洗浄を開始した。
「しかし、この部屋は少々臭うのじゃ。これはナニの臭いじゃ?」
リーヤは、小さくて可愛い鼻を摘みながら俺に話す。
「これは有機溶剤、油の一種ですね」
俺はリーヤが可愛く見えて、笑いながら話す。
「笑い事ではないわい。これは身体に毒では無いのかや?」
「そうですね。直接飲んだら、死んじゃうものは結構ありますね」
「ひぃぃ! タケや、間違っても料理に変なもの入れるでないぞ!」
「はいはいです。さて、後は乾燥っと」
僕は、遠心分離が終わった固相カラムに一本ずつ乾燥した窒素ガスを通す。
これでカラム内に水は残らない。
「まあ、LC系だから完全に乾燥させなくても良いんだけどね」
僕の独り言を聞いたリーヤさんは、僕に質問する。
「タケや、これは一体ナニをしておるのじゃ? 此方にも教えてはくれぬか?」
「はい、良いですよ。これですが、尿、オシッコですね。とか血液、臓物なんかを水に溶かして、それをこの白い小さな筒の中に通しました。そうすることで、尿とかの中にあった成分、この場合はマヤクやマヤクが体の中で壊れたモノがこの筒の中に捕まります」
固相カラムは、いわば吸着剤。
この中に水系に溶かしたサンプルを通せば、目的成分がカラムにキャッチされる。
「今は、このカラムに乾いた窒素、空気の中の一部を通して水分を飛ばしています。そして乾いたら、ここにアルコール、酒精やヘキサン、石油を通して溶かし出します。で、溶け出した液を、向こうにある子達に通します」
僕は向こうの部屋にあるGC/MSやLC/MS・MS等をリーヤに示した。
この分析機器械達、過去に県警科捜研で使っていたもので、「おさがり」だ。
だって、どの機器も新規購入したら、マンションとか地方なら一軒家買える金額だから、貧乏かつ異世界な捜査室でそんなもの買える筈は無い。
それぞれの機器は一応メンテ済みの上、一番寿命が早いPC部分は新品にしてくれているので、後10年くらいはどれも使えそうだ。
「すると、どんなモノがどのくらい入っているか分かります」
「うみゅぅ、分かったような分からないような」
リーヤは首を捻る。
「まあ、簡単に誰にでも分かってしまえば、専門職の僕はクビですけどね」
僕は自虐気味に話した。
「でも、コレはリーヤさんにも分かるかもですね。例えば、この御遺体から出たサンプルと昨日僕達が回収したマヤク。これらをこの機械にかけるとどうなりますか?」
僕は、リーヤに問題を出した。
「それぞれ、どんなマヤクがどのくらい入っているのか分かるのじゃろ」
「はい、ではそれらを比べたらどうですか?」
首をかしげて、腕を組み考え込むリーヤ。
「うみゅぅ……、そうか! 同じマヤクなら同じ結果が出るのじゃ!」
「おお、正解です。さすがはリーヤさんです」
賢いリーヤが、羽をぱたぱた、尻尾をぴょんぴょんさせながら得意げに笑うのが可愛くてたまらない。
……僕、ロリータやペドフェリア趣味は無いはずなんだけどなぁ。
「なので、これで同じマヤクなら、事件に使われたマヤクの出所がハッキリします」
「そうか、後はバイヤーを当れば購入者、つまりホシが分かるかもという事じゃな」
「はい、その通りです。これらを行うのが僕の本来の仕事、科学捜査なんです」
本来の科学捜査を行う検査員は、証拠採取以外には現場には出向かない。
少なくともドンパチなんて事は決してやらない。
だって、検査員は法務警察官では無く、科学系技術官として業務に携わっているのだから。
美人女優さんがロングランでやっている日本の科学捜査ドラマでも、基本ドンパチはしない。
しかし、アメリカの科学捜査ドラマでは、お国柄しょっちゅう銃撃戦が発生する。
マイアミとかのスピンオフじゃ、ラボのチーフはまず白衣を着て分析はしないし、ほぼ毎回容赦なく犯人を撃っている。
別の番組になるけど、骨専門のヤツでも、結構危ない話は多い。
「僕、保冷所サンみたいには、なるつもりなかったんだけどねぇ」
「なんじゃ、それは?」
リーヤが突っ込む。
「えーとですね。地球はアメリカという国のテレビドラマで僕みたいな仕事をして事件を解決していく話の事なんです。見てみますか?」
「で、そのドラマとやらに美味しいものは、でるのかや?」
「あんまり出ないですね。アメリカは食文化については比較的貧しいですから。日本語吹き替え版ならウチにメディアがあったはず。他にも日本でも同様なドラマありますね」
「うみゅ。此方は英語は、よー分からん。日本語の方が良く分かるのじゃ!」
……食いしん坊で日本通の魔族、これで良いんだろうか?
僕は、抽出作業をしながら楽しくリーヤと話した。
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(追記)
では、今回は銃じゃなくて作中に出ました分析機器について解説を致します。
なお、作者の本業は、これらの分析機器を使用して水質分析をすることです。
1:クロマトグラフ
クロマトグラフとは、気体や液体等の移動相(流す役目)として使い、カラムと呼ばれる管の中に混合物を通し、カラム内の固定相(吸着しやすいもの)との相互作用で物質を分離する方法です。
分かりやすい例では、ぺーパークロマトグラフ。
水性マジックで点を打った細長い紙を水に浸すと、使われていた染料が分離して、複数の色に分かれていきます。
この場合の移動相が水、固定相が紙ですね。
2:液体クロマトグラフ(LC)
LCは、移動相として液体、主にメチルアルコール、アセトニトリル、ヘキサンなどの有機溶剤を使い、固定相としてシリカ系樹脂に目的に応じた吸着成分をくっ付けたものを用います。
主に揮発しにくかったり、熱に不安定な物質を計測します。
液体は高圧ポンプで送液をし、注入口から打ち込まれた混合物は、40℃ほどに加温されたカラムを通る間に分離されます。
分離された成分を確認する方法、検出器には、紫外線・可視光検出器、質量分析器等を用います。
3:ガスクロマトグラフ(GC)
GCは移動相にヘリウム、水素、窒素などのガスを、カラムとしてガラス内に吸着剤をコーティングしたものを用います。
用途として石油、天然ガス、そして揮発しやすい有機物質を分析します。
GCの場合、高温条件で使うことが多く、カラム温度は最高200℃を超える事もあります。
機器に注入する際に揮発させるために注入口も同じく150℃程度に加温されています。
検出器として燃やすFID、放射性物質を使うECD、そして質量分析器があります。
4:質量分析器(MS)
MS、といってもモビルスーツでもマイクロソフトでもありません。(笑)
物質を質量、重さ(原子量:水素は1、炭素は12、酸素16など)別に仕分けることで、何が入ってきたかを判別する機器です。
他の検出方法では、何かは来た事が分かっても、何が計測器に来たかまでは分かりません。
なので、基準物質をカラムに通すことで、通過時間(RT)を調べて、そこから判別します。
しかし、MSでは化合物の重さから構造が分かりますので、更に判別しやすくなります。
MSを複数個繋ぐ(タンデム化)することで、更に構造を細かく判別することが出来ます。
劇中の様にLCで麻薬分析をするのなら、タンデム型は必須ですね。
MSの形式として、四重極マスフィルター型、磁場型(フレミングの左手の法則)、飛行時間型などがあり、MSに入れる前にイオン化する方法としてEI(電子)、CI(化学反応)、ESI(静電気)、APCI(放電)、日本人ノーベル賞受賞のMALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)などがあります。
以上、銃器よりも難しいですが、計測機器についての解説でした。




