第6話 新米捜査官は、戦闘準備をする。
「拙者、苦しいでござる」
「ヴェイッコさん、もう少しの辛抱です。あまり動かないで下さいね」
僕は多方向からヴェイッコの顔の写真を撮っている。
「どうして拙者だけ、こうも沢山の写真を撮るのでござるか?」
ちょっと不満そうなヴェイッコ。
他の皆が楽そうにしているのに自分だけ大変なのが気に入らないらしい。
「それはですね、ヴェイッコさんの顔形がヒト族から大きく異なるからなんです」
「つまり、このワンコ顔が気に入らないでござるか!?」
自分の顔の事を言われて気にするヴェイッコ。
「いえ、僕個人としてはヴェイッコさんのお顔は凛凛しくてカッコイイと思っています。ただヒト族とは形が違うのでヒト族用の製品が使えないのです」
他の面子、マム、リーヤ、ギーゼラ、フォル。
全員ヒト族では無いが、顔形は殆どヒト族と同じだ。
もちろんボクとキャロはヒト族。
なので、ヴェイッコ以外はヒト族用のものがそのまま使える。
しかし、ワンコ顔のヴェイッコではヒト族のものは使えない。
もしかしたら大型犬用の医療器具なら使えるかも知れない。
……といって獣医さんのモノを使ったらヴェイッコさん怒りそう。
「今回、僕が作ろうとしているのはヴェイッコさん専用の呼吸器具なんです。敵はおそらく炭酸ガス使い。窒息の可能性もあるので、魔法を使えないヴェイッコさんを守るのは地球科学の力を借りるのが一番ですから」
僕の説明で落ち着くヴェイッコ。
「つまり拙者を守る武具なのでござるか?」
「はい、ヴェイッコさんにはお世話になっていますし、ヴェイッコさんに何かあってからでは遅いですからね」
他の皆用の呼吸器具は既に地球に注文済み。
おそらく後数日以内に携帯用酸素ボンベ・空気ボンベと同時に到着する予定だ。
……ただ、呼吸をするだけなら空気ボンベで良いけど、嫌な予感もするから酸素ボンベも準備しないと。またザハール様みたいな事にならないとも限らないし。
「で、どうして写真を撮るのじゃ? 例えば石膏とかで型を取るのではないのかや?」
毎度の様に暇そうにしているリーヤが僕に聞く。
「昔なら地球でもその方法で型取りをしていました。しかし、今では写真から3次元データを得られますので、それをデジタル化して3Dプリンターに落とし込めば、目的のモノを作ってくれます」
僕は、ヴェイッコとリーヤに3Dプリンターで模型を作る動画を見せる。
「ほう、これは面白いのじゃ! この機械はここにあるのかや?」
「この機械なら拙者の望む武具も作ってもらえそうでござる!」
2人は眼をキラキラさせて僕に聞いてくる。
「すいませんが、この機械はここにはありません。地球にデータを送るので注文済みのリーヤさん達用の呼吸器具と一緒に配送されてきます。それと、この機械は強度が高い金属製品を作るのが難しいんです。今はステンレスとかチタンで作るようになっていますが、削って作る関係で圧延材と違って疲労強度が出なくて剣ならポッキリいっちゃうんですよ」
2人とも、自分達の望みどおりに行かなかったのでシュンとする。
「リーヤさんには、また面白いもの準備します。ヴェイッコさんには、日本の刀剣があつまる博物館の情報をお教えしましょう。確か岡山県の備前長船刀剣博物館には、数十本の有名日本刀があるって聞きました」
「なんじゃ、それは!」
「早く拙者に教えるでござる!」
なぜかリーヤも食いつきが良いのは可笑しい。
「はい、えーっとココですね」
僕は、刀剣博物館のホームページを2人に示した。
「ほう、これは美しい刃物じゃ。お父様が所有する宝剣にも劣らぬのじゃ!」
「まさか、これがあの備前長船の本場でござるか。なんと美しい刃紋でござるよ!」
2人の大騒ぎにギーゼラが覗き込むようにしてきた。
「へぇー。アタイもオヤジの元で刃物を沢山見てきたけど、これは綺麗だなぁ。ちょっと細身で折れっちまいそうだけど」
「それは違うのでござるよ、ギーゼラ殿。拙者の持つ数打物ですら、こちらの刃物と打ち合っても負けぬでござる。先だってのゴーレム相手でも負けなかったでござるよ!」
妙に力の入ったヴェイッコの解説。
自分の命を掛ける武具に戦士が愛着を持つのは当たり前、魔法剣を使えないヴェイッコにとっては魔法剣と同等の切れ味を誇る日本刀は大事なのだろう。
マムやフォル、キャロが3人の談義を暖かく見守る中、僕は犯人の攻撃手段を考える。
……戦は戦う前に結果がある程度決まる。己を知り敵を知らば百戦危うからず。事前準備はしすぎる事は無いよね。
「拙者、この太刀が欲しいでござるぅ!」
……ごめん、ヴェイッコさん。それは日本国の重要文化財だから無理だよ。
◆ ◇ ◆ ◇
「なんで、こんな暗くて危ないところに呼び出しなんてしたんだろう、サイヤのヤツ」
暗い倉庫の中で手持ちランプの灯火がちらつく。
ランプを持った大柄の獣人、狼男のエサイアスは周囲を見回した。
「そりゃ、お互い仕事中に会うのは秘密にしときたいけどな。まだ団長にも結婚話はしていないし」
そわそわして恋人からの手紙をランプの灯りで見て、にやけつくエサイアス。
エサイアスは、恋人の胎内に赤子がいるというのを先日聞いた。
早く結婚を双方の両親に申し出ないと、お腹が大きくなってからでは大変な事になる。
赤子を抱く恋人の姿を夢見ていた幸せ絶頂のエサイアスであった。
「まだかなぁ。……ん! うぐぅ!」
しかし急に口元を蔽い、息苦しそうにしだすエサイアス。
ランプを落とし、手に持っていた手紙も同時に落ちて割れたランプから漏れた炎で燃え上がる。
「ぐぅぅ!」
息をする毎に急速に意識が遠くなるエサイアス。
最後に彼の脳裏に浮かんだのは、両親、友人、そして彼女とまだ見ぬ子だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「やっと死んだか、このイヌが! しかし思ったより死ぬのに時間がかかったな。では、銀に埋もれてあの世に行け!」
暗闇の中、声が響く。
そして声の主から「氷」の塊は放たれ、棚の脚が破壊された。
そして棚は倒れ、内容物の銀製武具ごと死した狼男を押しつぶした。
また手紙を燃やした炎は棚に燃え移り、火事に発展していく。
「ははは! これは好都合。何も証拠も残さずに燃え尽きるが良い。ワタシの復讐はこれからだ。ワタシの魔法を馬鹿にする騎士団なんて皆殺しだ!」
声の主の怨念がこもる嘲笑が倉庫内で広がった。
いよいよ犯人の姿が見えてきました。
さて、いったいどんな犯人なのか?
今まで以上に推理要素が増えてきました。




