第4話 新米捜査官は、トリックを思いつく。
「これは、ものすごく鋭い刃物ですね」
僕はラボで、棚の切断跡を顕微鏡で見ている。
「そうなのか? 此方には、よー判らん」
暇そうにラボに入って僕の作業を眺めているリーヤ。
「それはですね、この切れた跡に木の繊維が潰された跡が無いんです。普通、剣とかノコギリだと、こんな感じになります」
僕はCRT画面に今回の切断面と、刃物毎の木材切断面を提示する。
「木の種類が同じでは無いですから参考程度ですけど、全く違いますよね。後、今回の木材、沢山ヒビが入っているのが気になりますね」
通常、木材は伐採後、十分乾燥させてから使用する。
水分が多い生木をそのまま使用すると、乾燥時に収縮してヒビが入ったり、作ったものが歪んだりする。
「まるで一部分だけ生木だったのが、急に乾燥した様な……。そんな事は無いですよね」
「なんじゃ、此方に聞いておるのかや? そんなゾンビ生成みたいな術は知らぬぞ。先に言うておくが、此方はそういう死霊術は専門外じゃし、使う気も無いのじゃ。死者の永眠を妨げ、尊厳を奪うような術は嫌いなのじゃ!」
「はいはい、リーヤさんはお優しいですものね」
「そうじゃろ、そうじゃろ! だから、早う仕事を終わらせて此方にご飯をご馳走するのじゃ!」
リーヤは、ご機嫌そうに背中の羽をパタパタする。
「はいはい。さてじゃあ何作るか考えなきゃ。冷凍庫に何あったかなぁ?」
僕は、冷凍庫にしまいこんだ食材を考える。
長期間冷凍すると食材の中の氷の結晶が大きくなるから、食材がグズグズになる。
人体の冷凍睡眠が出来ないのも、この氷の問題だ。
……あれ? 冷凍……凍結……氷!!
「あ、分かったぁ!! リーヤさん、この切断跡、急速に凍らされているんだ。その時に水分が氷になって膨張、その後火事で溶けて膨張した後がヒビになっているのか!」
「な、なんじゃ!? 何か分かったのかや?」
「ええ! ありがとうございます、リーヤさん。答えが半分分かりました。で、今度はリーヤさんに聞きたいんですけれども、氷の刃物を飛ばす術とかありますか?」
僕は興奮してリーヤに聞いた。
「もちろんあるのじゃ。凍結系ならメジャーな術じゃ。古典魔術系だけでなく精霊術系でも同様な効果の術はあるのじゃ」
……なら、もしかして。
「となると犯人は風系と凍結系の術が使える術師かもしれませんね。風系でリーヤさんがザハール様の顔の周りを囲ったようにして、そこに二酸化炭素を充満させたら一息で死んでしまいます。また氷の刃物を使って遠くから棚を倒す事も出来ますし」
「なんか偉く遠回りな術者じゃのぉ。此方なら証拠を残さず処分するのに『分解』で吹っ飛ばすのじゃ!」
……ものすごく物騒な呪文聞いた気がするよ。
「ま、まあ。リーヤさんが僕達の敵じゃなかったのを感謝しますです」
2人で楽しく話していた時、ギーゼラがラボに飛び込んできた。
「2人とも! また騎士団で殺人でい。今度は騎士がどってぱらに大穴空けられたって!」
「なんじゃとぉ!! またタケのご飯が遅くなるのじゃぁぁ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「これは魔力光や火炎系、雷撃系じゃないのは傷口が焼けていないので分かります。まるで大砲でも喰らったみたいですね。射入口よりも射出口が少し大きいから、銃弾っぽいです」
僕達はフォルを留守番にして全員、遺体発見現場、騎士団控え所の庭に来ている。
今回は事件捜査中だったので、現場を荒らす前にすぐに僕達へ連絡があった。
「これなら50口径の対物ライフルと同等の砲弾による銃創と類似してますわね。でも組織の破損具合が違うかも。詳しくはラボへ御遺体を送ってもらって確認しなくちゃですわ」
お国がら銃創に詳しいキャロリン、御遺体を前に検分をする。
「では、その旨を団長にわたくしがお話します。なら、今回は魔法若しくは銃器による狙撃と判断しますか?」
「今のところは、その可能性大とだけ言いますわ」
マムがキャロリンと話している間、僕は御遺体の周辺を見て回る。
「うーん、銃弾らしきものは無いなぁ」
金属探知機で周辺を探すも反応なし。
「アタイの目でも妙な精霊は居ないね。周囲の精霊に聞いたら、精霊系の術じゃないって。ある程度離れたところからの狙撃らしい」
ギーゼラが精霊術者らしい聞き込みをする。
事件直後なら、精霊が周囲にいる限りある程度の情報は掴めるのだ。
「では、ガイシャが倒れる音しか聞いてないでござるね」
「はい、鎧と庭石が当る音だけです。何かモノを落されたのかと思い、庭を見たら……」
ヴェイッコが聞き込みをしている従者らしきヒト族の男性からの証言では大きな音、つまり銃撃音は聞いていない事になる。
「しかし、この間文句を言っていた本人がガイシャになるなんて……」
僕は倒れ付すガイシャ、この間僕達に文句を言っていた騎士を見下ろした。
軽装ながら腹部鎧を貫通する一撃、どういう攻撃でこんな傷が出来るのか?
鎧にあいた穴を、僕は凝視した。
……あれ、妙に鎧が濡れているよね。もしかしてこれは氷の刃か、弾丸!?
「キャロリンさん、急いで傷周辺の温度を確認して! もしかしたら凍っているかも!」
「は、はい」
キャロリンは肝臓に刺していた温度計を傷跡に付ける。
なお、肝臓に温度計を刺すのは体内温度から、死亡推定時刻を調べる為だ。
「あら、5℃。そんな事は真冬でも普通ないわよ! さっきの肝臓温度も死亡予想時間からして異常に低かったし」
……だったら?!
「傷周辺は濡れていますか?」
「そうねぇ。傷自体は濡れていないけれども、鎧は霜がついたように濡れているわ」
……なら、答えは、こうか!
「皆さん、2つの事件の犯人の凶器が分かりました。一旦、ラボに持ち帰って確認してから説明しますね。ああ、皆さん帰りに地球人向けスーパーでアイスクリームを買いましょう」
僕の説明に皆、頭を傾げた。
ただ、1人だけは反応が違っていたけれども。
「アイスクリームとな。此方はチョコミントが良いのじゃ!」
「はいはいです」
実にマイペースなリーヤちゃんです。
おかげでシリアスムード、ぶっ壊れですね。




