第16話 新米保安官は、幼女を迎えに行く!
「えー、それは契約のキスマーク!! タケ、いつのまにリーヤと主従契約なんてしたのですか!」
マムがビックリ顔をする。
もちろん領主夫妻も。
「あの子ったら、いつのまにタケ殿を確保したのか」
「ええ、手が早いったらしょうがないですわね」
先ほどまで曇っていた領主夫婦の顔が、苦笑いながら笑顔に変わる。
「ここに来る途中の車内で、ずっと友人で居ますよ、って言ったら、いきなりキスされちゃいました」
あの後、妙にキス跡から熱を感じ、外見上変化が無いのにどうしてかと思い、シームルグ号に乗り込む前にリーヤに聞いてみた。
「それはな、主従契約のキスじゃ。本当はお互いに認証して額とか手の甲にするものじゃが、今回はあくまで手付けじゃ! それ以上の意味はまーったく無いのじゃ。一切、気にせんで良いのじゃぁ!」
と、顔を赤くしていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ん? あ、ありゃ。此方は、どうしていたのじゃったかな?」
わたくしは、床の上で眼を覚ました。
一応、毛布で何重にも巻かれてはいたが、とても貴族令嬢にして良い仕打ちでは無い。
また、両腕を繋ぐように魔法封じの腕輪をされている。
「うみゅ? そうか、此方は気絶させられてしまったのじゃ!」
わたくしの中で記憶が繋がる。
お父様を襲う賊と対峙していた時に、昏睡呪文を使われたのだ。
「奇襲されて眠らされてしまうとは、此方一生の不覚じゃ。また皆に叱られてしまうのじゃ!」
わたくしの頭の中には、お父様お母様を始め、多くの仲間たちが自分を心配して叱る姿が見えた。
「タケや……。皆、無事であれば良いのじゃが」
魔法耐性が殆どないであろうタケ、あの者の安否が一番心配だ。
「こうなってみれば、此方はお父様やタケ、その他大勢に甘えすぎなのじゃ!」
幼子の姿をしているからか、周囲の皆はわたくしを大事にしてくれる。
「大事にしてくれるのと、甘えは随分と違うのじゃ。己を律せるように出来なければならないのじゃ!」
「そ、それがリリーヤ様のお考えなのですね」
わたくしがぼんやりとした頭で独り言を話していたら、返答があった。
「お主、ユーリなのかや?」
◆ ◇ ◆ ◇
「ええ、御見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
そこには壁にもたれ床に座り込んだユーリが居た。
「お主、酷い怪我をしておるのじゃな? 悪い事は言わぬ、投降するのじゃ。今ならまだ間に合うのじゃ」
しかし、ユーリは弱弱しく首を振る。
「本来でしたらリリーヤ様をイワン様にお届け出来たら良かったのですが、追っ手が掛かっており、この隠れ家に逃げ込むことしか出来ませんでした。イワン様には人を送りましたので、まもなくリリーヤ様をお受け取りに参るかと思います」
「まだ、そんな戯けた事を申しておるのかや? それこそがイワンを愚か者に育ててしまったのじゃ!」
わたくしの問いに、今にも消えそうな笑顔をするユーリ。
「そうはっきりと言ってくださられる方がイワン様には必要だったのです。あのお方は家の中で誰も頼る者がおらず、味方は私だけでした。そして私に随分と甘えてくださったのです」
「だから甘やかしたとな? それこそが虐待なのじゃ。確かに甘える相手は必要かもしれぬが、何も律せずに甘やかすのはダメなのじゃ。なんでも自分の意見を押し通す暴君になってしまうのじゃ!」
眼を伏せるユーリ。
その身体を覆う衣服には赤黒い跡がはっきりとあり、それが床をも濡らしている。
「ええ、それが今のイワン様です。私も何処かで気がついて居たのでしょう、このままではダメだと。しかし、イワン様は年を負う毎ますます増長なさり、無理難題を申し付けてきました。そしてそれが適わぬとなれば、まるで幼子がする様に暴れられ、最後には痙攣まで起こすのです。そのまま死なれては困りますから、今までなんとかしてイワン様の希望を適えてきました」
「それが、今のイワンか」
「はい」
ユーリの眼には後悔の色が見える。
その経歴は、今身体を覆う服のように血塗られている。
「血塗られた解決方法しか知らぬ其方も哀れじゃが、そう育てられてしもうたイワンも哀れじゃ。もう終わらせるのが、誰のためでもあるのじゃ」
……わたくしにはお父様、お母様、お姉様、お兄様。そしてマムを始めとする優しさと厳しさを兼ね備えている仲間がいる。タケ、其方も此方を大事にはしてくれるが、甘やかすだけでは無いのじゃ!
「も、もう私には時間もありませぬ。今回や今までの事件は全て私が一存で行った事、イワン様には一切関係がございませぬ。誠にご無理を申すのですが、私の命一つで全てお納め願えませんでしょうか?」
今にも消えそうな命でわたくしに嘆願するユーリ。
その蒼白な顔を見て、わたくしは話した。
「それは此方の一存では決められぬ事じゃ。ただ、其方の忠義は理解したのじゃ。これからイワン様を逮捕に行くのじゃが、出来る限り命だけは救う方向で提案してみるのじゃ!」
……今にも死にそうな老人相手に、主人共々死ねとは此方は、よー言えんのじゃぁ! イワンがいらぬ抵抗せぬのをせめて願うばかりじゃ。
「あ、ありがとうございます。もっと早く貴方様とイワン様が出会っていたのなら、未来は変わっていたのでしょうか……」
「少なくとも其方が後悔しながら死ぬ事はなかったのじゃろうて」
わたくしが呟いた言葉は、ユーリには届かなかった。
「そうか、逝ってしもうたのか。どうやら此方が起きるまで死なぬよう気を張っておったのじゃな」
ユーリは、薄く眼を開けたまま逝っていた。
その身体を覆う身隠しのマントも、酷く血に濡れて効果を失っていた。
「さあ、後は誰が迎えに来るかじゃ。イワンの手のものか、それとも……」
わたくしは、へーぼんでのほほんとした 『平らな族』の顔を思いうかべた。
ばーん!!
次の瞬間、隠れ家のドアを吹き飛ばして若い男が飛び込んできた。
「リーヤさん、助けに来たよぉ!!」
「タケぇぇぇぇ!」




