第13話 幼女は、父親を助けに飛び込む!
「うー、待ちきれんのじゃぁ。此方は、いつまでここに隠れておらねばならんのじゃぁ!」
リーヤが赤色灯の下で吠える。
「リーヤさん、しょうがないでしょ。まだ賊が残っていて戦闘中なのですから。ターゲットのリーヤさんが今行ったら、それこそ『鴨葱』ですよ?」
僕は、横に座るリーヤを慰める。
「そうですわよ、リーヤ。淑女たるもの、時には辛抱も大事ですわ」
エカテリーナもリーヤを諫める。
「うみゅーみゅー、でも気になるのじゃ。特にお父様が自ら対処するというのが気になるのじゃ! まだ、お父様も病み上がりで本調子ではないのになのじゃ! ところで、タケや、『鴨葱』とはどういう意味かや?」
リーヤは、少しイラついた顔で僕の顔を見る。
「地球の鍋料理に、鴨という鳥を使ったものがあります。それには葱という薬味系の野菜を入れるのですが、鴨が葱を背負って漁師の眼の前に出てきたら、すぐに食べられて便利だよねってのが『鴨が葱を背負ってくる」略して『鴨葱』というのです」
「つまり、此方が葱を背負った鴨、ユーリが漁師ということかや? 此方は、そんなに美味しいのかや?」
小首を傾げるリーヤ、赤色灯の下でも可愛い。
「はい、そういう事です。イワンにしてみれば、最高級の料理でしょうね。ですので、リーヤさんはノコノコと出て行っちゃ駄目なんです」
「あら、その例え話可笑しいですわね。確か、こちらにも『口に飛び込むパン』等のことわざがありますのよ」
意外な事に反応をしてくれるお母様。
暗い車内で少し不安なところ、僕とリーヤの「漫才」が面白かったのだろう。
「他には同様の意味で『棚から牡丹餅』、つまり棚に置いていた菓子が勝手に口の中へ転げ落ちてくるということわざもあります。これは奥様が申した物に似ていますね」
「牡丹餅って美味しいですよ。確かイチゴを封入したイチゴ大福とかも美味しいですわね」
僕は2人の緊張をほぐすべく、落ち着いて話す。
更にキャロリンもフォローしてくれている。
僕の今の仕事は、2人の警護と、最悪時キャロリンと一緒に機動要塞指揮車を運転して、ここから2人やフォルを連れて脱出する事だ。
「現在、『お客様』6名を対処完了。残るお客様は、領主様のお部屋前です」
フォルからのオペレート音声が直接僕たちに聞こえる。
彼女は、僕たちが座る車両後方の荷物室兼ブリーフィングルームより前方、C3ブースに座って今回のオペレーションを行っている。
「うみゅぅぅ、お父様大丈夫であろうなぁ?」
「そこはマムに任せましょうよ。マムが直々に対処して下さるのですから」
僕もやや不安は残るものの、マムを信じ腕の中のPDWの銃把をしっかりと握った。
◆ ◇ ◆ ◇
かちゃり。
きぃぃ。
鍵が開く音と共に、領主寝室のドアがゆっくりと開いた。
「よし、こい!」
影3つがドアの隙間から、ぬぅっと入る。
先頭の影が、天蓋付きのベットの方を見る。
そして、驚愕の声を上げた。
「何故、オマエが起きている? 死にかけたのじゃないのか!」
「残念。娘の同僚は、ずいぶんと優秀だよ。私の毒殺はおろか、キミ達の襲撃まで防いでくれるのだから」
そこには、ベットに座り強い眼光で睨むザハールが居た。
「くっ!」
次の瞬間、部屋が煌々と明かりで照らし出される。
「ユーリ・ヤロスラヴィチ、もう観念しなさい。貴方の行った犯罪は全部分かっています。領主並びにモリベ保安官の権限において、貴方を逮捕処分致します。貴方の主人が可愛いのなら、この場で自害なさい。そうすれば、主人の罪は生涯座敷牢での蟄居で済みます。しかし、まだ足掻くというのなら、貴方共々イワン様には天上の高みに上って頂くことになります」
領主の横に立つ上位エルフは、凛とした声で影に宣言する。
「こ、このクソエルフ女ぁ。言わせておけば、なんて事を言うのだ!イワン様は神聖にして決して侵してはならぬもの。皇帝陛下に連なる高貴な血筋であらせれられるのだぞ。オマエのようなオンナに軽々しく罪なぞ言われる筋合いなぞ無いのだ!」
ユーリは激高し、顔を覆っていたマスクを剥ぎ、叫ぶ。
「その高貴な血筋のお子をあそこまで駄目な暗君にしてしまったのは、お主だろう? 主君を思うのなら、躾をすべきであった。過度な甘やかしは虐待なのだ!」
ザハールはベットから起きだして、横に立てかけていた剣を握る。
「何故だ! 母君を幼くして失い父君からも構ってもらえなかったイワン様は私が守り育てるしか無かった。それがイワン1世様から託された私の仕事だったのだ!」
「しかし、なんでも与えるというのはザハール様の言う通り虐待も同じこと。幼子に我慢する事を教え、いずれは立派な領主となるべく厳しくされど愛情を込めて育てるのが世の道理。そこを貴君は大きく間違えたのだ!」
マムは、右手に細身の剣、左手に拳銃を握って銃口をユーリに向けた。
「なぜ、イワン様の素晴らしさがオマエ達には分からないのだ! あのお方こそ、いずれは皇帝ともなられるお方なのだ。娘が皇帝の妻になられるのを何故拒否するのか!」
ユーリは黒塗りの短剣を構え、老齢とも思えない素早さでマムへ目掛けて飛び掛かった。
ぱーん!
マムの拳銃から放たれた9mm弾は、惜しくも素早く動くユーリを掠める。
また、後ろに控えていた「影」もユーリと同時にザハールへ目掛けて襲い掛かった。
「ぬ!」
ザハールの眼が細められ、剣先を賊に向けようとした時、
「病み上がりのお父様にナニをしてくれるのじゃぁ!!」
幼子の叫び声と共に巨大な球電が紫電と共に走り、ザハールへ目掛けていた2つの影を薙ぎ払った。




