第12話 新米保安官は、襲撃を待ち受ける!
深夜の貴族街に影が蠢く。
「妙に警戒が薄い気がするが、気のせいか?」
身隠しの魔術マントを羽織ったユーリは、深夜のペトロフスキー邸を物影から見る。
屋敷は深夜ともあって、明かりが全く見えない。
そこまでは普通なのだが、先日の毒殺未遂事件があったにも関わらず、寝ずの見張りが門や屋敷玄関に見受けられないのだ。
「領主ともあろうものが、警戒をしていないのは不用心だな。まあ、田舎貴族ならそんなものか」
ユーリは背後にいる部下達に命じる。
「これより作戦を開始する。事前打ち合わせ通りに行くぞ」
「や-!」
闇夜の中、漆黒の影が数個動く。
その影達は、屋敷の周囲を囲う高い壁をよじ登り、忍返しをものともせずに飛び越えていった。
「あの荷馬車がヤツらのものか? 妙に動いているし、風情も何もない愚劣なものだな」
エンジンが掛かったままの捜査室の自動車を一瞥したユーリは、屋敷へと取り付く。
その後、屋敷の窓に張り付いたユーリとは別の影が、細いナイフを使って窓をこじ開けた。
「では、誘拐組は、リリーヤ嬢の部屋へ、暗殺B組はエカテリーナの部屋、暗殺A組は私と共にザハールの部屋へ」
「やー!」
影達は、窓から屋敷内へ潜入すると、3つに別れていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、『お客様』が入場しましたぁ。皆さん、『開店準備』よろしくですぅ」
「了解ですわ、フォルちゃん」
「まっかせてー、フォルっち!」
「フォル殿、拙者いつでも出陣できますぞ!」
「ワタクシ、宜しくてよ」
「おうなのじゃ、フォル!」
「フォルちゃん、らじゃー!」
赤色灯が点る部屋の中、複数のモニター画面を前にして、猫娘はニンマリと童顔を崩す。
「うわー、こんなに『お客様』が『予約』通りいらしてくださるなんて、『当店』は商売繁盛ですね」
フォルは「客」の動向を観察し、「店員」それぞれに指示を出した。
「リーヤお姉さんのお部屋に3名、お母様のお部屋に3名、同じくお父様のお部屋に3名ご案内です。本命はお父様のお部屋ですぅ」
「りょーかい!」
各種センサーからの情報が逐一フォルの操るPCに表示される。
「では、皆さん、『お接待』よろしくですぅ!」
◆ ◇ ◆ ◇
かちゃり。
リーヤの部屋の鍵が開く。
きぃ。
かすかな軋む音を立ててドアが開いた。
そして開いた隙間から、3つの影がリーヤの部屋に入った。
「ターゲット確認、よし眠っているな。では、更に眠らせるぞ」
「やー」
影は『眠りの精霊』術を使った。
術の光がベットに眠る幼女を覆う。
「では、ターゲットを運ぶぞ!」
影はベットから毛布をはぎ取った。
「!!!」
しかし、そこには丸められた毛布やクッションしかない。
ターゲットの幼女の影も形もないのだ。
……まさか、嵌められたか!
そう影が思った瞬間、かすかな破裂音と同時に強烈な衝撃と熱いモノを腹部に感じて床に吹き飛ばされた。
残る2つの影も、続いて同じように倒された。
……何故、バレたのか。俺はナニで倒されたのか……
床に広がる己の血に濡れながら、影の意識は遠くなる。
「てめーら、相手が悪かったな。観念して成仏しな」
影が最後に聞いたのは、若い女の声だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「こちら、ギーちゃん。賊3人を無力化。多分全員死んじまったと思う。リーヤん、先に謝っとく。リーヤんの部屋、血で汚しちまった」
「こちら、リーヤ。ギーゼラや、状況が状況じゃ。許すから、後で部屋の掃除を手伝うのじゃ!」
「らじゃー!」
ギーゼラは「影」から身体を完全にだして、足元に転がる死体を確認すべく、その顔を覆うマスクを剥いだ。
「ありゃ、ダークなエルフさんですか。こっちは、ダークっぽい魔族さんかいな? 先手必勝で助かったかも。いくらアタイでも術者3人同時の相手はきっついもんな」
ギーゼラは隠れていた「影」から上半身を出し、消音魔法を掛けながらショットガンで3人の賊を射殺した。
完全な奇襲で、魔法に長けていたであろう賊は、一切の反撃もできずに無力化されたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
時を同じくして領主婦人の寝室。
「よし、お前たちは退路を確保しろ」
影は、別の2つの影に背後の安全を確認させる。
「恨みは無いが、イワン様の為に死んでくれ」
そう呟いて、影は豪華なベットに横たわる婦人を毒付きの短剣で深く突き刺した。
「ん!?」
人体を刺したにしては、柔らかすぎる感触が短剣越しに伝わる。
「まさか!」
影が毛布を剥ぐと、「お馬鹿さん」と書かれた紙が貼り付けられた筒状の抱き枕があった。
「しまった! 罠だ!」
そう叫び、振り返ると後ろにいたはずの影2つは血の海となった床の上で倒れていた。
「ぐ!」
次の瞬間、影の両手足に冷たい感触が走り、それは灼熱の痛みと変わった。
「うぎゃぁぁ!」
どん!
影の後頭部へ衝撃が走り、影の意識は掻き消えた。
「こちら、ヴェイっち。賊2名を処理、後一人、イワンの名を出したバカはダルマにして確保したでござる」
暗闇の中から、日本刀を構えた狼男が現れる。
「リーヤ姉さん、もしかして拙者もお母様のお部屋を、お掃除せねばならぬのでござるか?」
「このワンコ侍が。そんなの当たり前なのじゃ。それがイヤなら汚さずに倒せば良かったのじゃぁ!」
狼男は、先ほどまでの凶暴な顔つきから情けない顔に変わる。
「そんなの無理でござるぅ。せめて、掃除にお手伝いを誰か貸して欲しいでござるぅ」
イルミネーターごしにペコペコする狼男であった。
◆ ◇ ◆ ◇
「うふふ、順調ですねぇ。マム、『お客様』、無事に処理できていますよぉ」
「了解よ!」
猫娘は、機動要塞指揮車内のC3システムのモニター上で対処されていく賊の様子を見て、微笑む。
なぜ、賊の奇襲が簡単に察知出来たのか?
まず最初に、領主ザハールが倒れたが死には至らずしばらくは療養する、という情報が、領内及び中央へ写真付きで送られた。
それと前後して、捜査室の面々により屋敷内に地球科学からなる監視システムが構築された。
暗視能力者でも見えない遠赤外線域のレーザーセンサー、浮遊しない限り存在が分かる感圧マット、不可視魔法でも検知できる対人レーダー&エコー、そして高感度暗視カメラ、更にそれらを統合するC3指揮管制システムと戦術イルミネーター。
これらの前では、科学を知らぬ異世界人では太刀打ちも出来まい。
なお、電源はキャロリンが嬉々として乗り付けてきた、大型トラックから確保している。
この大型トラック、ドイツの有名メーカーの作る多目的作業用自動車を改造した、機動要塞指揮所とも言える存在、その名を「シームルグ」。
イラン地方の神鳥、フェニックスとの関係も言われているとか。
ネーミングはメインドライバーのキャロリン。
どうやら昔のSFアニメ・コミックの巨大空中移動指揮機かららしい。
……確かに指揮機であるのだけれど、トラックに鳥の名前ねぇ。まあ、サンダーバードというスポーツカーもあるし、良いか。
このシームルグ号、ライフル弾くらいまでなら問題のない重装甲と、強力な発電能力、C3指揮管制機能、そして多くの物資・人員を運搬可能としている。
各所に監視カメラ及びセンサー、ガンポート装備。
今回は非装備だけれども、天井にRWSすら装備可能だ。
意図的に流された領主の生存情報、それを聞きつけたユーリは動かざるを得なくなった。
確実に致死量を入れたはずの毒で誰も死んでいない、つまり今まで誰にも気が付かれなかった毒が見破られた可能性が高い。
時間が経過する程に、誰が毒を混入したのか調べられてしまう。
なら、事が公に至るまでに邪魔者の排除、更に主への貢物の確保をする必要がある。
それは、今までも行ってきた行為だ。
そう思ったユーリは、古参の部下達を仮住まいとして自らの主が借り受けている屋敷に呼び寄せた。
これが、ユーリの大きな失敗であった。
まさか、自分のいる屋敷に遠隔監視システムを仕込まれているとは思わなかったからだ。
というか、監視システムの存在すら異世界人ではほぼ誰も知らないであろう。
この地球科学・異世界魔法どちらも行使するのが、異界技術捜査室の強みなのである。
「『お客様』の動きが分かれば、『おもてなし』の準備は万端ですぅ。ギーゼラお姉さんが、お屋敷に忍び込んで監視カメラ仕込んでくれたおかげですね」
「潜入は、アタイにまーかせといて!」
襲撃タイミングさえ分かれば、後は待ち構えるだけ。
凄腕の暗殺者相手では殺されては可哀そうだから、襲われる日には門番をあえて配置しなかった。
「さあ、仕上げですぅ。マム、よろしくお願いしますぅ」
「了解よ、フォルちゃん!」




