第10話 巡査部長は、捜査を手伝う。
今日から僕、守部 武は超常犯罪捜査室の捜査官、巡査部長として働いている。
科捜研に転職の話をしに行った時、既に事情を聞いているマサト先輩は「頑張ってきてね!」と言ってくれた。
なお、ケラブセオンの監視者、正岡は何も言わないが悔しそうだった。
……ごめんねぇ。僕もずっと監視されるのはイヤだもん。
で、初日の仕事が、現場での鑑識作業。
吸血鬼さわぎで「遺体」が発見された場所近くにある廃墟ビル。
遺体発見と同時期に、周辺住民からビル内で大人数が争う物音があったとの通報があった。
しかし、警官が到着した際には何も発見されず、現場から急いで立ち去る怪しげな大型バンの目撃情報があっただけだった。
「どう、タケシ君? 何か痕跡ありそう?」
「ええ、痕跡が無いのが証拠ですね。それにかすかに塩素臭もあります」
僕は、イルミネーターを紫外線照射モードにして現場を見る。
「まず、窓枠とかに溜まったホコリの多さと床の綺麗さが一致しません。床には何かで掃除した跡が、紫外線蛍光で見えます。おそらく争った跡を掃除したのでしょうね」
床は、ホコリが殆ど無く、モップ状のもので拭いた跡が紫外線蛍光で光って分かる。
「あら、確かに。イルミネーターってこんな使い方も出来るのね。ウチじゃ精々指揮命令くらいにしか使っていないの」
「オレ、バカだから分からないけど、タケシ君はすっごいな」
今日、現場に一緒に来ているのは室長のアヤメとその夫のタクト。
2人ともイルミネーターのバイザーをオレンジ色にして、僕が指し示す跡を見ている。
「たぶん蛍光剤が入っている洗剤を使ったのでしょう。それに塩素臭があるって事は、血痕を消したと思われます。これじゃルミノール反応もDNAも無理でしょうね」
血液などが付着していたら、普通に洗浄してもタンパク質分が残ってしまい、ルミノール反応で光ったり、DNAが採取可能だったりする。
しかし、高濃度の塩素系洗剤が使われれば、タンパク質は分解されてしまい、証拠が失われてしまう。
……本家CSIとかでは、毎度見る証拠隠滅方法だよね。
「という事は、これを掃除したのは遺体処理のプロという事かしら?」
「おそらく組織的に特殊清掃が出来るもの達でしょう。というか、アソコでしょうね。しかし、天井までは気が付かなかったのか、掃除が無理だったのでしょう」
僕は、視線を上に向ける。
そこには、蛍光を放つ血痕らしきものがあった。
「流石、科学捜査のプロね。ウチ、イイ子を雇えたの。これで自前で捜査できるわ」
「うん、オレも事務処理から逃げられるし、嬉しいよ」
「あらぁ、タクトくぅん。パパがそんな事していてカナミちゃんに自慢できるのぉ!」
「ご、ごめんなさい。パパが悪かったですぅ」
目の前で夫婦漫才をしている2人を見て、笑ってしまう僕。
「では、脚立か何かを探してサンプル採取しましょうか。それと、どうしますか? 監視者が邪魔なんですけど?」
からみつく視線が僕を見ているのが、実に不愉快だ。
たぶん数百メートルは離れているのだろうけど、視線を感じてしまう。
これも「覚醒」してしまったからだろうか。
落ち込んでいた間は何も感じなかったけれども、リーヤと夢で会えて以降、カンが復活、いやパワーアップしている。
……それに狙撃者としては、無意識に狙撃ポイント見ちゃうんだよね。あそこは、ここを狙うにはベストポイントだし。
「見る以上の事は出来ないから放置ね。変に手出ししてリーヤちゃんに何かあったらイヤだし。ソッチ向いてあっかんべぇでもしちゃいなさいな」
「はい! べぇ!」
「オレもね。ばっかー!」
アヤメ、タクトも監視者の気配には気が付いていたらしい。
僕とタクトは窓越し、遠方にあるビルから僕を盗撮していた監視者に視線を合わせてアピールをした。
「あらあら、びっくりして逃げたわ。面白いわね」
遠方を見て笑うアヤメ。
監視者が居た場所から反射光が見える。
慌てて逃げる際に、レンズが太陽光を反射したのだろう。
つくづく僕もチエのチーム入りして「人外」グループ入りしたと思うのだった。
……強くならないとリーヤさんを取り戻せないものね。
◆ ◇ ◆ ◇
「ど、どうして監視がバレたんだ! 300メートルはゆうに離れているんだぞ。バケモノか!」
望遠レンズをつけたカメラ一式を抱えて雑居ビルの階段を駆け下りる中年男。
「CP、こちら正岡。監視がバレた。一時撤退する。え、ミスしたのかって? 300メートル先からの監視を察知されたんだ」
ケラブセオンPMSCから日本人現地スタッフとして雇われた正岡(偽名)。
検査技師として科捜研へと潜入、今までは近くからタケシを監視していたが、捜査室へと移籍してしまったので科捜研を欠勤し、タケシの動向を監視していた。
「探偵業をやっていて尾行や監視バレた事なんて一度も無いのに。この距離から見抜かれるのは、アイツ、いやアイツラはバケモノかよぉ!」
正岡は、監視業務を受けたことを後悔しはじめていた。
いかな外資系大手企業からの委託とはいえ、監視対象は異世界の魔法を使うバケモノ。
一歩間違えば、自分の命が危ない。
「CP、もう俺は監視業務を辞めるぞ。こんな危ない橋渡っていられるかよ。貰った前金に給金全部返すから、後は知らない。今後連絡もするな!」
そう言い切って、正岡は情報端末を床に叩き付けた。
しかし、端末は床にぶつかる前に何かに巻き取られて、天井へと吊り上げられた。
「じゃ、オジサン。色々話してくれるよね。大丈夫、ケラブセオンの暗殺部隊からは守ってあげるし。ワタシに捕まってくれない?」
正岡が天井を見上げると、そこには逆さに天井からぶら下がる、蜘蛛の姿をした異形の娘が居た。
「ぎゃぁぁぁ!」
雑居ビル内に男の叫び声が響いた。
「なんとまあ、お粗末な監視者なのじゃ。これでしばらくはタケ殿の監視もゆるくなるのじゃ」
チエちゃん、普通は300m先から狙われていても気が付かないですって。
タケ君は狙撃もするから、余計に気が付くだけですし。
「現代では2km離れていても狙撃されるのじゃ。油断大敵なのじゃ!」
確か狙撃の世界記録は、イラクでの3540m。
マクミランTAC-50、ボルトアクション方式で.50BMG弾を使用しての狙撃だったそうな。
「SAOのシノノンの使うPMGヘカート2と同じ弾を使う銃じゃな。ヘカート2が14kg越えのところ、12kgくらいと軽いのじゃ!」
さすがチエちゃん、お詳しい。
対人に使う弾じゃないのは、言うまでもなく。
「そういう意味では、あれを喰らって片腕くらいで済んでいるSAOのガブリエルはバケモノなのじゃ! 普通は胴体真っ二つなのじゃ! まさにアニメ版ラスボスに相応しいのじゃ」
SAOはまだまだ原作が続くのでラスボスじゃないんですけどね。
と、話が脱線しましたが、明日をお楽しみに!




