第11話 新米保安官は、捜査を開始する!
「もうザハール様は大丈夫よ。すっかり峠は越えたわ」
今、キャロリンはザハールを診察、治療をしている。
「キャロ、どうもありがとうなのじゃ!」
「いえいえ、どう致しまして。こういった事が無いと、ワタクシ医療行為は中々出来ないですもの」
リーヤは、キャロに深く感謝を述べた。
「いつも娘がお世話になっている上に、この度は主人までお救い頂きありがとうございます」
エカテリーナもリーヤに続き、キャロに礼を述べた。
「奥様、それを言うのなら、タケ。いえ、モリベ保安官が迅速に対応したからですわ。如何なワタクシでも手遅れになってしまった患者はどうしようもありません。亡くなった後、その無念を晴らすために、どうして亡くなったのか確かめるくらいしか出来ませんから。でも、生きていたほうが良いに決まってますものね」
キャロは、少し複雑な表情をした。
「すまぬが、キャロ。其方が臨床では無く検視官になったのに理由があるのじゃな」
「まあ、そういう事なのですわ。リリーヤ様、出来ましたらその事は、もう少し後からお話するので構いませんか?」
困った顔をしたキャロを前に、リーヤはいつものドヤ顔に戻る。
「なんじゃ、今更此方に礼儀良く相手しても遅いのじゃ。細かい事は今どーでもいいから、事件解決に協力するのじゃ!!」
「は、はいはい。分かりましたわ、リーヤ。あ、リリーヤ副保安官殿でしたっけ?」
そう笑って返すキャロ。
「もー、そういう肩書き、此方はイヤなのじゃぁぁ!」
「副保安官殿、お父様の寝ているお部屋で騒ぐのはハシタないですわよ」
「お母様まで、此方を遊ぶんじゃないのじゃぁ!!」
リーヤの叫ぶ声が部屋中に響いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「あら、リーヤはまた叫んでいるのですか? あの子、すっかり元気になったのね」
「マム、確かにリーヤさんは元気になったので良かったです。で、今後ですが……」
僕は、ペトロフスカヤ家屋敷に勢ぞろいした捜査室員全員を前に、食堂で会議をしている。
……もとい、リーヤさんとキャロさんはザハール様のところか。
「はい。で、どういう捜査方針なのですか、保安官殿?」
「だから、マム! 僕で遊ばないで下さい。保安官命令です! 今まで通り指揮はマムがお願いします」
「あら、せっかく楽が出来るかと思ったのにぃ。タケのいけずぅ」
「マムぅぅ!」
マムは、僕相手に漫才モードをしている。
その間、フォルは資料を纏めているし、ギーゼラは変わった武具を見ては値踏みをしているし、ヴェイッコは周囲に溢れる魔力に怯えながら震えている。
……コイツら、本当に大丈夫か?
「まあ、冗談はこのくらいにしましょうか。保安官から正式に命令が来ましたし、これでわたくしが指揮をする大義名分は出来ました」
「マム、だったら最初から僕にそう話してくださいな」
「え、だってわたくしには保安官殿に対して命令権はありませんもの」
……マム、絶対僕をおもちゃにする気満々だよ。
「さて、ここからは真面目にお仕事しますわ。カルヒ巡査長、ギンスター巡査。ミッションスタートよ!」
いきなりお茶目モードから司令官モードへ切り替えるマム。
それを感じて、真面目に席に着く2人。
……これがあるから、皆当てになるんだよね。
「すでに保安官殿からの各種情報で、敵の正体は判明しています。フェーリスさん、資料を皆さんに配ってくださいな」
「はいですぅ」
印刷された資料が配られている間に、リーヤも食堂へ来た。
「ザハール様の容態は大丈夫なんですよね」
「そうじゃ、キャロの話だと今日明日中には意識が戻るとのことじゃ。処置が早かったので障害も残らないじゃろって言ってくれたのじゃ!」
にっこりとしたリーヤの表情を見て、僕は安心した。
「では、説明しますわ。ただ、この案件は帝国においては秘匿事項が多いので、他言無用よ」
「アイ、マム」
そしてマムからイワン、及び彼に使えている側近、ユーリについて説明がなされた。
◆ ◇ ◆ ◇
イワン・ニコラエヴィチ・ヴェリーキー、通称イワン2世。
中央に所属する皇帝の遠い親戚筋になる上級貴族、ニコライ・イヴァノビッチ・ヴェリーキーの長男である。
ニコライ自身は優秀な武官で、これまでも怪異相手や覇権戦争で数々の武勲を挙げていた。
しかし、武勲を挙げることに力を入れすぎて、家庭を顧みないダメな父親だったらしい。
早くに母を亡くしたニコライの長男、イワン2世は祖父イワン1世の代より仕える側近、ユーリ・ヤロスラヴィチによって育てられたそうだ。
「つまり、イワンってバカを暗君に育ててしまったのは、父親では無く側近だという事なのじゃな?」
「ええ、そういう事らしいわ、リーヤ」
このユーリ・ヤロスラヴィチ、イワン1世の元で帝国の暗部を扱う仕事をしており、隠密的な仕事を若い頃にこなしていたとある。
「このユーリは、何故イワンに対して何でも願いを適えるような事をしているんだい? こりゃ、優しい虐待そのままじゃねーかよ」
「なんでもイワン1世に並々ならぬ恩義があって、それを孫に返しているらしいの。これ以上の詳しい事は本人から聞かなきゃ分からないわ。ギーゼラ、貴方でも分からないでしょ」
「こんなバカ担ぎ上げるヤツの事なんてアタイにゃーわっかんねーよ」
躾をせず、全ての望みを適えていく、それは甘やかしを越えた「優しい虐待」。
ダメ人間を製造することに他ならない。
「なるほど。今まで全部思い通りになってきたから、イワンは自分が予言すれば実現すると思い込んでおるのでござるか。これは哀れを通り越して滑稽でござるよ」
「そうね、巻き込まれた人にとっては悲劇なのでしょうけど」
これまでユーリは、経験で得た武術、諜報、暗殺を行う技術。
その全てを利用して、イワンの願いを適えてきた。
「今までは、確実にユーリが犯行を行っていたという証拠が無かったの。だから、これまでは犯行を止める方法が無かったわ。なんとかして証拠を掴んで、これ以上の悪行を行わないようにさせたいというのが、中央の意向なの」
いかな封建制度下とはいえ、皇帝に近い上級貴族関係者を処罰するのには確かな証拠が必要だ。
隠密行動を長年行ってきたユーリ相手では、普通の兵士・警察では尻尾がつかめなかったのだろう。
「つまり、此方を生き餌にすることでイワンとユーリを呼び込み、なんらかの犯行を行わせることで科学捜査に使える証拠を残させて、一網打尽を狙ったという事じゃな!」
「ま、まあ、ざっと言ってしまえばそういう事なの。でもザハール様を怒らないで下さいね。一番暗殺の可能性が高かったのは御后候補のリーヤでは無くて邪魔になる父親なんですから」
だから、自分が何も言えなくなった状況でも僕を保安官に出来るように画策していたという事か。
「それは理解しておるのじゃ! しかし、偉く壮大な逮捕計画なのじゃな」
「ええ、国家機密レベルの案件に係ってきた暗殺者ユーリ相手ですもの。上はユーリを捕まえたいのでは無く、消したいのでしょうね。疚しい事もいっぱいあるでしょうし」
そうなると次の動きは、殺しきれなかったザハールの暗殺、もしくは別ターゲットとしてエカテリーナを狙うのか、リーヤを狙う。
このどれかになるだろう。
「そういう事なので、わたくし達の任務はペトロフスカヤ家全員の警護、そして襲ってきた敵の返り討ち。今回、犯人を生かす理由も無いので、躊躇無く倒してください。情けをかけられるような相手ではありません。対峙したら確実に命を奪ってください。わたくしにとっては犯人の命よりも貴方達の命の方が数百倍も大事なのですからね」
「アイ、マム!」
さあ、どこから来るかユーリ!
「特にタケ。貴方は甘いから油断しちゃダメよ!」
「は、はいです」
……すっかり性格読まれているよね、僕。




