第5話 検査技師は、先輩奥様から情報を得る。
「さて、ここからはアタシ情報をタケシ君に教えるわ。なお、情報の出所はヒミツね!」
マサト先輩の家で夕飯をご馳走になった夜。
チナツを寝かしつけたマサト婦人コトミ、人差し指を口の前に立てて、可愛いポーズをする。
そしてタブレットを操作して、様々な情報を表示させ始めた。
「まず、リーヤちゃんの居場所だけど、タケシ君が想像している通り、リコリス号。そこに軟禁されているの」
タブレットにリコリス号の写真、及び現在の航路データが公開される。
「今は、横須賀沖に滞在中ね。そこに居る敵ボスは、この船のオーナーでケラブセオン・エンタープライズ 新社長の王 大為、英語名デビット・ウォンね。そして彼の部下としての強敵が、本名不明のバトラー」
タブレットにそれぞれの顔写真が映る。
デビットは華僑系優男、そして老齢白人のバトラー。
「あ! このバトラーは、僕が監獄で狙撃した老兵士です!」
「つまり、アノ時点からケラブセオンは直接動いてたという事ね」
タブレットに表示された最新写真ではバトラーの右手人差し指が金属製のものになっている。
「これ、僕が指飛ばしちゃったんですよね」
「ええ、だから偉くタケシ君の事恨んでいるらしいわ。というか、今回の敵さん、皆タケシ君に酷い目にあっているもの。手やら四肢飛ばされたヒトもいるし……」
笑いながら話すコトミだが、僕は笑いどころでは無い。
「まあ、敵なんだから気にせず倒しちゃえば良いのよ。今回は、手加減なんて出来る相手じゃないの。タケシ君は殺したくはないだろうけど、向こうは必ずこちらを殺しに来るわ」
「ええ、そこは理解していますが……。それでも僕、出来れば殺したくないです。甘い考えなのは、十分分かっています。けど、今も殺した人が僕の中にいて、うなされる夜もあるんですよ」
最初に殺した男、ユーリ。
彼の事を、僕はずっと忘れられない。
そして他にも僕が殺めた命達、それは本当にそうするしかなかったのか?
その事をいつも考え、銃の腕を磨いてきた。
殺さずに無力化出来るように。
でも、僕が本気になれば、またあの時みたいに……
脳裏には1年前、監獄前で僕がやってしまった虐殺が浮ぶ。
「じゃ、そこは成り行きでいきましょ。今から殺す殺さないで悩んでもしょうがないわ。ただ、リーヤちゃんを救う為には何をすれば良いのか、それは忘れないで。一番大事なのは、リーヤちゃんとタケシ君。どちらも無事に生き残る事、殺されない事よ!」
「はい! ありがとうございます」
コトミもマサトも、僕を温かい眼で見守ってくれている。
本当にありがたい話だ。
「さて、話を続けるわね。リコリス号には、他にも警備兵が沢山いるわ。もちろん、無関係な社員も沢山だから、船を沈めちゃうのは本当の意味で最終手段ね」
「さすがに大義名分があっても、非武装の民間客船を撃沈したら、後から大変な事になっちゃうよ」
「ですよね。それはやりたくないです」
数千人が働く社屋客船、沈めたら洒落にはならない。
「だから、リーヤちゃんが外に連れ出されるタイミングが奪還チャンスね。そこを今調査中だから、タケシ君。もう少し待っててね」
「はい、ありがとうございます。しかし、コトミさん。どこからそんな情報入手しているんですか?」
僕は、普通の主婦をしているコトミが、どうしてここまで情報通なのかが分からない。
「それは、最初も言ったけど、ナイショね!」
「コトミさんが、情報通なのは昔からだもんね。僕やコウも、そしてチエちゃんすらも驚かされたものさ」
「うふふ」
可愛いポーズで誤魔化す若奥様
彼女も、やはり普通ではないらしい。
「突入のタイミングとかは、チエちゃんやマユコさんとの相談になると思うから、ある程度目処がたったらダンナ経由で教えるわ。じゃあ、タケシ君にプレゼントを3つ!」
そう言ったコトミは、3つの物を奥から持ってきた。
一つはプラ製の小型アタッシュケース、そして一つはデジタル写真立て、それと何かが入った袋。
「まずは、そのケース。開けてみてね」
「はい、え!」
僕が空けたケースには、拳銃が入っていた。
「こ、これは! どうして」
拳銃は、僕が以前使っていたSig P365 SASモデル。
それと一緒に10発用、12発用の弾倉が2つづつケースに入っていた。
「タケシ君が、この先戦うのに必要だと思って探してきたの。よく見てみて」
僕はコトミに促されて拳銃を良く見た。
……これ、触り心地が前と一緒だよね……。あ!
「これ、前に僕が使っていた拳銃、そのものじゃないですか!」
拳銃に彫られていたシリアルナンバー、それが以前使って居た者と全く同じなのだ。
この拳銃は、日本への強制送還時に、公安の方に没収されたはずだった。
「公安さんに知り合い居るから、そこからちょっと裏技してもって来たの。そっちの袋には拳銃弾入れてあるからね」
袋の中を見ると、ジップロックされた中にぎっしりと9mmパラベラム弾が入っていた。
「ホローポイントじゃなくて、フルメタルジャケット弾なのは、ごめんね、タケシ君」
「いえいえ、まさかこの銃が僕の手の中に返ってくるなんて。本当にありがとうございました!」
僕は、久しぶりに手の中の拳銃の重さを実感する。
命を奪える武器であり、人々を守る武器。
「帰り道で職務質問受けないでね」
「はい!」
「まったく、コトミさんは怖いね。僕にナイショで公安さんと話しつけるなんて。さては、中村さん辺りに頼んだの?」
「さっすが、我がダンナ。マユコさん経由でね」
どうやら、僕達の為に既に沢山の人々が動いてくれているらしい。
「なんと言って良いのか。本当に僕達の為に、ありがとうございます!」
「いえいえ。それよりも、そのデジタル写真立て。起動してみて」
「はい。え!!!!」
デジタル写真立てには、ある少女が写っていた。
「り、リーヤさん!!」
僕の頬に涙が流れた。
「コトミ殿には、いつも驚かされるのじゃ。ワシに、情報の裏取りやタケ殿の拳銃回収を頼むのじゃからな」
今後、タケ君が戦う為に武器は必要。
といってライフルなんて日本で持ち歩く訳にもいかないですよね。
なら、隠し持てる拳銃という事になるかと。
「ワシ、マユ母様経由で、中村警視長殿に頼んだのじゃ!」
アヤメさんの上司にしてマユコお母さんの同級生、警備局公安課長の中村さん。
前作ではコウタ君たちの活躍を裏でバックアップしてくれていたし、今作でも日本観光編で登場してますね。
「後は、ワシがリーヤ殿の最新写真を写したのじゃ!」
たぶん、この写真がタケ君にとって一番の宝物になるでしょうね。
「そう思って、この間のディナー前に撮影したのじゃ!」
もう正体隠す気も全然無いチエちゃんですね。
では、明日の更新をお楽しみに。




