第10話 新米捜査官は、保安官になる!
「なんで柑橘をお父様が使ったのが良かったのじゃ?」
リーヤは小首をかしげる。
……泣き腫らした目があるけど、その小悪魔的な表情と仕草はとっても可愛いや。うん、今はそれどころじゃないぞ。
「本来なら毒入り茶を飲んで胃の中に入った時に毒が発揮されていたんです。そうだったら、僕ではもう助けられませんでした」
「なにぃ! では、危機一髪では無いかなのじゃぁ!」
危機にびっくりするリーヤ。
実際、毒入りを飲む前だったから、僕の応急処置対応範囲だっただけだ。
「毒、アミグダリンは胃の中で胃酸と反応してシアン化水素のガスを出します。そうしたらもうお終いでした。しかし、ザハール様は飲む前に柑橘系、つまりクエン酸という酸を茶に入れたのです」
「そうか、胃に入る前、カップの中でシアンが出たのじゃ。それでお父様はその毒気を吸って倒れたのじゃな」
「おお、お見事です。流石は聡明なリリーヤ様にございます」
もう事態が落ち着いたので、僕はリーヤをからかうように話す。
「そうじゃろ、そうじゃろ。此方は賢いのじゃ!!」
既に、いつもの落ち着きを得たリーヤ。
僕の冗談半分な話に笑って返してくれる。
機嫌が治って、羽も元気にピコピコしている。
「さて、問題はこれからですね。誰が毒を盛ったのか。カップ等を調べたら分かりますが、……」
「うむ、そこから先は言わぬでも良い。あのモノしか居らぬわ。あの捨て台詞、間違いない。アヤツが犯人じゃ!」
あの時、ザハールを見た冷たい目。
そしてイワンのバカな発言。
アイツが今まで裏から手を伸ばして、イワンに利が届くようにしてきたに違いない。
「そうなりますと、今の僕やリーヤさんの立場では対処出来ませんね。マムに連絡を取りますか? 医療処置はキャロリンさんにして頂いた方が間違いないですし」
「そうじゃな。こうなってみれば、それが間違いないのじゃ!」
そうリーヤと話していた時、僕は懐に仕込ませていたモノに気が付いた。
「あ、あ――!」
「うみゅ? タケや、一体どうしたのかや?」
僕は急いで懐から封書を取り出した。
「それは何じゃ、タケ? うみゅう、捜査室の紋章と何か日本語で書かれているのじゃ?」
そこには、マムの自筆でこう書かれている。
『タケちゃん、困った時はマムが助けてあげますから、封印を解いてね。ハート』
「おい、マムは遊びすぎでは無いかなのじゃ?」
「ええ、僕もそう思いますけれど、多分これを使うのは今ですね」
僕は蜜蝋で出来た封印に指を置き、聞いていたパスワードを言った。
「Open Sesame!」
マム、お子さんに色んな本を読み聞かせしているらしく、その中には地球産の絵本もあったとか。
アラビアンナイトの一遍、アリババと40人の盗賊に出てくる岩の扉を開く呪文、それが「開け、ゴマ!」
多分、変わった言葉だったので、マムの記憶に残っていたのだろう。
……それを英語で言わなきゃならないのだから、異世界では誰も解けない鍵だろうね。
「なにぃ? アラビアンナイトじゃとぉ!」
……前言撤回、リーヤさんは知ってたよ。
パキ!
かすかな音を立てて、蜜蝋は砕け勝手に封書が開く。
そして、中から羊皮紙が飛び出してきた。
「ふむふむ、……。なんじゃ、こりゃぁぁあ!」
そこには「任命書」と大きな表題が共通語で書かれており、なんとこういう内容なのだ。
『モエシア辺境伯、並びにアンティオキーア伯、双方の名の下、かの者をモエシア辺境領・アンティオキーア領において臨時の保安官に任命する。保安官は、その権限において全ての捜査権・逮捕権を持ち、事件解決に係る案件において保安官の発言は領主のものと同意とする』
そして、そこにある名前が……。
『臨時保安官 タケシ・モリベ』
「えー!!」
◆ ◇ ◆ ◇
「り、リーヤさん。これどうしよう!」
「ど、どうにもならんのじゃ。其方が保安官になってしもうたのじゃぁ!」
任命書には、更にこうある。
『この任命書は開封後に有効となる。有効期限は、両伯爵のどちらかが任を解くまでとする。なお、業務を行使する際に、副保安官及び捜査補助員の任命権も保安官に与える』
「えーっと、つまり僕が保安官になって事件を解決しなさいって事?」
「そういう事じゃな。マムめ、お父様と一緒になってナンテ事を企んでおったのじゃ!」
リーヤは、ぷんぷんモード。
しかし、この任命書、あまりに手際が良すぎる。
確実にリーヤがこちらに居る間に事件が発生して困るという事を知っていなくては、こんな準備が出来るはずは無い。
「うーん、どうやらザハール様やマムは、こういった事が起きるのを予見していたんでしょうね。イワンが言っていた様に、これまでも悪行をしていたみたいですし」
「つまり、ここで此方を餌に証拠を掴んで一網打尽を狙ったと」
「おそらくはそうですね。じゃあ、マムに苦情を言いましょうか?」
「うむ、此方も一緒に文句言うのじゃぁ!!」
◆ ◇ ◆ ◇
「あら、予想よりは早かったのね。で、ザハール様や奥様は無事なの?」
電話越しのマムの声は、いつも通りだった。
「マム、分かっていたのなら、もっと早く僕やリーヤさんに話していてくださいよぉ」
「そうなのじゃ、もう一歩でお父様は死にそうじゃったのじゃ!!」
「あら、じゃあザハール様は死ななかった、助かったのね。良かったわ」
「良かったじゃないのじゃぁぁぁぁ!」
荒れ狂うリーヤだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふむ、そういう手で来たのね。でも良かったわ。タケのおかげで無事だったのだから。あら、ごめんなさい。モリベ保安官でしたわよね」
「マムぅぅ。ふざけないでくださいよ。もう僕は、いっぱいいっぱいなんですからぁ」
マムは、おふざけモードを解かない。
「でも、捜査室の権限はポータム内までですもの。わたくしでは、そちらの事件に関してはどうにも出来ませんわ。もしお困りなら、副保安官や捜査補助の人員を任命なさる事をお勧め致しますわ」
……ん! あ、そういう事ね。
「副保安官は、そちら出身の方のほうが土地勘があって宜しいですね。捜査補助員については荒事にも向いた方が宜しいですわ。そうそう、今捜査室は暇で開店休業なの。平和で良いのですけれどもね」
……マム、つまりリーヤさんを副保安官にし、自分達を捜査補助員として呼べって事ですね。
「リーヤさん、マムの言っている事分かりましたか?」
「うみゅみゅ、そうするしかないのじゃな。了解なのじゃ!」
「では、保安官として命令します。リーリヤ・ザハーロヴナ・ペトロフスカヤ、貴方を副保安官に任命します」
「了解なのじゃ、保安官殿!」
「そして、エレンウェ・ルーシエン、貴官以下、異界技術捜査室のメンバーを捜査補助員に任命します。急ぎアンティオキーアに赴き、事件解決に協力してください」
「イエス、さー!」
「マム、……。遊んでいないで、ちゃんとやってくださいね」
「だってぇ、こうでもしないと他所で暴れられないんですものぉ」
……ちょっと不安だけど、いつもの仲間が来てくれるのなら100人力だね。
なぜか急に保安官になってしまったタケ。
事件を解決すべく、リーヤちゃんと共に戦うのだ!




