第16話 騎士爵は、科学の力で事件を調べる。その1
「タケ、ちょっと解剖室まで来てくれないかしら?」
僕が事務仕事をしていると、キャロリンから内線電話で呼び出しが入った。
……今、確かグレータさんの解剖中だよね。何か科学的証拠が挙がったのかも。御遺体は苦手だけど、がんばろ。
「はい、了解です」
僕は、隙あらばイチャつこうとしているリーヤを上手くかわし、解剖室へと向かった。
「タケのいけずぅ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんなさいね、タケ。気持ち悪くなったら、すぐに出ていいわよ?」
血が付いた青い術着姿で完全装備のキャロリンが、僕にすまなそうに謝る。
「いえいえ。これも仕事ですから」
僕は防護めがね、前掛け、マスクとゴム手袋をして、御遺体に一礼をしてからキャロリンの横に行った。
「御遺体の傷なんだけど、良く見てくれないかしら?」
「はい」
僕は、覚悟をしながら御遺体の額の銃創を見る。
「ここ裂けているのは、頭蓋骨と皮膚の間に発射ガスが入ったからね。そして接近して撃たれたから傷跡が焼けているし、発射残渣が傷口の周囲に付着しているの」
キャロリンは、丁寧に傷の状況を説明してくれる。
「でも、普通の傷と違うの、気が付かないかしら?」
「そうですねぇ……」
僕は科学者の眼で遺体を見る。
……酷い仕打ちだよね。頭を接射するなんて。ん! あれ、もしかして!?
「この傷、生活反応が無い!」
「その通りなの。死亡後、まもなくしてから撃たれたかもなのよ」
割けた傷跡なのだが、割けただけで周囲に炎症反応が見られられない。
また焼けた跡にも同じく炎症反応、つまり生きていた時に受けた傷で起こる生活反応が見られない。
「まだざっとCTなんかで検査した感じだけど、各部の内出血、肋骨や手足、指の骨折、指の爪の欠損など、明らかに生前に拷問を受けた跡はあるんだけど、どれも致命傷には遠いの。それと腕に注射痕があったから、何か薬物を使われた可能性もあって……」
聞けば聞くほど、グレータさんが酷い仕打ちにあっていた事が分かる。
こういう拷問と注射といえば……。
「プロポフォールとかチオペンタールですか?」
「たぶん自白剤として使われた可能性があるわ。心臓血を採取しているから検査を御願いできる?」
「はい、分かりました」
ここからが僕の戦い、科学捜査の腕の見せ所だ!
◆ ◇ ◆ ◇
「さて、どんな検査結果が出ますやら」
僕は、ラボで科学捜査を行っている。
固相抽出などで前処理をした血液サンプルをGC/MS、ガスクロマトグラフ質量分析計にセットした僕は、別の分析機器での検査結果を見に行く。
「タケ、どんな感じなのかや?」
今日は神妙な感じのリーヤ、僕の仕事が気になってラボに見に来た様だ。
「此方、解剖は見たくないのじゃが、タケの仕事は面白いから見に来たのじゃ。グレータ殿の敵討ちはしたいからなのじゃ!」
悲惨な死を迎えさせられたグレータの事は、リーヤも思うところがあるのだろう。
「今は分析機器の結果待ちですね。では、結果が出ましたところからリリーヤ様にご報告いたします」
「うむ! 良きに計らうのじゃ!」
少し憂い顔のリーヤを喜ばすべく、冗談モードで僕はご機嫌伺いをすると、リーヤはドヤポーズで迎えてくれた。
「まずは摘出された弾丸ですが、前回の射殺事件と同一、.45口径のもの。しかし、旋状痕は類似するも一致しませんでした。なので、複数犯が同一機種の銃器を使っている可能性があります」
同じ種類の銃であれば、同一の工程、旋盤やコールドハンマーで製作されるために、ライフリングは類似する。
しかし何回か使用することでライフリングが削れ、銃ごとの個体差が生まれる。
「つまり十分に訓練されて装備もしっかりした組織が敵なのじゃな」
「ええ、そういう事になります。流石は姫様」
「此方、賢いのじゃ!」
リーヤはドヤ顔だ。
「今、銃弾を蛍光X線装置にセットしてます。こちらの機械では素材が何で出来ているのかを、X線という見えない光で見ます」
「確かキャロリンが使こうておるCTとやらも、X線で身体を透かして診ておったのじゃ!」
「おお! 本当にすごいです、リーヤさん!! 僕、ビックリしました」
「此方、医学も勉強したのじゃ!」
ますます満面の笑みのリーヤ、しかしCTまで勉強しているとは驚きだ。
「此方、タケに褒めてほしくて勉強、いっぱいしたのじゃ」
「ええ、もう感動です。賢いリリーヤ姫様」
僕はリーヤの頭を何回も撫でた。
「これじゃ! これなのじゃ!」
そうこう僕達がイチャコラしている間に検査結果が出る。
「ふむ。この弾は前回の弾と元素組成がほぼ同じ、おそらく同一メーカーの製品でしょう。これで敵が1組織なのが、ほぼ確定しました」
「弾の購入先も同じならそうなのじゃ。なれば、敵は軍隊なのかや?」
「さて、それはもう少し検査結果が出てからですね」
「ふむなのじゃ。あ、そういえばタケに聞きたかったのじゃ。どうしてこの弾は身体の中で花が咲くように開くのじゃ?」
リーヤは、弾の変形具合が気になるらしい。
「よくぞ聞いてくれました。これはホローポイント弾という種類で、銃弾の先に穴が開いているんです。僕の拳銃も、ホローポイント弾を使っているので、見てください」
僕は腰のホルスターから愛銃を抜き弾倉を外して、そこから一発弾を抜いてリーヤに渡した。
「おう、確かに先端に穴があるのじゃ! この穴に意味があるのじゃな?」
「はい! 今日はリーヤさんスゴイですね。全部正解です」
「うむなのじゃ! 今日、此方は絶好調なのじゃ!」
僕は、リーヤにホローポイント弾について説明した。
動物など水分が多い物に弾が命中すると急速に減速するが、その際に先端に開いた空洞が急膨張を起こし、花が咲くように変形をする。
そして命中物体に全運動エネルギーを叩き込む。
弾は貫通するよりも中に止まった方が被害が大きい。
体内を、よりぐちゃぐちゃにする訳だ。
「恐ろしいのじゃ。しかしタケはヒトを殺さぬのに、どうしてこんな恐ろしい弾を使うのじゃ?」
「まずは一発で確実に相手を倒す為です。守るべき人達を守るのに手加減できない場合も多いですからね。後は流れ弾の防止です。貫通弾は何処に行くか判りませんが、こいつなら撃った相手の体内で止まりますから。こんな危ない弾でも手足等、急所を外しつつ動けなくなる場所を撃てば、殺さないで無力化できます」
「さすが、此方の愛するタケなのじゃ!!」
「はい、僕の武器は人々を守るためのものですからね」
僕はリーヤの笑顔に支えられて、更に戦うことを誓った。
「イチャコラしながらの科学捜査解説回なのじゃな。こういう科学機器類は、説明が難しいのじゃ」
ええ、チエちゃん。
自分もX線回折装置は大学時代に見ただけですね。
GC/MSは、毎日っていうほど使ってますが。
「GC/MSは科学捜査ドラマでは常連じゃな。確かNCISでは島津、CSI・NYではAgilent製品じゃったな。国内ドラマでは島津とAgilentのどっちかじゃ」
京都が舞台の「科捜研の女」は地元企業の島津製作所が全面バックアップしてましたね。
「こういう小道具は、ドラマを引き締めるのじゃ!」
まあ、ドラマみたいに5分で分析できたら良いですけど。
「そこもフィクションなのじゃ! DNAのPCR解析も一日は掛かるのじゃ!」
とまあ、突っ込みどころがありますが、そういう科学系ドラマ大好きです。
「では、明日の解説回をよろしくなのじゃ!」




