第7話 新米捜査官は、領主に褒められる。
「申し訳ありません、ザハール様。自分のミスでお嬢様の見合いに傷をつけてしまいました」
今は夕食時、なぜか僕まで席に呼ばれてしまったので、捜査室の制服を着て参加している。
「いや、私もそろそろ我慢の限界だったのだよ。実際、リーヤもキミの一瞬後に暴走するつもりだったしね」
「え、お父様! なんで、ここでソレをタケにバラすのですか? 恥ずかしいですよ」
リーヤが、かなり赤面している。
「タケ、ありがとう。わたくしは再び貴方に助けて頂きましたわ」
……あら、本当はありがとうなのじゃ! って叫びたいんだね、リーヤさん。
「いえいえ、もったいないお言葉でございます、お嬢様」
僕は丁寧に共通語でリーヤに礼を返した。
「キミ達、もう2人の関係はバレバレだから、いつも通りに話しても良いんだよ。ねえ、レディ」
「はい、貴方。リーヤ、ごめんなさい。わたくしが間違っていましたわ。まさか、あの様な手合いが見合いにくるなんて。もう貴方には無理強いは致しません。ゆっくりと貴方が幸せになる方法を一緒に探していきましょう」
……あれ、お母様の雰囲気が変わっているぞ。そういえば、さっきの見合いでも不機嫌そうな顔を隠さなかったし。
「え、お母様! いったい何があったのですか?」
「リーヤが帰ってきた翌日、わたくしザハール様から色々と話を聞きましたの。そして随分と叱られましたわ、リーヤが苦しんでいるって。そしてそちらの地球人、タケ様に随分と助けてもらっています事を」
……あら、お母様の僕を見る目すら変わっている!
「わたくし、オレーシャが身ごもり婚で去り、レナートまで中央へ行ってしまった時、今までの事が全て台無しにされた気持ちになったのです。わたくしはペトロフスキー家に嫁ぐ際に、親に言われましたの。貴方の役目は子を成して、その子を御家を守れる立派なものに育てる事だと」
貴族社会では、妻は茶会等での社交、そして夫との間に子を成して家を繋いでいくのが役目とされているとマムに聞いた事がある。
先日のポータムでのサー・コンスタンティヌス殺人事件で見た、レディ・ホノリアがまさにそういう役目をしており、残された2人の遺児を守っていくと宣言していた。
「でも、その子供達のうち2人に家とは関係ないところに逃げられて、残ったのはリーヤ、貴方だけ。わたくしは、貴方だけは家を守る為に立派に育てなくてはと思い込んでしまっていましたの。それが引いてはリーヤ、貴方の幸せに繋がると信じて」
確かに貴族一般では、同格の家同士で結婚していくのは幸せに繋がるだろう。
しかし、普通の貴族では無いリーヤにとって、それは苦痛だった。
「でもね、今まで言い返しもしなかった貴方が、わたくしに言い勝つのを見て驚きましたの。そしていつまでも成長しようとしないその幼い姿を見て、気が付きましたわ。わたくしがリーヤ、貴方をそんな小さな姿に今まで押し込んでいたのを」
「お、お母様」
涙が溢れてくるリーヤ。
「そして聞いてしまいましたのよ、リーヤがタケ様に泣きつくのを」
……お父様だけでなくお母様にまで聞かれていたのね。恥ずかしいや。
「タケ様、娘を守って頂きありがとう存じます。今日も、娘の為にあのような恥ずかしいことまでさせてしまい、申し訳ございません」
「いえいえ、レディに謝って頂くことではございません。自分が勝手に暴走してしまい、皆様にご迷惑をおかけしてしまったのですから」
僕は、冷や汗をかきながら話す。
……だって、別に褒められたいとか思ってやったんじゃないもん。リーヤさんが可哀想だから、僕だけ犠牲になれば良いと思っただけだし。
「そんな事ありませんわ。出会ってまだ二月にも満たないとの事。そして地球とこちらでは随分と社会も違う。その上、種族や寿命も大きく違う幼女相手に、大事にしつつも尊重なさってくださる貴方はとても素晴らしいですわ」
……ちょっと僕の株が急上昇なんですけどぉ。
「タケ様が魔族、せめて長寿なエルフ族の血を継がれていらっしゃるのなら、縁談を即時に勧めたいところですが、ヒト族ではわたくし共とは寿命が大きく違いすぎます。必ず訪れてしまう早い永久の別れは、お互いに不幸となりますわ。わたくしも彼の地にて多くの悲劇を見ましたの。なので、リーヤとは友人でいて居てくださるだけで今は構いません。これからも娘を宜しくお願い致します」
……まあ、そうなるよね。僕は良いけど、後に残されるだろうリーヤさんとリーヤさんよりも早く老化する子供。それは不幸な関係だ。
「お、お母様! わたくしとタケは、そのようなフシダラな関係では決してございませぬ。確かに、タケはわたくしに一生仕えてくれると約束して下さいましたが、結婚とかそういう意味では無いです。タケの縁談はわたくしがしますから、ご安心下さい!」
顔を真紅にまで染めて母に反論するリーヤ。
しかし、それは先日のいがみ合ってのものでは無く、じゃれあいのような関係。
……良かったね、リーヤさん。仲直りできて。
「良かったな、リーヤ。そういう訳だから、もう猫かぶりはしないでいいぞ。な、タケ殿」
「はい、という事だから、いつも通りにしてよ、リーヤさん」
「なんじゃ! 其方は、そんなに此方に馬鹿にされたいのかや!? もう困ったタケじゃのぉ。しかし、お父様、お母様も人が悪いのじゃ。此方の事を盗聴するとは、とっても恥ずかしいのじゃ!」
いつもの口調に戻るリーヤ。
しかし、ご両親相手にまで日本語で文句言うのはどういう事なのやら。
「ほう、それがリーヤの生の日本語か。面白い言い方をするのだな」
「ええ、古風な言い方とは聞いていましたが、幼子がこまっしゃくれてそう言うのも可愛いですわね」
「お、お父様、お母様、此方は恥ずかしいのじゃ! もー、お2人のばかぁぁぁぁ!」
同じ「馬鹿」でも随分と以前とは意味合いが違う「馬鹿」を聞いて僕、そして周囲の皆は屈託無く笑ったのだ。




